第29話 毒矢
クククッ…。クククッ…。
上空で鳴く鳥は、アルギルの大鷲だった。
「あちらも、終わったっていう報告かしらね」
ロゼリアが、空を見上げる。しかし報告に来たハクは、主のもとに戻ろうとせず、ロゼリアの上を大きな翼を広げて
ロゼリアの動きに合わせ、凧の糸で引いているようにロゼリアのあとをついて来るのだ。
「どうしたのでしょうか?」
「うん」
シャルネとロゼリアでハクを眺める。
クククッ。クククッ。
繰り返す鳴き声に、何となく嫌な予感がした。ロゼリアにはハクの言葉は理解できない。それでも『ついてきて…』と言っているような気がしてならないのだ。
そしてたぶんそこはアルギルがいるはずで…。
まさか、アルギルに何かあった?
「ヤア!」
何を考えたかは、わからない。だが、ロゼリアは馬を走らせていた。
ハクはロゼリアが見失わない高さで道案内をする。
「あ、コラ! ロゼー!! どこ行くんだ! あーくそっ。シャルネ、あいつのあとを追ってくれ!」
「ハッ!」
マイロが言い終わる前に、シャルネもロゼリアの後ろから馬を走らせる。
白い漆喰の路地を縫うように抜け、果実園であったであろう坂を下り、防護柵の残骸とおびただしい数のアザマ兵の亡骸を避けたその先で、ロゼリアはアルギルや第一部隊と合流できた。彼等も、ロゼリアと同じようにあちこち激しい戦いがあったのだとわかる姿だ。
しかし…アルギルだけは、木の根元で横たわっていたのだ。命に関わるような大きな怪我をしている様子はない。しかし、ジョナサンが必死にアルギルを呼びかけている。
「おい! おいっ、聞こえるか!? アルギル!?」
何がどうしたのかわからない。誰に聞いても要領を得ず、リンクスを見つけたロゼリアは、馬の背中からリンクス目指して飛び降りた。文字通り目の前に飛んて来たロゼリアに、リンクスは驚きの表情のあと、すぐに目を吊り上げロゼリアを叱り飛ばしたのである。
「おい、何やってるんだあんた! なんでこんなボロボロになって、こんな所にいるんだ! あんたの役目は砦を守ることだろ!」
リンクスには、どうも怒られてばかりだ。
「砦は無事です。あちらは鎮圧しました。捕虜はルーゼルの騎士と近衛隊が見張っています」
早口で砦の状況を説明し、リンクスにも説明を求める。
「…わからないんだ。作戦が成功して、砦に戻ろうと思っていたんだ。そしたら、いきなり矢がアルギル王子を狙って飛んできた。油断していたのもあって最初の矢がアルギル王子の腕を
続いた矢は全て落したが、突如アルギルが苦しみだし意識をなくして倒れたのだと言う。
「…毒矢ですか?」
「え? ロ…、ロキセルト王子? なぜここに?」
ロゼリアを見たジョナサンも、びっくりしたようだったが、ロゼリアがハクに呼ばれて来たと言うとあきらめて頷いた。鷲に文句を言ってもしょうがないのだ。
「戦時に、大将がのこのこ動き回るのは、褒められた行為ではないですがね。まあこの際、それは置いておきましょう。ですが、これからは控えてくださいねっ」
そう言ってジョナサンが一本の矢をロゼリアに渡す。
「気をつけてください。矢尻に毒が塗られています。なんの毒か、わかりますか?」
注意深く受け取ったロゼリアは鼻先まで矢じりを近づけた。匂いをかぐと、かすかに 生臭い。
「植物の毒ではないですね。毒を持つ動物か…昆虫でしょうか?」
「流石ですね。おそらくこれは、トカゲの毒です」
「トカゲ?」
あの小さくてチョロチョロしているトカゲに毒が?
「トカゲの中には大型で、毒を持つものもいるんですよ」
ふだんは鳥などの卵やヒナを狙い捕食している毒トカゲは、人が噛まれても激しい痛みや、患部の腫れ、吐き気などを催しても死に至ることはない。しかし、稀に強い毒性を持つトカゲがいるのだという。
「乾燥地帯であるこのルーゼルにも…毒トカゲはいましてね。俺が言いたいことは、分かりますか?」
「…アルギルを毒矢で狙ったのは、ルーゼルの人間である疑いがあるということですね?」
それは、簡単に口にしていいことではない。 しかし、ジョナさんがここまで言うということは、確信があってのことだ。
「矢を放った賊には、うまいこと逃げられてしまいましてね。地の利がある者が手引きしているのか…もしくは、ルーゼルの人間そのものか…」
矢は、ルーゼルの物ではない。しかし矢じりの結び方はルーゼルと酷似しているのだ。
なんにせよ、察しが良くてありがたいですよ…と、ジョナサンの目が笑う。だが、すぐ真剣な顔で立ち上がった。
「賊も気になりますが、今は急ぎます。少しでも早く城に戻り、なんらかの方法で解毒しなければ命にかかわるはずです」
そう言ってアルギルを動かそうとするジョナサンに、ロゼリアは慌てて止めた。
「待って! トカゲの毒と言うならヘビと同じ毒性のはずです。動かすことで毒の周りが早くなってしまう!」
「しかし、城に医療班を呼びに行っていては、間に合わない!」
「砦の医療班は?」
「…アルギル王子がここにいると知っている奴の犯行であるなら、砦の人間は信用できない」
「…わかりました。落ち着いて下さい」
「落ち着いてますよ!」
「まず、冷やすのはだめです! 冷やすことで組織を破壊してしまい、毒の周りを早くしてしまいます。矢傷から心臓に近い部分をきつく縛って。私は王家の人間です。毒に対してはそれなりの知識を叩き込まれています」
なんでそんなことを? と、言う者などいない。王家の毒殺説は、どこの国でも根深くあるのだ。
そのまま、少し待っていて…そう言ってすぐに戻ってきたロゼリアは、シャルネに手伝ってもらいその場で解毒薬を作ったのである。
「少し患部に擦り込んで…後は飲ませます。手伝って!」
言われるがまま、ジョナサンがアルギルの頭を持ち上げる。
解毒剤を作る時に使った器のまま、アルギルの口に押し付け流し込んだ。
「飲んで!」
しかし、意識を失っているだけでなく、神経が痺れているのだろう。思うように飲んでくれない。
アルギルの唇から液体が顎に伝わり溢れていく。
「飲んで!!」
必死に押し付けるが、アルギルの喉は動かない。迷っていたジョナサンが、ロゼリアから解毒薬を取り上げるよりも早く、ロゼリアは自分の口に解毒薬を含んだのだ。
ルーゼルの騎士達が、はっ…とした時には、ロゼリアが直接解毒薬をアルギルの口に移していたのである。
それは、キス…と呼べるようなものではない。ロゼリアの濃緑色のローブは、光沢を失い、あちこち破けて砂まみれ。本人も傷だらけで、無造作にまとめただけの金色の髪だけが、光と風になびいていたのだった。
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