第23話 リュディアの砦
リュディアの教会は、身廊と側廊の間に並ぶコロネード(列柱)の上部をアーチでつないだ内部構造で建造されていた。
だがすっかり戦の砦に変えられた今は、物々しい雰囲気に、騎士達が行き交っていて神に祈る余裕はない。
「もとは、周歩廊が交差するこの部分が高い天井の広間になっていたんだが…今は軍の作戦部屋になっている」
アルギルの後を歩いてロゼリア達もそこに進む。大きなテーブルを囲んで、今も五人の兵士が広げた地図を睨んでいた。そのうちの一人が、アルギルに気づいて面白そうに片眉をあげて笑う。
「おや、お早いお着きでしたね。王子?」
「ああ。アザマの様子はどうだ?」
気安く声をかけられたアルギルも、気にしたふうはなく、軽く答える様子は、二人が信頼関係で繋がっているのが分かった。
「リュディアの谷まで進軍を進めてきましたが、そこからは、動きがありませんね」
「動きがない?」
「ええ。どうも、イヤな予感がしますね。兵士が揃うのを待っているのか…、何かの合図を待っているのか…。どちらにしても、この状態を長引かせるのは得策ではないように思います。こういう時のイヤな予感は、たいていが当たるもんなんです。ま、有り難くはないんですがね」
「…ドラグはどこだ?」
「上ですよ」
ひょいと男が顎を上げた先をロゼリアも見上げた。
十字形の交差部、袖廊と身廊、それから側廊の屋根に、小さなタレット(円形の塔)が建築されているのがわかる。教会では装飾的な役割であったそれは、ドーム状の塔という構造から今は見張り台になっているのだろう。
「あそこから、アザマの軍が見えるのですか?」
ロゼリアはつい声に出してしまってから、しまった…と、焦る。ルーゼルの軍事に口を出すつもりなどなかったのに、流行る気持ちが抑えきれないのだ。
「…そちらの方々は、エルトサラの王子と近衛隊でしょうか?」
気安くアルギルと会話を重ねていた男が、すっと声を落としてロゼリア達を値踏みしてくる。
もう、何度目かの視線にあきらめていても慣れるものではない。
これまた、何度目かの自己紹介をしようとロゼリアが前に出た。すると、それを遮るようにアルギルの手が制した。
「ジョナサン、彼等は国王の要請に応えて来た、エルトサラのロキセルト王子と近衛隊。ロキセルト、彼は部隊長のジョナサンだ。頭もきれるし、腕も立つから信用していい」
「…お初にお目にかかります。ロキセルト王子と、エルトサラの近衛隊の皆様」
紹介されたジョナサンは、何かを感じたのか、おや?と、アルギルを見たが笑いを堪えて唇を結び、ロゼリアに軽く頭を下げた。
何が可笑しいのかは不明だ。とりあえずは挨拶を返す。
「…ロキセルト=シリアスエヴァーです。私の国は、今どのような状態にあるかわかりませんので、国を名乗って良いものかわかりません。すでに無い国の名なのかもしれませんが、それでも、あなた方と戦う相手は同じ筈です」
「わかっておりますよ、ロキセルト王子。あなたが、ルーゼルの為に剣を握って下さることに、我々は感謝の気持ち以外持ち合わせておりません」
ジョナサンは、さすがに部隊長なだけあった。国を心配する気持ちは、誰であろうと同じである。立場が逆であれば…そう考えてロゼリアの判断に敬意を示し、感謝していると言ってくれるのだ。
ルーゼルに残ることを、間違っているとは思わない。それでも、ロゼリアは不安で仕方がないのだ。だからこそ、こんなふうに言ってもらえると、心に小さな灯火が生まれて嬉しく、おもわず涙腺が緩む。
「…部隊長どの」
「ジョナサンで結構ですよ。見張り台が気になりますか? よろしければご案内致しますよ?」
「はい! ぜひ!」
何か歯に噛んだような言い方のジョナサンだが、とにかくいい人っぽい男だ。年上ということも頼りがいがあるし、何よりアルギルの信頼を得た男である。ロゼリアも信用して大丈夫だろう。
「では、こちらからどうぞ」
「え? あ、はい…って」
壁で行き止まりになっていると思っていた祭壇の奥には螺旋階段が塔の上まで繋がっていた。
「所々に小さいですが穴があけられていますのでご注意下さい。ルーゼルの風は強いので吹き上がりますと非常に危険です」
「え? 騎士達は大丈夫なのですか?」
「俺達は、風に慣れてますので…」
「おいっ」
「ぷっ…なんですか、王子?」
なぜか楽しそうに説明するジョナサンを、アルギルが止めたのだ。明らかに不機嫌な顔で「もういいから、下に行ってろ!」と乱暴に指示をする。
螺旋階段から蹴落とすんじゃないかと、ハラハラするようなやり取りだ。
「お先にどうぞ、エルトサラのロキセルト王子さま。タレットからの眺めはなかなかですよ」
「はあ。それじゃあ…」
じゃれ合っているのだと思えば、騎士同士なんてそんなものか…と、ロゼリアは上を目指した。
「…アルギル王子がそちらの趣味とは知りませんでしたよ」
「っ。何、勘違いしてる!」
「いいじゃないですか。誰であれ、失いたく無い相手ができるのは、良いことだ。自分を大切にできるしな」
「…なんのことだ?」
「いやいや。無茶をしなくなるってことですよ。まあ、世継ぎの心配はあるが、ドラグ様もおられるしなぁ。何とかなるんじゃないですかね?」
「………」
螺旋階段を降りながら、スキップでもするんじゃないかとご機嫌なジョナサンを、アルギルが情けない顔で睨む。そのやり取りが聞こえていたマイロやシャルネは、複雑な心境だ。
そして、当人のロゼリアは、光沢のある濃緑色のローブをルーゼルの強い風ではためかせながら、男達がやるせない思いを抱えていることに、まったく気がついていなかったのである。
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