第6話 いざ、ルーゼルへ
無事、娘達を乗せた馬車をエアロの騎士に託したロゼリアとエルトサラの近衛隊は、ルーゼルの
エルトサラとは一変した風景。西にそびえる神々しい山々と、そこから領土を囲むよう連なる山脈。遥か
大自然の情景は寒々と感じるのに、各家々は丸みを帯びた建物とカラフルな屋根で彩られとても可愛らしい。
「あの屋根は、この土地特有の粘土で成形された瓦で、ルーゼルの特産品です」
ロゼリアが興味深そうに見ているものに気が付いて、シャルネが馬を寄せながら説明してくれる。
「粘土を形成して乾燥後、特殊な薬を塗ります。その後高温の窯で焼成するのです。リースターの辺境地でも質の良い粘土は取れますが、ルーゼルのようにカラフルなものは少ないですね」
「そうね。お城に焼き物はいくつかあるけど、また違った風合いよね」
「焼き物は、長期にわたって、劣化や退色がほとんどありません。ルーゼルのように寒暖の差が大きな環境化には適しているのでしょう」
「そうなのね」
ぜひ、家の中まで覗かせてもらいたい…とは、思うものの寄り道している時間はなさそうである。
それでも、ルーゼルの民達が、この地を愛し、楽しく生活しているのがわかる街並みにロゼリアの心が踊った。
家具やティーセットなど、エルトサラにはない絵付けがされていると思うわ…。
露店に並ぶ野菜や果物も、目にしたことがないものがちらほらある。緑色のいびつな果実、ベリーの種類ではあろうが黒艶しているもの。
「あの緑の果実はポポーですよ。熟すと非常に甘い香りがします。味は甘味が強く酸味はありません」
「シャルネは物知りね。食べたことある?」
「はい。ポポー自体の栽培はそれほど難しくないので、エルトサラでも王都から離れた街へ行けば普通に買えますよ」
「え、そうなの? どうして王都では見ないのかしら?」
「ポポーは表面の皮が変わりやすく、流通には向いていないのです。ですが、美容効果が高いと言われていますので、女性には人気ですね」
「え、ほんと? 食べてみたいわ!」
「こら、完全に女子トークだぞ、おまえら」
通り過ぎていくポポーを名残り惜しく見送っていたロゼリアに、マイロが馬を寄せて注意した。
「シャルネと話てる時くらいいいじゃない!」
マイロも近衛隊も良く知った騎士達だが、やはり女同士として話せるシャルネとのおしゃべりは、ロゼリアには嬉しいのだ。
国を離れた心細い気持ちが無いはずはなく、ふとした瞬間に兄や両親の顔を思い出してしまう。
そんな時、はしゃぎながらシャルネと話ができるのは助かった。寂しさを抱えているのが、自分だけでないことくらい分かっている…。
「ねぇ、シャルネ。今度、領地へ帰る時は、私も一緒に行って良いかしら?」
「もちろんです。父が悦びます」
「わぁー。嬉しい! リースター辺境伯とお会いするのはいつもお城だったから」
「リースター家の領地は国境近くですので、国王夫妻のお許しがでるかわかりませんが…。それに、あなたを連れて行くと行ったら、あなたのお兄様に怒られそうですね」
「だめよ! もう、行くって決めたんだから!」
「こら、はしゃぐな! 大きな声を出すな!!」
気持ちはすっかり旅行気分のロゼリアに、マイロが一喝した。
「シャルネを困らせるな。妹が行くって言ったらぜったいあいつもついてくるんだぞ」
「それならマイロ隊長も来れば良いじゃない? 兄の護衛はどうせ必要になるんだし」
「まあ、そうなれば俺も行くことになるがな」
「わー! 楽しみね! 大人数になってしまうけど。シャルネは、いいかしら?」
あれ?
…シャルネを見たロゼリアは首を傾げた。
大人数で押しかけてしまうから困っている? というより、これは…喜んでいる?
「まあ、いつになるかわからんが、リースター辺境伯の都合も聞いておいてくれ」
「はい。承知しました」
マイロに向けたシャルネの顔は、普通である。いつもと変わらない。
これは、やっぱり!
ロゼリアは、ぴったりとシャルネに馬を寄せると、顔を近づけた。シャルネだけに聞こえる声で…。
「もしかして、シャルネはマイロ隊長が好きなの?」
とたん、ボンと頬を赤くしたシャルネにつられて、ロゼリアも真っ赤になる。
「おい、ここはルーゼルだぞ。少しは緊張感を保て!」
「はい。大丈夫です。警戒は解いていません!」
これまた平常心のシャルネがマイロに答えるのだ。そして、何となくロゼリアを見る。笑いをこらえているロゼリアと目が合うと、再びボンと勢いよく頬を染める。
可愛いー! 何、この可愛いい人!!
ロゼリアの心の叫びが聞こえたのか、シャルネは太い腕で困ったように頭をかいた。
「あとで、詳しく聞かせてね」
「はい…」
観念したのか、シャルネがこっそり頷く。こんな時だというのに、キュンとした甘酸っぱい気持ちに触れて、ロゼリアもウキウキだ。
「ねぇ、本心を知られたくない相手に、どうしたらシャルネみたいな平常心な顔ができるようになるのかしら?」
これは本当にロゼリアも覚えたい。どうやらシャルネは、マイロが好きだということを本人に知られたくないようである。理由はわからないが、とにかくロゼリアも兄のロキセルトとして、男として、ルーゼルの騎士達に本心を見せるわけにはいかないのだ。
「それは簡単ですよ。相手をイモだと思えば良いのです」
「イモ?」
「はい。どんなに好きな相手であろうと、どれほど相手が強い騎士だろうと、イモだと思えば緊張しません」
「…なるほど。ぷっ」
互いに顔を見合わせ笑い合えば、国を離れた立場にいることなど忘れそうだった。
しかしやはり気になるのは…、待ち行く人々の不安そうな顔である。大きな戦が近いと皆が感じているのだろう。
マイロも
ルーゼルの民や、ルーゼル城を残す意図が敵にあれば、暫くは籠城で時間稼ぎができるだろう。何とか持ち堪えて、他国からの助けを待てば…生き残る可能性はある。
だが、北のアザマがそんな甘い考えであるはずがない。おそらく火矢や火石が放たれ、梯子や櫓を掛けられれば…あっというまに城は落ちる。
マイロもロゼリアと思うことは同じだ。
このルーゼルの人達が営む素晴らしい街並みが、戦禍の炎にのまれないことを祈るばかりだ。
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