第26話 ポポーは王女のお気に入り

 ドラグは、戦は怖いがタレットからの景色は好きなのだそうだ。まだ政治に関われる年齢では無いため、国から出たこともなく窮屈な思いをしているのだろう。


「僕も早く大人になって、父上やアルギル兄さんの手伝いがしたいんです」


「…ドラグは、ご立派だと思いますよ?」


 私が十三の時、ロキセルト兄さんやお父様の手伝いをしようなどと、考えていただろうか…。


「えへ。実は僕、あなたに会いたかったんです」


「私に?」


「はいっ。このルーゼルでも、エルトサラの王子の剣の噂は知れ渡っていましたから。だから、どんな人なんだろうってずっと考えていました。それが…こんなにキレイな王子さまだったなんて!」


「え? えーと、まったくそんなことないと思いますよ?」


「えー! キレイですよっ。凄く! ねえ、アルギル兄さま?」


「……ああ」


 急にふられたアルギルが、渋い顔をしながらも頷く。

 ロゼリアは、アルギルも弟相手だとこんな顔をするのかと何だか心が温かくなる思いだ。

 くすぐったいような家族の幸せを垣間見れて、兄や家族から与えられた愛情を思い出せるのである。


 アルギルとドラグが、本当は仲が悪く血が繋がっていないのではないか…などと考えた自分は随分と薄情な人間だ。


「ほらね? 兄さんが褒めるなんてめったにないんだから! ロセルさまは凄く美人です!」


「はあ、ありがとうございます?」


「もう、僕の言うこと、信じてないでしょ?エルトサラのことは、聞いてます。僕にできることなら、なんでも言って下さい!」


「いえ。お気持ちは、感謝しますね。でも、今私にできることは、騎士達と、このルーゼルを守ることですから」


 すると、ドラグはますますロゼリアに近づいた。もう、鼻先が触れ合うくらいの近さで、ロゼリアの手をにぎってくるのだ。


「わあ。エルトサラの王子様は聖女様みたいですね?」


「はい?」


 慌てて一歩退くが、ドラグは同じだけの距離を詰めてくる。


「美しくて、優しくて! ロセルさまが女でしたら、世界中の男が求婚しに来ますよ!」


「き、きゅうこん、ですか!?」


「はい! 僕も必ず求婚します! ああ、残念だなぁ。こんなにキレイな人が同じ男だなんて……」


「「………」」


 絶句しているロゼリアの横で、アルギルも決まり悪く目線をそらす。


 その後談笑しながら下に降りたが、ドラグは本当に普通の少年だった。良く喋り、神童王子としてエルトサラのことを気遣い、一緒に悲しみ、怒ってくれた。


 ドラグと会ってみれば、やはりミシェルとドラグの婚約は無理があるとしか思えない。リンクスが言うように、ミッシェルの欲求を満足させるかどうか…は、云々にしても、ドラグとミッシェルでは釣り合いが取れないのだ。やはり、公爵家が勝手に言っているだけなのだろうか…。


 とにかく、クルクルと良く笑い、楽しい子なのだ。


「おーい! 王子様方ーー!」 


 そこにカゴを手にしたリンクスが、食事をしようとロゼリア達を誘った。 


「…そういえば、朝食も取らずに出て来てしまいましたね」


「そうだな。それどころじゃなかったから仕方ない」 


「…ええ。私はお腹空いてませんので皆さんは食べて下さい。マイロ達も食べて来て」


 しかし、そんなロゼリアをリンクスが叱り飛ばした。


「おい、あんた。王子のあんたが食べないのに部下が食べれるはず無いだろ?」 


「あ、そうです…ね」


 言われれば、確かに軽率だったと反省する。ロゼリアは、もともとリーダーとして過ごしてきたわけじゃない。こんな単純なことにも頭が回らない自分が嫌になると同時に、アルギルやマイロだったら、もっと騎士達を上手に導いてあげれるのではと後ろ向きな考えになってしまう。


「すいません。私も食べます…」


「そうこなくっちゃ! ほら、これ」


 にかっと笑ったリンクスは、持っていたカゴをロゼリアに突き出した。


 叱られるなんて、いつだったか…などと、上の空で受け取ったカゴの中身は…。


「え! こ、これは、まさかポポー!?」


「え? おまえ、ポポーが食べたかったのか?」


 ロゼリアの反応に、おもわずアルギルもびっくりしてカゴを覗く。

 リンクスの顔は、勝ち取った! とでもいいたげのドヤ顔だ。


「ふふふーん。昨夜の宴の時、あんた、食べたこと無いから食べてみたいって、言ってたから持って来てやったぜ!」

 

「うわ、リンクス! ありがとうございます!!」


 とたん破顔したロゼリアの顔に、アルギルは見惚れた。冷たく硬い氷山が、春の温もりで緩やかに溶け出したような輝きだ。

 キラキラと太陽の日差しを浴びて、溶け出した水は、喉からかつえるほどの眩しさだったのである。ゆえに、アルギルはドラグから出遅れたのだ。


「わ、じゃあ僕、食べ方教えてあげるね」


「あ、おい!」


 ひょいと、カゴからポポーを掴み取ったドラグも参戦して何だか異様な熱気が上がり始めた。リンクスからしたら、自分の戦利品?を横から奪われたのでは、たまったものではない。

 

「何言ってやがる。俺が王子に持って来たんだから、お子様は引っ込んでて下さいよっ」


「えー! お子様ってなんだよぅ。リンクスの意地悪!」


「えーと、じゃあ、ドラグも一緒に食べます?」


「わーい。やったぁ! ロセルさま大好きぃ!」


「な、ロセルぅぅ!? 何だよ? ロセルって。あんた第二王子に愛称でよばせてるのか?」


「はあ。まあ、成り行きで…」 


「ふーん。じゃあ、俺もあんたを名前で呼ぼうっと」


「へ?」 


「いいよな?」


「な…と、言われても、私は構わないのですが…」


 なんとなく先ほどのやり取りで、アルギルとマイロを見る。二人の答えは聞くまでもないが、リンクスはまったく動じず涼しい顔でご機嫌だ。


「んだよー。あんたが良ければいいじゃん!」


「はあ、そうですね?」


 戦を目の前に、まさかこんな和やかな食事ができるとは誰が思っていただろう。

 

 ロゼリアは、リンクスやルーゼル部隊に囲まれ、ポポーを堪能した。とろける果実は甘酸っぱく、マイロとリンクスのやり取りも聞いていて楽しい。

 シャルネも、エルトサラの近衛隊も楽しそうに食事をしていた。


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