第24話 螺旋階段の先

 軽快な足取りでロゼリアに追いついたアルギルは、本格的な戦が始まる前に、もう一度ロゼリアに聞いておきたいことがあった。


「ロキセルト、緑の城の抜け道だが…他に、まだ、あるんじゃないのか?」

  

「え?」


 トン、トン、トン、トン…。


 螺旋階段を登る自分達の足音と、風穴から吹き上がる風の音。


 緑の城の抜け道。…子供一人が通れるとても狭い穴。

 ロゼリアの脳裏に再び燃え盛る緑の城が浮かんだ。泣き叫ぶ子供と、血を流しながら戦うエルトサラの騎士達。

 こんなの、ただ可哀想な自分を思い描いて自虐的になっているだけなのだ。それでも…苦しくて、息が止まってしまう。


 答えなきゃ…と思うのに、喉が締め付けられて声が出ない。

  

 ロゼリアが答えるよりも早く、今度はマイロが疑惑の目をアルギルに向けた。


「…たとえ抜け道があったとしても、ここで答えるのは、はばかりますね」


「…俺を、疑うのか?」

 

「…我々の国は、ついさっき、攻め滅ぼされたと知らされたばかりです。そして、この人は我々エルトサラの者には残された望みだ。疑う? それも仕方ないと、ご理解を頂きたいっ」

 

 当然だ。アルギルはルーゼルの第一王子。 端から国を無くした者のひがみと聞こえようと、マイロはエルトサラの騎士だ。近衛隊の隊長だ。

 簡単に他国の王子を信用できるわけがない。


 マイロだって他国の王子に、こんな威圧的な話方をするのは珍しいのである。ただでさえ有効的でないアルギル相手だ。どんな嫌味な言葉が返ってくるかと身構えていると、アルギルは思いの外、戸惑うような仕草で目をそむけた。


「ああ、そうだな。悪かった」


「抜け道は、他にもあります…」


 ポツリ…と、呟いたロゼリアは足を止めた。アルギルもマイロもロゼリアを見る。その顔は、無理に作った無表情だ。だが、こんな時でさえ、ロゼリアの緑の瞳は朝露を含んだ新緑を思わせるほど美しいのである。


 アルギルがこんなことを言い出したのは、理由がある。子供の時にエルトサラの城へ行った時、ロゼリアから城を抜け出す小さな抜け道があると聞いたのだ。

 その時は、抜け出すたびにロキセルトが怒られてると聞いて、気の毒だ…という考えと、自由に冒険するロゼリアが羨ましくて、眩しかった…。


「もし、エルトサラの城に残っている者が籠城していたとして、おまえの見立てでは、城は何日もつ?」  


「…せいぜい、三日でしょう。食料は問題ありませんが、城門が一度破られているのなら修復したとしても、堅牢とはもう言えません」 


「そうだな。だが、三日もつなら望みはある。本当は、どうしたいんだ? すぐに駆けつけたいか? もし、行くのならここにいる何人かのルーゼルの騎士を連れて行くのを許可しよう。俺も…行きたいが今は動けないから」


「…ありがたいですが、その抜け道は…、とても狭いのです」


 目を伏せたロゼリアに、微かな希望の光は虚しく消える。


「そこは、私が子供の時にと城を抜け出す時に使っていた抜け道です。妹が覚えていたとしても、敵に追いつかれたら、あっという間に殺されてしまう…」


「では、が城にいたらどうする?」


 ロゼリアがそこにいたら、間違いなく剣を握る。だが、城の侍女や逃げて来た民達に戦わせるわけにはいかない。


 もし、私が城に残っていたら…。


「他に逃げ道がないのなら、あの狭い抜け穴を使うでしょう。一人づつ…王妃や、女達を逃がして…それから、私なら…入口を塞ぎます」


「……外道とは、逆だな」


 おそらく、ロキセルトもそうしたのだろう。そして自分達は、少しでも女達が遠くに逃げる時間を稼ぐのだ。命が消える瞬間まで、剣を振り続ける。

 …そうして、逃がした命が無事城の外に出たとしても、そこはまだ、城近くの小川の辺。戦場真っ只中で…、いったいどうやって逃げきればいいのだろう?


「結局は、変わらないのか…?」


「はい。エルトサラから離れたルーセルにいる私達にできることは、限られている…」


「わかった」

 

 重苦しい雰囲気を振り払うように、アルギルはロゼリアの手を握って螺旋階段を駆け上がった。


「え、あ、ちょっと、待ってっ」


「この程度で、音を上げていちゃあ情けないぞ」


「っ…。だって!」


 アルギルの上るスピードが早すぎるのだ。強い力で引っ張られ、ロゼリアも懸命にくらいつく。しかし螺旋階段は思うように身体が動かせないのだ。気をつけていないと踏み外してしまいそうだし、勢いだけで進むと身体を壁にぶつけてしまう。


「はあ、はあ、はあ…」 


「ほら、もう少し」


 バタバタ…、後ろからもマイロとシャルネが追ってきているのに安心して、ロゼリアも必死に階段を駆け上がった。


 あと一段!


 それなのに、最後の最後で足が絡む。倒れそうになるロゼリアを引っ張り上げたアルギルが、抱きしめるような形で優しく見張り台に立たせた。


 肩で息を切らし、はあはあと胸を抑えたロゼリアがアルギルの腕から離れて見たものは…。


「わぁ…、すごい…」


 タレットの見張り台は…朝の澄んだ空気にルーゼルの山々がくっきりと見渡せる美しい景色が広がっていた。

 強い風はロゼリアの身体を吹き飛ばす程だったが、しっかりとアルギルがロゼリアの腰を支えている。

 遥か頂きの雪化粧、そして赤土の大地。南の城郭都市までもが見渡せるのだ。ルーゼル独自の白い壁に、円錐形のとんがり屋根の家々が立ち並ぶ景観。石畳の町並みは、一軒一軒が店屋だった城都とは違い、西や東には綺麗に花で飾られた路地が続いている。


「あ、あそこは…」


「ああ、かつてのリュディアの街だ」


「…むごい」


 今、その谷にはアザマの黒い兵が蠢いていた。




 

 

 



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