第11話 ルーゼルの宴
その日の夜は、簡素ではあるが宴が用意された。国王は早々に席を外し、ルーゼルの騎士、エルトサラ騎士、互いに大皿に盛られた料理を肴に、談笑を交わす。
ロゼリアと剣を交えたリンクスも宴に参加し、すっかりエルトサラの騎士たちと和んでいた。
明朝にはルーゼルの
その前に、ロゼリア達は今のルーゼルの現状を知っておきたいし、ルーゼルの騎士達はエルトサラの近衛隊とリンクスを打ち破ったロキセルト王子に興味津々なのだ。
いつの間にかルーゼルの騎士達に囲まれていたロゼリアは、とりあえず愛想を振りまく。気さくな騎士が多く、昼間のような悪意ある目を向けてくる騎士はもういなかった。
ただ、絶えず酒を注いでくるのが困る。
「王子はあまりお酒を好みませんので…」
そう言ってマイロが注がれたグラスを全て引き受けているのが心配である。
「なあ、なあ、エルトサラの王子様。今度、俺とも手合わせしてくれないか?」
黒髪の若い騎士が、ロゼリアに酒の入ったグラスを寄せて来た。ルーゼルでは、酒の席での約束事はグラスを合わせることで同意を示す。
これは男が女をおとす時や、一晩の逢瀬を買う時にも使われるらしい。グラスを合わせてもらえればOKだ。
「はい。もちろんいいですよ」
深くは考えずにグラスを合わせたロゼリアだが、思いもしない反応を騎士達がした。
「俺とも!」
「俺も!!」
「僕もいいですか!?」
「えーと、では順番で…」
あっというまに十人以上のルーゼルの騎士達に囲まれてしまい、マイロとシャルネが懸命にロゼリアから押しやる。だが、逞しい二人が今にも潰されそうだ。酒の勢いとは恐ろしいものである。
ぎゅうぎゅう詰めのやりとりに、助け船を出したのは、思わぬ人物だった。
「だめだ! だめだ! おまえらっ。俺との決着がまだ終わっちゃいねぇんだぞ!」
昼間、ロゼリアに惨敗したリンクスだった。
「なんだ、リンクス。おまえとの勝負は終わってるだろ?」
「ちげーよ! 俺はまだやれたのに、途中で止められたんだ! 傷だってたいしたことねぇ。現に今、歩いてるだろ!」
「何度やっても、結果はかわらねぇよ! なあ、王子様?」
なあ、と言われてもロゼリアとしては曖昧に笑ってごまかすしかない。何度やっても負けるつもりはないが、たぶんそれを言ったらまたマイロに怒られてしまいそうだ。
「やめとけ、やめとけ、リンクス。手加減してもらったんだぞ。王子様にお礼でも言っとけ」
「なんだと、てめー!」
「いえ、べつに手加減はしていませんが…」
「ほら、みろ!」
「でも余裕があったのは事実です」
「はあ!? ちっ。ちくしょー! 今度は絶対勝つからな」
「ぎゃははははー」
和やかなやりとりだ。けして嫌いではない。
明日には命の取り合いが始まる。そんな中でも一晩の花が咲く。楽しい時間だ。酒の力も加わり、お互い勝負の再戦を約束したころ、妖艶な女がロゼリアに近づいて来た。女の後ろには彼女の侍女であろう付き人と、楽士の一団。
「この度は我が国、ルーゼルへようこそ」
キレイなカーテシーで騎士達の注目を集める。二十代半ばか…。豊かな胸の膨らみは、男を悩殺させるには十分の大きさだ。それなのに、顔を埋ずめたら絞め殺されてしまうような禍々しさを感じる。
しかし目を向けるなという方が無理な大人の色気をだだ漏れさせた女だ。
カーテシーは、女性が君主に敬意を表して行う礼法で、片足を後ろに引き膝を曲げて行う挨拶である。ロゼリアに対してのこの挨拶は、エルトサラに敬意を示したものだろう。
しかし、ドレスから乳房がこぼれてしまうのではと心配をしてしまうロゼリアもどうかしている。
「エルトサラの美しき王子様。私はミシェル=ヴァンカルチア。ルーゼルの王子、アルギルのいとこにあたります。あなた様の剣技、昼間拝見いたしましたわ。美しく目を奪われました。ぜひ、わたくしと一曲踊って下さいませ」
「…ダンス、ですか?」
戸惑うロゼリアに、マイロが笑顔を貼り付け前に出た。あのマイロが緊張しているのがピリピリとわかりロゼリアの頭も一瞬で冷える。
「ミシェル=ヴァンカルチア姫君。我が王子は明日に戦を控えておりますゆえ、今宵はゆるりと過ごすよう、国王から仰せつかっております」
「もちろん国王の心遣いを無にする気などございませんわ。一晩、このルーゼルで良き思い出を作っていただきたいと思っておりますの。それに…わたくしはあなたに話ているわけではございません」
まずい…。
なかなかの女性のようだ。これ以上マイロに話をさせても彼女が引くとは思えない。
ロゼリアは新しいワイングラスを片手に持ちながら立ち上がった。
シャルネが心配そうに腕を引くので、大丈夫だからと、頷いてみせる。しかし今度は、反対側の袖の端っこをルーゼルのリンクスが引っ張るから、驚いてしまった。
「あの女には、気をつけろよ…」
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