第22話 アルギルと大鷲
白馬はロゼリアをのせて城郭都市をかけて行く。狭い路地でも右に左にと、素晴らしい手綱の扱いだ。
アルギルはあらためて思う。彼女はどこからどう見てもやはり女だと…。男の格好をしていてもせいぜい少年のようで、アルギルより二つ下のロキセルトと言うのは、あまりに無理がある。
なぜ、昨日すぐに気づかなかったのだろう。
しなやかな剣技ですら、女だからこその柔軟な剣さばき。そこに早さが加わるのは、ロゼリアが日々鍛錬を欠かさないからだ。
おそらく、エルトサラの騎士はロゼリアだと知っていて王子と呼んている。しかし、今それを問い詰めたら、ロゼリアの心が潰れてしまうかもしれない。それだけは駄目だ。
国の王子としての張り詰めた緊張と、近衛隊を導く役目が、ロゼリアの足を辛うじて立たせている。自分の弱さに気づいてしまえば、そんな虚勢は一瞬で崩れてしまうとアルギルにはわかるのだ。
ルーゼルの騎士達の中にも、気が付いている者もいるかもしれない。いや、黙っていてもそのうち皆に知れ渡ってしまうだろう。
いったい俺に、何ができるか…。
城に残れば戦いに出るより安全だと思ったが…失敗した。
そんなに頑張らなくてもいい…と、誰かが言ってやらなければ、ロゼリアはそのうち倒れてしまう。それが戦場であれば命とりだ。このままで、いいわけはない。
もんもんと考えながら、砦近くまで馬を走らせたアルギルは、木で造られた防御柵に沿って馬の歩を緩めた。馬から降りて、そこからは歩いて進む。
ふわりと降り立ったロゼリアも、アルギルの後ろを歩いた。
戦を目の前に、恐怖より奮い立つ力が増すのは、ロゼリアだけではないはずだ。
クククッ…。クククッ…。
鳥の鳴き声で空を見上げた。すると、矢が届かないほどの高い位置で、昨日も見た大きな鳥が翼を広げたまま旋回している。
「大きい…鳥ですね」
ふと思ったまま口にすると、いつの間にか、ロゼリアの横を歩いていたリンクスが、不安を吹き飛ばすようにニカッと笑った。
「アルギルさまの
「大鷲?」
「すげーでかいよ。広げた翼は、二メートルはあるんだ。とにかく目がいいらしい。アルギル様の命令はきくが、俺がネズミをぶら下げて呼んでも見向きもしねぇんだぜ」
リンクスは、首から抜いたスカーフをネズミに見立てて、ゆらゆらとさせた。まるで本当に死んだネズミをイヤイヤ持っているように見せるのだ。
思わず、ロゼリアの顔がほころぶ。
エルトサラには鷹はいたが、大鷲は初めて見たのだ。
身体全体は黒っぽい茶色だが、翼の前と尾羽が白い。足の羽毛も白色なので、遠く上空にいてもよく目立つのである。だから昨日、ロゼリアも気づくことができたのだ。
「名前があるんですか?」
「ハクだ」
答えたのはアルギルだ。すると凧のように空中の一点に浮いていた鷲が、いきなり真っ逆さまに急降下したのだ。
バサ!!
頭のすぐ上で大きな翼を広げたハクは、トン…とアルギルの肩の留め具にとまった。
ルーゼルの者たちは見慣れているのか驚かない。しかし、ロゼリアは初めて見るその大きさに驚いた。
アルギルの異様に大振りの金の留め具は、ハクのためだったのである。鋭い鷲の鉤爪は、何もない肩にとまったらえぐられてしまうからだ。
「ハク、エルトサラの王子と騎士達だ」
アルギルがハクに仲間だと紹介してくれる。ロゼリアが笑顔を向けると、ハクは大きな翼を広げて見せた。
「昨日、お城の上空で出迎えてくれたのもハクだったのですね? えーと、はじめまして?」
ハクは、まるで言葉がわかるように、クククッ…と答えた。くちばしの橙黄色が大きく、鋭さはあるのにとても愛嬌があり可愛い。
「ハク! アザマの兵を見てきてくれ!」
アルギルの指示に、少しだけ沈むよう前に屈んだハクが、バサッ…と、飛び立つ。
大きな羽音に目を見開いて驚ろいたロゼリアだが、力強く飛び立つハクの姿を嬉しそうに眺めた。
「かしこいのですね」
「ああ。人間の言葉は理解できるし、目も耳も俺達よりずっといい」
「凄い…」
鷲は、ある程度の高さまで上昇すると、翼と尾羽の角度を変えることによって、ほとんど羽ばたかずに自由に飛翔するのだそうだ。敵の偵察に、どんな優秀な騎士より鳥であるハクが優れているのは言うまでもない。
「見ろ。あれがリュディアの砦だ」
「え? わぁぁ」
アルギルが示した前方を見て…思わずロゼリアから
そこには、急しのぎで作られたとは思えない立派な砦があった。岩頸の上に建てられているため、城と呼んでも良いくらいである。
「もともとは、リュディアの教会だ」
「ああ、なるほど」
城郭都市に並んでいた家と同じ真っ白な漆喰の壁。しかし装飾された美しい建物は、民家とは比べ物にならない豪華さだ。
窓という窓には格子があり、いざという時のための要塞として建造されたのだとわかる。
教会と、戦の砦。
神への祈りと、戦争。
生命と、死。
こんなにも、真逆の物。
人間とは、なんて残酷なのだろうか…。
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