第3話 近衛隊 マイロ隊長

「では、行ってまいります」


 朝霧が緑の森を覆う早朝、ロゼリアは近衛隊と二十人ほどの娘を乗せた馬車を連れ立ち城をでた。


 小さな野花や、色艶輝く緑の葉は、朝露を含みしっとりとしている。


「ねぇ、マイロ隊長。エルトサラは美しい国よね?」


 ロゼリアの心は、戦に駆り出されるというよりウキウキしていた。役目を疎かにする気はもちろんない。だが、今までどこへ行くも兄か、教育係であるノワールが一緒だった。護衛騎士も連れず城の外に出ることは、ここ数年は一度もない。


「…楽しそうですね」


 隣で馬にまたがるロゼリアを横目に、マイロはため息をついた。

 ロゼリアは友人であるロキセルト王子の妹。彼女が小さい頃からよく知ってはいる。幼いころから、光を編み上げたような金の髪は人目を引いたし、加えて緑豊かなこのエルトサラに愛された緑の瞳。


 ルーゼルへの騎士団派遣をロゼリアが率いると聞いた時は正直驚いた。いや、そんな言葉じゃたりない。本当に天と地がひっくり返るほど驚愕した。 


「よくあの国王夫妻が、踏み切ったものだ…」


「えっ? 何?」


「…いえ、何でもないです」


 きょとんと、無自覚のロゼリアの顔に再び深いため息がでる。


「あら、マイロ隊長は出発して早々もうお疲れなの? それとも恋人と離れるのが寂しいのかしら?」


「…違いますよ」


 クスクス笑う様子は、男装していてもムダだと力が抜ける。騎士達からは、泣く子も黙ると噂されている自分が、こんなに脱力感をただ漏れさせていては、隊の指揮に影響して心配だ。


 まず、このあまりにも鈍い娘を、美しくも凛々しい騎士に見えるよう鍛えなきゃいけない。


「いいですか? あなたはロキセルト王子としてルーゼルへ行くのです。せめてもう少し、男のように振る舞ってください。女言葉は、今より一切禁じますっ」


「そうね。わかったわ」


「違います!!」


「うっ。わ、わかった」


「けっこう。それから、ルーゼルではぜったい一人にはならないで下さい。どこに行くでも俺がお供します」


「え? えーと、どこへ行くでも?」


「俺で、都合が悪い場所であれば、シャルネ=リースターを使って下さい。彼女は信頼できる優秀な騎士です」


 シャルネ=リースター。女性ではあるが、男性と同じくらいの体格に恵まれた近衛隊唯一の女騎士だ。腕の太さはマイロと並んでも、引けをとらない。

 ロゼリアに向かいニコリと頷く様子も、実に凛々しく男らしい。


「わかったわ。よろしくね。リースターさん」


「んんんっ!」


「よ、よろしく! リースターさん!」


 マイロの咳払いに、ロゼリアが慌てて言い直す。まだまだ、先は長そうである。だが、ルーゼルにつくまでには、馬車を連れているため七日はかかるだろう。とにかく、なれさせるしかない。


「リースターさんは、いつから剣を握っていましたの?」


「シャルネでけっこうです、。リースター家は騎士の家系ですので、剣は自然と幼き頃より側にありました」


「シャルネは、騎士の中でも随一の豪剣を扱います。彼女の腰に刺さる剣は、どんな男達でも扱えません。重さに負けて動きが鈍くなるからです」


 自然とシャルネの腰にある剣に目がいく。ロゼリアでは、両手で持ち上げるのが精一杯であろう大きな豪剣だ。


 豪華な装飾はないが、柄にはリースター家の獅子の紋章と、鞘にはロゼリアが良く知る人物ノワールの名が刻まれている。


「リースター家の武勇伝は、お父様から聞いたことがありますわ。二千の兵を蹴散らしたリースター総隊長とノワールの活躍は有名ですもの。二人は国の英雄ですわ。シャルネは英雄二人が認めた素晴らしい騎士なんですね」


「ありがとうございます。ですが、先程からお言葉がロゼリア姫に戻っていますよ」


「えっ、あー、そ、そうか? もっと気をつけなきゃ…気をつける。だから…私、ぼ、ぼく? いえ…えーと、おれ?」


「いえ。あなたの容姿で俺は似合いませんので、そこは今まで通り私でよろしいかと。あなたは一応エルトサラの王家の者ですし」


「一応? ふふふ、良かった。流石に俺はないわよ…ないですね。他の国の王家がどんな感じか知らないけど、堅苦しいことは想像できま…す?」


「おかしな疑問符で誤魔化さないで下さい!」


「うう〜。難しい」


 ぶつぶつ文句を言いながらも、ロゼリアは、朝の気持ちの良い風に金の髪をなびかせている。無造作に一つでまとめていても、誰もが羨む輝く金の髪だ。


 実は小さい頃のマイロも、兄妹が城を抜け出すのを手助けしては、城都の珍しい店を一緒に見て回ったり、商家の同じくらいの子供と一緒に遊んだりしていた。

 だが、決まってロキセルトも一緒だ。しかし自分もロキセルトも子供であった為、暫し時間を忘れて日が暮れるまで遊んでしまうこともある。すると、二人の教育係であるノワールに城に連れ戻され、大目玉を食らうのだ。


 マイロ自身も父から酷く怒られるのだが「一番の年長者はおまえだろ!!」と、言われるたびに理不尽極まりない。

 ロキセルトが七才。ロゼリアが四才。国の王子王女である兄弟が、大人の目を盗んで城都に遊びに行くのだ。たった九才のマイロに責任を持てるはずはない。


 そして、いつも楽しそうに緑の目をキラキラさせているロゼリアに、「今日はどこに行きたい?」とロキセルトは聞くのである。


『ロキ兄さまとマーロが怒られるのは、イヤでしゅ。ロゼがお城で大人しゅくしていれば、兄さま達は怒られないでしゅむのでしゅか?』

 

 くぅ――。この、男殺しがー!


 とは言わず、上目遣いに見上げるロゼリアを、ロキセルトはぎゅうぎゅう抱きしめ、結局ロキセルトと一緒に、何度と無く城から出るのを助け…繰り返し父から怒られていたのだった。


 今思えば、二人の兄弟を守る力が欲しくて騎士の道を目指したのかもしれない。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る