第16話 アルギルを狂わす嫉妬

『では、二百人分の働きを、ロキセルト王子と、貴国の近衛隊に求める』


 それだけ言うのが精一杯だったのだ。部下の騎士達の謝罪もしないでさっさと後ろを向いて歩き出した自分は「礼儀知らず!」と、罵声されてもおかしくはない態度だったのである。

 アルギルが逆の立場であったら、大声で怒鳴っていた。もしくは、他国の為に戦うなどと馬鹿馬鹿しい…と、踵を返しているだろう。


 ロキセルトは、久しぶりに会った自分に幻滅しただろうか…。

 久しぶり! と言って、握手を求めればよかったのか?

 来てくれてありがとう! と、もっと感謝を表せばよかったのだろうか?


 母親が亡くなってからのアルギルは、国を守る王家の者として国王を助ける…それだけを目的に過ごしてきた。


 それは、アルギルの母が死ぬ間際に残した言葉が影響している。


『あの人と、ドラグをお願いね。あの人…あなたのお父上は、本当は凄く寂しがり屋さんなの。見えないけど…。ドラグも、いつか大きくなった時、私の死を、自分のせいだと嘆くことがあるかもしれない。けっしてそんなことはないのだと、強い心を持って生きてほしい。先に逝った母のことなど忘れて、国王のため、民のため、このルーゼルの繁栄のために、力を注いで欲しい…』


 母は…心から父を愛していたのだろう。


 王家や貴族の人間であれば、政略結婚など当たり前である。アルギルの親も例外ではない。そんな結婚でも、二人の間には愛が生まれた。互いに同じ目的があったのも、二人の結びつきを強くしたのだ。それは、この国ルーゼルの繁栄。


 アルギルにとっても、国と弟を守ることは生きる目的になった。

 母親の死を嘆く暇など無いくらい、怒涛どとうのような毎日を過ごすアルギルに、弱音や本心を話せる者は、少ないのである。


 だが、人からどう思われていようと、自分のやるべきことに関係はない。冷たく見えようが、薄情と思われようが、今までずっとそうやって生きてきたのだ。

 

 だが、この苛立ちは?


「ちっ!」


 思わず出た舌打ちは、宴の最中だというのに、アルギルを更に苛つかせる。


 なんなんだ、あいつは…?


 あのミシェルと見たこともないようなダンスを見せつけ、ルーゼルの騎士達ともすっかり打ち解けている。


 リンクス、貴様は何だって他国の王子にそんなに気安いんだ?

 

 ロキセルトの隣に常にいる、マイロという近衛隊長も、しきりとロキセルトの耳元で話をしているし、そもそも王子と隊長がそんなに近い存在なのがおかしい! 


 少なくとも、アルギルと部隊長との距離で、そんな密着したものはない。それが、アルギルの数少ない友であってもだ。


 それに側にいる女騎士だ。ロキセルトの二倍はありそうな腰に、豪剣をぶら下げている。胸は、服がはち切れんばかりで、腕の太さはアルギルより逞しい。色気はないが、主君を守る騎士としては申し分ないだろう。

 ロキセルトは、肩や手に触れさせたりして心を許しているのがみえみえだ。

 エルトサラは、女の強さで嫁を選ぶのか?


 なんなんだ? なんなんだ?

 なんで、こんなにあいつが気になる!?


 戦を前に酒を煽るほど、愚かではない。だが、ロキセルトの姿が目に入ると、どうしようもなく気持ちが波立つのである。


 乾いた大地に、水がジワリ…と染み込むように、熱い何かがアルギルの心を震わす。

 最初は、小さな染みだったものが、じわじわとアルギルの身体を狂わしていくのだ。


 嫉妬…か? 

 俺は、ロキセルトに嫉妬しているのか?


 エルトサラの王子、ロキセルト。川と緑、豊かな国の麗しき王子様。それに比べれば、ルーゼルは実りの少ない赤土だ。

 だが…。


 バカだ。情けない! 情けない!!


 その程度のことで嫉妬するのか?

 自分は、ルーゼルを愛しているはずだ。国民も国王も、死んだ母もこの大地を愛していた。


 風は常に乾いているし、暖かいと感じる太陽を拝めるのは、一年の中でもわずかだ。そんな大地でも、可憐な野花や、鳥、生き物が命を育む。

 火山灰は城郭都市の道筋に骨材として利用されているし、城の壁材や、一般の建物にも火山灰は主原料として使用されている。

 厳しい環境は、けっして劣等感をあたえるものばかりではない。


 宴に相応しい笑い声が広間を支配していた。余興ともいえたロキセルトと、ミシェルのダンス。旨い酒と料理に、騎士同士の仲間意識が上がっていく。

 品良く仲間と談笑しているロキセルトの姿は、やはり一国の王子に相応しい。それなのに、身分を意識させないのは、ロキセルトの気取らない性格と、身体の細さからは想像できない程の、剣技を持ち合わせているからだろう。

 憧れの眼差しを向けられた本人は、初めての旅先で料理を振るまわれたように、ルーゼルの料理に興味津々だ。昼間は平坦な声に合わせて、あんなに無表情だったのに、今、ルーゼルの騎士達と言葉を交わしている表情は、コロコロとかわり、見ていて面白いくらいだ。


 明日は…もっと普通に話をしよう。話にくければ、子供の頃の話をすればいい。

 ルーゼルの為に、命をかけて戦うエルトサラの近衛隊にも、誠意ある言葉をかけよう。


 ロキセルトを…この地で死なせるようなことがないように。


 どうしようもなく欲しているものが、自分の中に、確かにある。しかし、今は名前をつけるには早すぎる。


 明日…。明日だ。


 アルギルは、夜が明けた大地にロキセルトが白馬に跨る姿を思い描いた。朝日がロキセルトを照らすのだ。眩しい太陽は、ロキセルトの金の髪に反射するだろう。いや、あの光を編み上げたような髪は、きっと光を透かしてロキセルトの滑らかな肌をうつし出す。愛おしそうに愛馬のたてがみを撫でて、毎日の労を労うのだ。

 エルトサラの近衛隊を引き連れ、気高く剣を抜くのだろう。


 自分は、この戦を勝利に導かなければならない。守りきれるだろうか…。このルーゼルと、弟のドラグを…。そしてエルトサラの王子と、自分自身を…。


 この宴にいた全ての者が、明日という時間をそれぞれ思い描いている。

 しかし、無情にも…夜が明ける前に、全てが闇に崩れ去ったのだった。



  


 

 

 

 

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