第27話 ジョナサンはできる男?
「いやー、たかがポポーで、こんなに盛り上がる食事は初めてだなぁ。ですよね? アルギル王子」
アルギルの横でパンをかじっていたジョナサンがにやりと笑った。その顔は、どう見てもアルギルをからかっている。
「まさか、十三のお子様や第一部隊の騎士に先をこされるなんて、王子として情けないですよ?」
「…おまえ」
なんで気づかないんだ…とは、思うものの、アルギルも昨日すぐに気づかなかったのだから、責めれるものではない。
だいいち、本人が違う名前を使っている以上、普通は簡単に気づかないものなのだ。
アルギルは、目の前にあるポポーにグサリとナイフを突き立てた。ポポーには、なんの罪もないのだが、とにかく無性に腹が立って仕方がないのである。
そんなアルギルに、ジョナサンはとうとう我慢出来ずに吹き出した。
「ぶっ。くくく。いやー、おまえのそんな姿初めて見るなぁ」
アルギルの背中をバシバシ叩くあたり、こいつ立場を忘れてないのかと、言ってやりたい。
だが、実際にジョナサンはできる男だ。今だに結婚しないのは、自分が死んだら悲しませるから…という、少々頭の固い男なのだが、だったら、部隊長なんてやめて商人にでもなればいい。
しかし「俺がいないと、王子が背中を預けれる相手がいなくなるでしょ?」と言われてしまえば、アルギルからは何も言えないのである。
「三十のおまえに、からかわれたくない」
「二十九です。そこは間違えんで下さいね。いやー、俺も浮名を流しましたが、相手が同性ってのはなかったよなぁ。でも、恋はライバルが多いほどもえるんです。早いとこ落とさないと、これは…目の前からかっさらわれてしまいますね〜」
「…ジョナサン」
「あ、まさか…王子は男の抱き方がわからないとかですか? いやー、俺では手ほどきできませんので、そのあたりは詳しい者を紹介しますよ? そりゃあ、手とり足とり丁寧に?」
誰に、何を、手ほどきさせるつもりなのだろう…。
想像しかけたアルギルは、慌てて突き刺していたポポーを口に放り込む。
完熟ポポーの如く、ジョナサンの思考回路もとろけているのだ。
「…おまえ、もう黙れ」
「えー。つれないなぁ。恋の相談も、側近の仕事のうちってね?」
「ばか…。まったく、戦事には鼻が効くくせに。良く見りゃあ、わかるだろう…」
「良く見りゃって、ノロケか? ああ、確かに美人ですよねぇ。あの金の髪はこの国の女にはない色ですし、緑の宝石みたいな翠眼は、エルトサラの大地に愛されているみたいで…え? て、え、ええええ―――!!」
ようやく思い至ったらしいジョナサンに、アルギルは尊大なため息をつく。批難めいた目つきで一瞥し、食事に手を止めた騎士達からの注目には知らんぷりをきめこんだ。
慌てたのはジョナサンだ。手にした水を喉に流し込んだが、とたん、ゴホッと咳込んでしまう。
むろん介抱してやる気などおきるわけがない。それでもアルギルのほうがカラフェ(水差し)に近く、仕方なくジョナサンのグラスに水を足してやると、すぐさまそれを空にした。
「まさか…、エルトサラの王子は…」
「女ですか?」は、ジョナサンの唇だけが動く。頷くアルギルに、見開いた目を今度は眇めて考え出した。
「じゃあ…そうなると、あれはまさか…」
『王女のロゼリア姫?』
ジョナサンはアルギルの側近であり、戦友で、親友だ。
「だれにも言うなよ?」
「言えませんよ、こんなこと…。まさか、リンクスやドラグ様も気が付いているんですか?」
「いや、ドラグはわかってないと思うが、リンクスはわからんな。気が付いているのか…気が付いていないのか…。でも、あの感じは…」
「…気が付いてますねー」
「ああ」
「うーん。情けない! 情けない!!」
「あ?」
「リンクスに見破れて、部隊長の俺が見破れなかったなんてー!」
…そこなのか?
まったく、何が情けないかと思いきや…。
大げさに項垂れたジョナサンだったが、切り替えは早い。
「これは、うかうかしてられませんよ、王子。なるほど。エルトサラの近衛隊は承知しているようですし、これがエルトサラ国王の指示であるなら、我が国の国王が知らないということはありえませんねぇー」
「ああ。たぶん国王は知っていたのだと思う」
「ふう。なるほど。では、簡単に考えればあの人を国から逃がすためのルーゼルの要請であり、エルトサラ国王の作戦であったと?」
アルギルは頷く。そう考えれば全てに納得がいくのだ。
しかしロゼリアに事実を告げて良いものではないことはわかる。
「そうなると、あの美人が最前線に出るのはいただけませんね。両国の王が守ろうとしている命を、簡単に敵陣の前にさし出すわけにはいきません」
ジョナサンが、ロゼリアを美人と呼ぶのに腹が立つが、実際その通りなのだ。
「ああ。わかってる。おまえは作戦通りにやってくれ。そうすれば、誰かがアザマの兵に突撃する必要もないし、成功すれば、少なからず命を落として家族を悲しませる騎士も出ないですむはずだ」
「…先日、このリュディアで果てた命が、無駄にならないことを祈ります」
「ああ」
腹が満たされれば、明日への希望が繋がるものだ。用意されたのは簡単なパンや果物。それでも、一時の笑顔がこの時間と砦に幸福をもたらす。
「食事が終われば作戦決行だ!」
「…了解です。王子」
ジョナサンは、サラサラとペンを走らせた。書いた紙を受け取った兵士が螺旋階段を駆け上がる。
肩をくっつけて話すジョナサンとアルギルに気がついたロゼリアは、まさか自分のことを話ているとは思わない。せいぜい女だと気づかれていないみたいで良かった…と、思う程度だったのだ。
そしてこの後、アルギルの言葉は実行に移された。リュディアの谷にいたアザマの軍勢は、轟音とともに散り散りになったのである。
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