第21話 狼煙があがる

 アルギルがロゼリアであることを確信したちょうどその時であった。急にバタバタと騒がしくなり、衛兵が駆け込んで来る。


「国王陛下!! ドラグ様がおられる砦から狼煙が上がりました! アザマの襲撃が迫っていると思われます!!」


「ちっ!」


 鋭く舌打ちしたアルギルが、瞬時に駆け出し城の外へ飛び出す。つられるようにロゼリア達も続いた。


 確かに…北の方角から赤赤と燃える狼煙があがっていた。

 空は明るくなりはじめているのに、北の空は暗い。ついさっき顔を出した太陽は、煙とあつい雲が遮ぎっているのだ。

 

「出るぞ! 準備しろ!!」


 アルギルが叫んだ。バッとルーゼルの騎士達が出撃準備のために散る。出遅れたロゼリアだったが、やるべきことに迷いはなかった。


「マイロ隊長、私達も砦へ向かいます!」


「…ルーゼルの砦で、いいんだな?」


 マイロの言いたいことはわかる。

 エルトサラか、ルーゼルか…?


 ロゼリアの心は張り裂けそうなくらいエルトサラが恋しい。それでも、ロゼリアはルーゼルにいる。もう、後戻りはできない。


「もともと、私達はルーゼルのためにここに来ました。行きましょう!」


「…わかった!」


 マイロも腹をくくった。ロゼリアの瞳に、真っ赤な炎が揺れている。

 ルーゼルの城からも狼煙があがったのだ。積まれた木々から、もうもうと煙が空に上る。そうすることで、城都だけでなく離れた村にも、襲撃に備えての避難が開始されるのだ。


「…ロキセルト」


 アルギルの不穏な声に、呼ばれたロゼリアは緊張しながらゆっくりと振り返った。小さく深呼吸を繰り返して平静を装う。


「お聞きの通りです。私達も砦に向かいます」


「…来なくていいと言ったら?」


「私達に、気を使っているのですか? 目の前で北の脅威にさらされている民がいるのなら、私達はどこであろうと戦います」


「…後悔しないんだな?」 


 随分と心配そうな目でアルギルが念を押した。同情してくれているのだ。だが、悲しみに心が濡れていても、近衛隊の剣が鈍るわけでは無い。

 それとも、今さら私達が信用できないとでも言う気なのだろうか?


「私達がここにいる理由を考えれば、向かう場所はルーゼルの砦です」


「だが、おまえ達がエルトサラを選んだところで、誰も非難などしない」


「もちろん、わかってます!」


 そんなことを心配しているの? 


 困惑した感情は、やるせない怒りに変わる。

 昨夜の宴と先程のやり取りで、リンクスやルーゼルの騎士達とは打ち解けた仲間だと思えた。国はなくしたが、仲間ができたのだと、一緒に戦い助け合えるのだと、ロゼリアは嬉しかったのだ。

 だからこそ、決意できた。それなのに、アルギルは、ロゼリアの力など借りなくて良いと言うのだ。


 国をなくして悲しんでいるから?

 絶望しているから?

 本当は、エルトサラへ戻りたいから?


 アルギルはそんな小さなプライドにこだわっているのだ。悔しい…。ものすごく悔しい。


「私は…私達は、故郷をなくしても、戦うことを諦めたわけじゃない!!」


「…それなら、城に残って後方支援に徹していればいい」


「なっ。私達をバカにしてるのですか!?」


「そうじゃない」


「じゃあ、なんですか? 哀れみですか? 王子としての情け心ですか!?」


「だからっ、そうじゃないと言ってるだろ!」


 互いに平行線でしかない感情がぶつかり、頭は熱くなるばかりだ。

 ロゼリアには、ルーゼルから必要としていないと言われるのは、唯一生きていく役目を失うようで怖いのである。


「それなら私が、頼りないとでも!? 危ないから後ろに下がっていろとでも言うんですか!?」


「ああ! そのとうりだ!!」


 とたん、ロゼリアの身体がびくっと強張る。アルギルの吐き捨てるような声が、頭の奥にキンと響いて苦しい。

 気づけば、ロゼリアの瞳から涙が堰を切ったように溢れ出していた。


 泣いてどうにかなるものではない。泣きたくない。泣きたくないのに、ボロボロと溢れた涙が頬を伝うのである。


 信用していない? 違う。アルギルの優しさなのだ。そう信じたい。それでも、溢れた涙はロゼリアのこらえていた感情を吐き出すように止まらない。

 

 見かねたアルギルが、ロゼリアの顔に触れようと手を伸ばした。しかし、ロゼリアは反射的に飛び退く。同時に、マイロとシャルネは揃ってロゼリアの前におどり出た。


「ちっ」


 伸ばした手を決まり悪く握り込んだアルギルが、諦めたような顔で肩を竦める。不用意に触れようとしたアルギルが悪いのだ。だが、自然に動いた手は、悪意があったものではない。

 ただ…抱きしめてしまいそうだった自分が、ロゼリアに拒絶されたのはショックだった。


 慎重に、口から出す言葉を選んでロゼリアを見る。


「もし…包囲されているエルトサラの城で、今もエルトサラの兵士達が戦っているのなら、今ここでおまえ達が戦う意味があるのかもしれない」


「それは…どういう意味ですか?」


 また怒鳴られるのではないかとマイロの後ろで身構えたロゼリアに、アルギルは淡々と続けた。


「このルーゼルにいる北の兵を、今から一掃してやる。そしたら、アザマがどうでるかわかるか?」 


 一瞬、思考を混乱させたロゼリアだが、アルギルの言わんとすることに思い至った。


「…エルトサラの城に、かまっている暇を与えなければ良い…ということですね?」


 にやりと笑ったアルギルを見れば、ロゼリアの考えはアルギルと同じのようだ。


「ああ。北の国アザマは、しかけた戦は全て自分達の領土にする。無条件の征服だ。ここで、俺達がアザマの兵を一掃したら、全軍をルーゼルへ向かわせて潰しにくるだろう」


「でも、そうするとルーゼルが…」


 簡単に一掃するというが、こちらもそれなりの犠牲を覚悟しなければならない。


 ロゼリアはコーネル国王を見た。近衛隊もアルギルも、その場にいた騎士達が皆、国王の判断を仰ぐ。


「…戦など、あって良いわけがない。だが、友や、愛する家族を守るためなら、命をかける意味があるだろう?」


 何も言わずにずっと黙っていたコーネルは、もう覚悟していたのだ。ロゼリアを見る目は慈愛にみちている。


「コーネル国王陛下…。心から、感謝致します」


 ロゼリアは、涙に濡れた顔で笑った。


「ふ。やっと笑ったな。良い。実は、そなたに話ておきたいことがあるが…今はやめておこう。良いか。砦に向かうことは許可するがむちゃはするでないぞ」


「はいっ」


 手早く身支度を整えたロゼリアは、馬に飛び乗った。リンクスやルーゼルの騎士達もあとに続く。


「ヤァ!」


 駿馬は、勢いよく走り出した。



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