第5話 泣く子も黙る立派な騎士?

 ロゼリアは相変わらず呑気だともとれるやりとりをシャルネとしていた。


「ねえ、シャルネ。私の話し方だと、キザになるの…でしょうか?」 


「さあ、私にはわかりかねます。リースター家は辺境伯としての爵位はありますが、そもそも辺境伯を貴族とは位置付けないと考える方々もいますので。私自身、貴族として…というより騎士として育てられましたので、親しい関係を築いた貴族の友人はおりません」


「そう…。シャルネは貴族は嫌い?」


「いえ。そういうわけでは…。どちらかというと、あまり興味がありません。父も爵位などこだわっておりませんし、私も同じです。父も私も、ただ年を重ねて老いるよりも、剣を握って国を守りたいと願うだけです」


「エルトサラの騎士として…ですか?」


「はい。エルトサラの騎士として、緑に愛された私達の地を、私達の先祖が眠るエルトサラのこの大地を守りたいのです」


「シャルネ…。あなたは立派なエルトサラの騎士ですよ?」


「ありがとうございます。我がエルトサラの姫君」


 シャルネは嬉しそうに笑った。見た目は逞しい男のようであるのに、笑うととても可愛らしい。


 厳ついのに可愛い…。まるで城で飼っている大型犬ジャンみたいだ。


「貴族様でしたら、今あなたの目の前にいらっしゃいますよ?」


 シャルネは、笑顔のままマイロを見た。いたずらを思いついたような表情は、本当に尻尾を振ったジャンのようだ。


 大型犬に戯れつかれたマイロは、嬉しいけど困っているような顔である。


 思わず、ん?とロゼリアはシャルネとマイロを交互に見た。甘さを含んだ空気を感じるのは、ロゼリアの気のせいなのか?


「マイロ隊長?」


「なんだよ。俺に聞くなよ。俺はこれでも伯爵の嫡男だぞ」


 睨みつける顔は、どうも照れ隠しに見えてならない。


「そうですね。マイロ隊長を見ていると忘れそうですが」


「まあ、三男なんてどこもこんなもんさ」


「いいえ! そんなことはありません。マイロ隊長は泣く子も黙る立派な騎士です!」


 とたん、シャルネがピシリと言い放った。びっくりしてロゼリアもシャルネを見る。どこか投げやりなマイロの口調が、近衛隊を率いる隊長らしくなく気に触ったのだろうか。しかし…。


「泣く子も黙る立派な騎士?」


 何となく反復してみる。シャルネは褒めているのだろうが…どうも、妙な気がする。マイロは、照れているのか、怒っているのか…とにかく真っ赤だ。


「えーと、泣く子も黙るって、冷酷だって意味に聞こえると思うんですけど、マイロ隊長がそう呼ばれているのですよね?」


「はいっ。マイロ隊長は、泣く子も黙る立派な騎士です!」


「シャルネ―――! 反復するな!!」


 とたん、穏やかにさえずっていた鳥がバサバサと飛び立った。

 まったく動じないシャルネは、頬を染めていきいきとさえ見える。マイロは、口を尖らせてひねくれた子供のようだ。


「ぶっ。はははは」

「あははは…」


 川のせせらぎと、草を揺らす穏やかな風。太陽の光は川底に反射してキラキラ輝いている。そんな平和な地に、三人の笑い声が響いていた。


 ガタガタと揺れる馬車から、小さな男の子が顔を出した。

 姉や周りの女達は、緊張を張り詰めている。空気はピリピリしていて、ひたすら怯えているのがわかり、自分が何かをしゃべるのは許されない雰囲気だ。しかし、外からは実に楽しげな笑い声が聞こえてくる。


 美しい騎士が、白馬に跨り談笑している。横にいるのは、泣く子も黙ると言われるマイロ近衛隊長だ。そんな彼が憮然とした顔で敵わない仕草を見せるほっそりとした小柄な騎士。


 あのキレイな人は、誰だろう? 貴族か、隊長の親族だろうか?


 更にマイロ隊長とは反対側で、その騎士を挟んでいるのは、豊かな胸に逞しい腕の女騎士。あの有名な騎士の家柄であるシャルネ=リースター女騎士だとすぐわかった。彼女は姉の憧れの人である。女でありながら、近衛隊の騎士随一の剣の使い手で、国王からの信頼もあついのだと聞いた。

 

 なんて、華やかなんだろう…。

 戦が近づいていると言われ、理由もわからず姉と一緒にこの馬車に乗せられた。


 もう会えないかもしれないから…と泣く母を目の前に、本当にこの国は危ないのだと感じた。

 しかし、目の前で騎士達が笑っている。国お抱えの近衛隊を率いて馬に跨るのは、光を編み上げたような金糸の髪に、美しい翠眼の騎士だ。

 近衛隊も穏やかに三人を見守っているのがわかる。


 大丈夫。きっと大丈夫なんだ。


 少年は遠ざかる城を振り返った。森の木々の向こう…。もう見ることはできないが、緑の森の城と呼ばれる美しいエルトサラの城。


 神様、どうかこのエルトサラをお守り下さい。あの美しい騎士に、この国の行く末が握られているのなら、どうかあの人の行く手を照らして下さい。


 ロゼリアにその少年の言葉が届くわけはない。

 しかし、ロゼリアもまたエルトサラが消えてなくなるなど、この時は思いもしなかったのだった。

 慈しんでくれた両親が、生まれ育ったエルトサラが…消えてなくなるなど想像もしていなかったのである。

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