第10話 今日という日を忘れるでない
「うわさ通りの腕だな。ロキセルト王子」
パチパチと手を叩き、小馬鹿にするよう近寄るアルギルに、ロゼリアが再び剣をひきかけるも…ぐっとこらえた。
「…私の剣に、ご満足頂いて結構です。アルギル王子」
柄を掴む手を、ゆっくり離し、スッ…スッ…と、わざとらしく肩のホコリを払ってみせる。
部下の敗北に、苛立ちを滲ませながらも軽口を吐くアルギルの眉間が、ほんの少し深くなる様子に、ロゼリアは心の中で笑った。
うわさ通り…とは、どんなうわさなのかとは思うが、今ここで追求しても楽しくはなさそうである。
…何よっ。女の私にこんなに簡単にやられて不甲斐ないとは思わないのかしらね!
だが、その辺の男達がロゼリアの剣にかなうわけがない。
ロゼリアに剣を教えたのはエルトサラの英雄と呼ばれたノワールだ。常に高い剣術指導を受け、練習相手は国で一、二を争う国お抱え騎士達。盗賊程度の討伐なら幾度も参加している。
もちろん国王夫妻は、はじめこそ反対をした。しかし「エルトサラの民を守る為に剣を握るのです。討伐隊は混乱を納めに出る大事な役目。なぜ、それがいけないことになるのでしょうか?」と言い張るロゼリアに、根負けしたのである。
結局心配はしてもロゼリアの好きにさせていた国王は、ロゼリアの剣技を認めたうえで、他国に娘を送っているのだ。
『ロゼリア。私はな、おまえに幸せになってほしいだけなのだよ。しかし、どれほど民に愛された王家であろうと、いつ危機が訪れるかわからぬ。いずれ…おまえの知性と力が必要になった時、私はおまえに剣を許して良かったと思うやもしれん。だが、そんな必要などなく、良き夫を見つけ、子供を授かり、年を重ねてこの国の平和を見届けてほしいとも思っているのだよ。ロゼリア…』
…お父様。まさか他国の戦に娘を駆り出すとは、あの時は思いもしなかったでしょう。
父親の優しい顔を思い出し、ふと、あの父が溺愛している娘を城から出した理由は、本当にあの時言った言葉通りなのだろうか…と考えてしまった。
王は国の要。
北の国からの戦が迫っている為、ロキセルトには国境警備の指揮。
『ルーゼルの求めに応えよう。しかし国の礎は、国が守らねばならん。女達を途中まで護衛し、エアロまで逃がせ。その足でルーゼルへ…』
だが、本当の理由は、他にあるのではないのだろうか?
しかし、考えても今は答えなど出るわけがない。ロゼリアが今できることは一つ。与えられた役目を果たすことだ。
その為には、ルーゼルでは女である事を気付かれる訳にはいかない。
空高くには、大きな翼を広げた鳥が、未だ旋回をしている。
ロゼリアは精一杯感情を殺してアルギルを見た。
今は、目の前に集中しよう!
アルギルは、闇が降り立ったようなまっ黒のマントをはためかせている。肩に乗る金色の留具があまりにも大きく、薄曇りの中でも妖しく輝き不気味だ。
「シリウスエヴァーの子よ。見事な剣技であった」
アルギルよりよほど友好的なコーネル国王がロゼリアへ歩み寄り称賛してみせた。
しかし、国王の地であるルーゼルで、他国の者が自国の騎士を破るのは、褒められる行いではなかったのではないか…と、今更ながら慌ててしまった。
ルーゼルの騎士にも、国の誇りを汚されたと考える者もいるようである。
しかし、コーネル国王は高らかに宣言したのだった。
「いま、この時より、我が国ルーゼルの為にはるばる来てくれたエルトサラの騎士達を貶す言葉を一切禁ず!」
十年ぶりに聞いたコーネル王の声は、変わらす威厳がそなわっていた。
ロゼリアに向く細めた目は、明らかに懐かしい友を思い出しているのだろう。
「何人も、我が友シリウスエヴァーの子、並びにエルトサラの近衛隊を歓迎せよ。共に手を取り合い、平和を手にするその日まで、我らの大事な友と、愛する家族が穏やかに暮らせるその日まで、我らは剣をにぎろうぞ!」
「「おぉー!!」」
ルーゼル騎士達の目から戸惑いが消える。
「今日という日を忘れるでない。我らの求めに応じた友を! 我らと命をかけて戦う騎士の顔を! 今日という日を忘れるでない!! ルーゼルとエルトサラ、共に平和に暮らせるための一歩が今日という日なのだ!!」
「「おおぉぉ――――ぉ!!」」
騎士達が高揚して雄叫びをあげた。
エルトサラとか、ルーゼルとか、そんな国の違いなど、もはやない。共に戦う仲間なのだという意識が高まっていく。
そして、興奮した騎士の一人が叫ぶ。
「今日という日を忘れるな!!」
「「おぉー!!」」
「今日という日を忘れるな!!」
「「おぉー!!」」
「「今日という日を忘れるなー!!」」
「「今日という日を忘れるなー!!」」
「「今日という日を忘れるな――!!」」
やがて騎士達みんなが、剣を頭上に掲げて叫んでいた。
不安や怯えを
これこそが…国の王の威厳なのだ。
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