第4話 友情は死を目前にして成り立つ

「…で、マイロ隊長、聞いてます?」 


 ロゼリア…いや、今はロキセルトの格好をした男装姿のロゼリアが、マイロの顔を覗き込んだ。


 ロキセルトが十七の時は、こんな感じだっただろうか?

 ……いや、ないな。


 マイロはこめかみを抑えながらうなった。


「なんですか? 


「んもう。ですから、今まで通り普通に話してって言ってるのですよ!」


「…普通と言いましても、あなたはですので…俺は、あなたに仕える騎士です」


「それじゃあ、もこのままルーゼルへ参ります」


「…わかった、わかった。これでいいか? ルーゼルにつくまでだぞ?」


「ええ! マイロ隊長、シャルネ、これからよろしくね!」


 ロゼリアはご機嫌だが、マイロは戦前いくさまえに隊長の威厳いげんチリと消えたとうなだれる。


「ねぇ…あ、えーと、ルーゼル国境近くでエアロの騎士団が待機してくれているのよね…。うっ、待機してくれているのですか?」


「まあ、いいだろう。今のはぎりぎりセーフな」


 道中、馬の歩にまかせながら、ロゼリアはマイロとシャルネ相手に男装に見合う言葉と身振りを練習していた。


 マイロは、女言葉だと返事もしてくれないため会話にすらならないのである。

 シャルネは勇ましい男性のように見えるのに、とにかく気が利く素敵な女性だ。


「俺達がルーゼルに到着したのち、入れ替わりでエアロからの護衛騎士が、エルトサラに入る手筈だ。彼等とともに城に残っていた王妃や女官の女たちもエアロへ向かう。まあ、全ての女子供が退避できる訳では無いがな…」


「…そうよね。あ、そうですね! じゃあ、マイロ隊長のご両親は?」


「ジューネル伯爵家は、国と王に忠誠を誓っている。シャルネの家も同じで騎士の家の者は、大抵国に残るだろう」


 残る者は自分の意思だ…と、マイロは言いたかったのだが、ロゼリアには戦禍で焼かれる家や逃げ回る子供を想像させてしまったようだ。


 悲しみに歪んだ顔が、友人でありこの国の王子として生まれたロキセルトの顔と重なる。


『僕は幸せだと思うよ。両親に愛され、世界一可愛い妹の兄で、キミのような友人にも恵まれた。そしていつか、エルトサラの国王も約束されている。もし、生まれた場所が北の王家であったら…僕は家族を殺していたかもしれない』


 王家の子が、必ずしも自分達の生い立ちを望んでいるわけではないと初めて知った瞬間だった。

 だが、国の王家がどこもエルトサラのような王ではない。シリウスエヴァーの家族が、エルトサラの王家であったことに感謝している民も多いだろう。


 だから、マイロも言ったのだ。

 

『おまえが北に生まれていたら、きっと俺も北の生まれさ。二人で国を抜け出して旅していたか…もしくは、救世主として英雄になっていたか…どちらかだと思うぜ?』


『マイロは何処にいても英雄だろ?』


『いや、英雄は二人さ。何なら城下の噴水の前に二人の銅像を立てるってのはどうだ?』


『銅像? 剣を掲げたマイロと僕か?』


『ああ』


『…ははは』


 普段、爽やかな笑顔を貼り付けているロキセルトの寂しそうな顔は、何か隠しているようであった。だが、聞くのが拒まれるほど暗い顔をしているロキセルトに、マイロが問いただすことなどできるはずがない。

 

 せいぜい『助けが必要になったら言ってくれよ』と、彼の肩を叩いたマイロだが、ロキセルトは力強く頷いてくれた。

 

 助ける…と言うだけは、簡単に口にできるものである。だが、死を目前に本当に友が助けを求めに来た時、応じることができるのが友情なのだろう。


 今は、友から託された妹と、国王から与えられた役目を果たすのみ。

 

 …このエルトサラそのもののようなロゼリア王女をルーゼルへ。


「今まで、国境付近でいざこざがあったのは知っていたけど、ここまで大掛かりな問題が起きたことはなかったの…ですね?」


 隊は日が完全に登った頃には森を抜け、清流が流れる川のほとりを登っていた。ここでも、暗い戦の影はさすことは無く、冷たい湧き水は、馬も人も疲れを癒やしてくれる。


「国境周辺は辺境騎士団が目を光らせているからな。辺境騎士団を率いてるのがシャルネの父親だ。簡単には国境を超えられんさ」


 二十年前、やはり北の国アザマの大軍がエルトサラに押し寄せたことがあった。目の前に連なる二千の軍勢を前に、当時、怯むことなく迎えたのがシャルネの父親 リースター辺境伯だった。辺境騎士団は敵の十分の一。たった二百の騎士を率いたリースター辺境伯は、エルトサラの地形と友の助けをかり、敵に国境を超えさせなかったのである。

 

 当時、近衛隊の隊長であったノワールが王命で駆けつけ、国王を守る役目であった近衛隊を、国を守ってこその近衛隊なのだと、軍勢に勢いをつけたのだ。統率の取れた高い軍事力と、前線に打って出た近衛隊。ノワールと、リースターの豪剣の前に敵は度肝を抜かれ 散り散りになった と聞く。力を注いだノワールと辺境伯の友情はこの時しっかりと結ばれたのだ。

 その二人の活躍で、王都の軍勢、辺境騎士、城下の警備兵までが皆、エルトサラの騎士としての秩序と誇りを芽吹かせたのだった。 


 そして今、再びまたあの大きな戦が目前に迫っている。

 

「アザマとの協定は結ばれていたはずなのに。戦は…避けては通れないのかしら…。うっ、避けては通れないのでしょうか!?」


「まぁ、それもぎりぎりセーフな。貴族の奴らなら、それくらいの話し方をするキザもいるからな」


 マイロはあえて戦の話を避けた。二十年前の協定など、子供が大人になるほどの年月だ。どれほどの鎖になるかわからない。

 今回、北が周辺国に戦を仕掛けているのに、エルトサラにはまだ被害がないのは辛うじて協定を盾に引き止めている者が、あちらの国にもいるのだろう。

 だが、それもいつまでももたない。現にエルトサラの同盟国であるルーゼルが北の襲撃を受けたのだ。村が一つ焼かれたが、ルーゼルの騎士達が敵の侵入を押し戻したと聞く。


 だが、一進一退でいつまでもつかわからない為にエルトサラに加勢に加わるよう要請がきたのだろう。


 何も知らされていないロゼリアを、国王はどういうお考えで大事な娘をマイロに託したのだろうか…。

 今はまだ、それを理解する時ではないようである。


 

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