第二章 ルーゼルとの友情
第18話 幸せから絶望の悲劇
ここは…どこなの?
緩やかな小川のほとりである。小さな白い花が川沿いに咲いている。暖かな日差しが川の水に反射してキラキラと眩しい。
すぐ近くで、子供の声が聞こえた。
『あははは。ロキ兄さん、こっち来てー』
『ロゼ、ロゼ…ってば! 危ないから、あまり離れちゃいけないよ』
そこにいるのは…幼い頃のロゼリアとロキセルトだった。
ああ、そうか…。ここは、城の近くにある小川ね。ノワールに見つからないように、こっそり城を抜け出しては、良くロキセルト兄さんと遊びに来た小川だわ。私は、夢を見ているのね…。
懐かしい夢。お母様にお土産にと、たくさんの花を摘んでいたロゼリアは、この川のほとりで足を滑らせたことがあった。
『危ない! ロゼ!!』
ロキセルトが慌ててロゼリアの手を掴むも、二人分の体重を支えきれずに、大きな水しぶきを立てて川に落ちた。
バシャーン!!
たいして深くはなく、流れも穏やかな小川だ。二人で、ぽかんと川底に座る。頭までずぶ濡れになって、思わず二人で笑いだしてしまった。
確か…その後、私達を探しに来ていたノワールにみつかってしまったのよね。
『王子!! ロゼリア姫!!』
ノワールは真っ青になって二人を岸にあげてくれた。自分の服を脱ぎ、二人の身体をゴシゴシと擦る。衛兵を呼び寄せ、すぐに着替えと乾いた布地を持って来るように指示を出した。
『あぁあ、ノワールにみつかっちゃったぁ』
『お怪我はございませんか!? ロゼリア姫?』
ノワールの心配をよそにロゼリアはプンとすねる。
『もう、大丈夫よぅ』
『王子、なぜ、こんなことに?』
幼すぎるロゼリアに言っても無駄だと、ロキセルトを静かに睨む。国の英雄とまで言われたノワールの鋭い眼光に、ロキセルトは俯いて頭を下げた。
『ごめんなさい』
『違うの! あのね、ノワール。ロゼがお花を摘んでいたら、川に落ちちゃったの! ロキ兄さまは、ロゼを助けようとしてくれたのよ! 兄さまを叱らないで!!』
『……花なら、城の庭に、いくらでも咲いているでしょう?』
『あのね、このお花を、お母様に渡したかったの。お母様、今日はお誕生日なの』
『…お妃様は、あなたに危ない思いをさせてまで、花を欲しがるようなお方ですか?』
『ううん、ロゼが、このお花をあげたかっただけなの。小さいお花だけど真っ白で…、こんな所に咲いているのに、とてもキレイでしょう? お母様みたいだって思ったから、このお花を渡したかったの…。でも、ごめんなさい。ロキセルト兄さまも…』
ガサガサと草を踏みつけて、大人達が駆けつけてくる。ロキセルトとロゼリアは、その場で侍女達に暖かな服に着替えさせられた。
黙って着替えを見ていたノワールは、二人のことを酷く怒っているのかと思っていた。
『…ロゼリア姫、摘んだ花はどうされたのですか?』
『川に落ちちゃった時、お花も一緒に流れて行ってしまったわ』
しょぼんと小さくなるロゼリアの頭を、兄のロキセルトが優しく撫でてくれる。ロゼリアのせいでノワールに叱られたのに、ロキセルトはいつだってロゼリアを甘やかしてくれるのだ。
『ロゼリア姫。日が暮れるまでは、まだ時間がありますよ…』
『え?』
『お母上に、この花をプレゼントするのでしょう? 今度は、十分気をつけて花を摘んで下さい』
『!? いいの?』
『ふ。衛兵が見張っていますので、たとえ狼が来ても今度は安全ですよ』
『あら、森の狼とロゼはお友達よ。でも、ノワールありがとう! 大好きよ!!』
『はいはい』
苦笑するノワールに、兄のロキセルトも嬉しそうに笑う。
『私も、すっかりあなたの家族に感化されてロゼリア姫に甘くなってしまいましたね…』
『ははは。そうだね。僕の妹は、光に愛された女の子だからね』
『…そうですね』
衛兵と侍女達。ノワールとロキセルトに見守られて、真っ白に咲く花を一本一本、丁寧に摘んでいく。
…あまり川に近づいて、さっきみたいに失敗しちゃうといけないわ。
それでも…川上から何かが流れてくるのが見えて川辺りに近よった。ゆっくりと流れに沿ってそれは徐々にロゼリアに近づいて来る。
『え!?』
流れて来たものは、死体だった。兵士なのか、弓が胸に突き刺さったまま、ロゼリアの前を流れて行く。
え、なに? 助けなきゃ!!
『ノワール! ロキセルト兄さま!!』
ロゼリアが二人に振り向いた時、緑と可憐な花で埋まっていたはずの草原は、炎に包まれていた。
『きゃあ! ノワール!! ロキセルト兄さま!! どこ!?』
慌てて辺りを見渡すと、川の水は真っ赤な血に染まっていた。次から次から…流れてくる死体。剣を握ったままの腕は、信じられない方向にへしゃげていたり、足が片方なかったり…。あまりにも無惨な騎士達の亡骸。
『いや! いや!! みんな、どこ!?』
幼いロゼリアは、ただ泣き叫ぶだけだ。そこに、ロゼリアの前をロキセルトの身体が流れていった。髪も乱れ、顔からも肩からも酷く斬られた傷跡…。
『ひっ! 兄さま!! あ、あ、あ…あ…』
ロキセルトの次は、ノワール。侍女達。お母様。お父様……。みな酷い状態の屍…。
ボワッ!!
背後に強烈な熱風を感じ、恐る恐る振り返ってロゼリアが見たものは……。
『い、いやぁぁぁ―――!!』
エルトサラの緑の城が、真っ赤な炎にのまれて炎上していた。
…自分の叫び声で、ロゼリアは目を覚ました。あまりにもリアルな恐怖と絶望は、夢から覚めたのに身体がぶるぶると震えて止まらない。
何かにしがみついていないと、泣き叫んでしまいそうなくらい、圧迫された心臓が苦しくて辛いのだ。
「うっ。うっ……」
歯を食い縛って、必死に身体の奥にしまい込もうとしているのに、恐怖が膨れ上がってロゼリアの身体から爆ぜてしまいそうなのである。
背中を優しくさすってくれる手がなかったら、発狂していたかもしれない。
「…シャルネ?」
「お気づきになりましたか? 王子」
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