第17話 緑の城 落城

 月がルーゼルの城の真上に差しかかると、夕刻の宴が嘘のように、城内は静まり返った。


 与えられた広間で、エルトサラの騎士達が横になる。ロゼリアだけは、更にそのおくにある部屋のベッドで眠りについた。

 興奮していた身体は眠りにつけれるのかと心配したが、横になれば疲れた身体はあっというまに睡魔に襲われた。


「私は扉の前で寝ますので、安心して眠って下さい」


 シャルネにそう言われ、きつく巻いていた胸の布地を解く。


「ふあー。生き返るわぁ」

 

「それは、良かったです。特別に織られた織物ですが、それでも、あまりきつく締め付けるのは身体に良くありませんから」


「ええ。そうね。でも、しっかり巻いておかないと、動いた時に緩んじゃうんじゃないかと心配なの」


「本当は、あなたが剣を振るったり、ダンスしたりする必要はないのですが…」


「あら? 私が動くのが一番早いでしょ?」

 

「…そうですね。あなたの剣を疑う者はいなくなり、見事なダンスはあなたの王子としての気品をルーゼルの者に植え付けるだけの十分なものでした」


「もしかして…、シャルネ、怒ってる?」


「いえ。心配しているのですよ。私だけでなく、マイロ隊長や近衛隊の騎士みんな、あなたを心配しているのです。あまり、無理をなさらないように、お願い致します」


「うん…」


 みんながロゼリアを心配してくれる。それは凄く嬉しいのに、ロゼリアが王子でないと知られては困るからなのだ。

 

 静まり返る扉の向こう側で、みんなも身体を休めているだろうか…。国に残した家族や恋人を思い出して、ルーゼルに来たことを後悔している騎士がいても、当たり前だ。


「ねぇ、シャルネ。起きてる?」


「はい」


「私、いつまでロキセルト兄さんのフリをすれば良いのかなぁ」


「……お辛いですか?」


「ううん。そんなことはないのだけれど、私自身が本当の自分を忘れそうで…」


 みんながロゼリアのことを王子…王子…と呼ぶ。そう振る舞っているのだから当たり前なのに、みんながエルトサラの王女の存在を忘れていくようで怖かった。 


「…では、ルーゼルの者が近くにいない時は、私はあなたをロゼリア姫と呼ぶことにします」


「…姫はいらないわ。親しい人はロゼと呼ぶから」


「…私が、そう呼んでよろしいのでしょうか?」  


「もちろんよ! マイロも普段はそう呼ぶの。シャルネは私の一番の女友達だわ」


「…光栄です。エルトサラの姫君があなたで本当に良かった…」


「? 一緒に、ルーゼルの為に戦いましょうね」


「はい。エルトサラとあなたに心からの忠誠を。ロゼ…」


「私も…シャルネと、近衛隊のみんなを絶対に死なせない…から…」


 ゆっくりと微睡む意識にまかせ、ロゼリアは深い眠りについていった。



 それから、どれくらいの時間が経っただろうか。ガタガタと騒がしい様子に、ふとロゼリアは目を覚ました。


「シャルネ?」


 扉の前で横になっていたシャルネの姿がない。しかし、扉を隔てた向こうからは、マイロの怒鳴り声と、シャルネの声が聞こえる。


「まって下さい!! 決めるのは隊長ではありません!」


「お…まえ! 国が心配じゃないのか!? 父親が心配じゃないのか!? お、俺を、見損なうな!! おまえが直ぐ駆け出したいと思ってることくらいわかってる!!」


「っ。ええ、そうです! 私にはルーゼルよりエルトサラです! ですが、それはここにいる者、全員同じでしょう!? をここに置いて、私だけエルトサラに帰るわけには行きません!!」


「だったら、あいつもつれて全員で戻ればいい…」


「…それが、得策でないことくらいマイロ隊長もわかっているではないですか?」


「………」


 急に静まり返った。あのシャルネが、今にも泣き出しそうな声でマイロを諌めている。

 無性に不安になり、とりあえずローブで身体をすっぽりと覆い扉をあけると、目に飛び込んできたものに絶句した。


 与えられた広間に寝ている者など、一人もいなかったのである。ルーゼルの騎士もちらほらいて、その中にリンクスの顔も見えた。


 そして、一人。エルトサラの騎士らしい若者が、肩や腕、顔からも血を流しながら立っている。彼を囲む近衛隊みんなから感じるのは、不安と怒りだ。


「何が…あったのですか?」


 なんとかカラカラに乾いた喉から、ロゼリアが出した声は、自分でも驚くほど震えていた。


 頬の血がすっかり乾いて黒くなった顔を歪めた男が叫ぶ。


「お、王子さま!! エルトサラが、北の襲撃で落城らくじょうしました!!」


「…え?」


 一瞬、何を言われたかわからなかった。


 らくじょう? らくじょうって…。私の城が?


「…国境が、破られたのですか?」


 そんなはずはない。国境を守っているのはシャルネの父親。あのリースター辺境伯だ。


 しかし……。


「城壁は、陥落。生き残った者で城門をまもりましたが…。俺がエルトサラを抜け出す時には、緑の城には火が放たれていました!」


「……国王は?」


 お母様と、兄は? 

 ノワールや、城のみんなは?


「北は、女子供も虐殺します。おそらくは……」


 それ以上は聞こえなかった。ロゼリアの視界が真っ暗になり、泣き叫ぶ子供の声と、笑顔で手を振る家族の姿が浮かぶ。


「っ!」


 意識を失ったロゼリアの身体を、シャルネは身体全体で受け止めた。

 軽々と横抱きに抱えると、静かにマイロを見る。騒ぎを聞きつけたのか、いつの間にかアルギルとコーネル国王も駆けつけていた。

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