第9話 エルトサラの姫 × ルーゼルの騎士

「…久しいな。我が友シリウスエヴァーの愛し子よ」


「はい。ご無沙汰しております。コーネル国王様」

  

 マイロや皆にならい、ロゼリアも頭を下げようとするも、コーネルは手を払い否を告げた。


 背筋を伸ばしたロゼリアをまじまじと見て目を細める。

 ロゼリアが身に付けている衣装は、美しいが機能を重視した赤と白。近衛隊の白い制服に似ているが、男性用で細身のロゼリアにとても良く似合ってはいるのだが…。


 もしかして…、私がロキセルト兄さんでないとわかって、乱闘になるのを助けてくれた? 


 そうだとすると、非常にまずい。ロゼリアだけでなく、マイロや近衛隊も罪人になってしまう。


 冷静を装うも、唇の端が引きつる。アルギルの眼光も鋭いが、コーネル国王に比べたら可愛いものだ。


 しかし、コーネル国王はロゼリアに向かって頷くと、柔らかく笑った。


「ふっ。エルトサラのの剣が、国の英雄を凌ぐとの噂は、このルーゼルでも聞く。だが、剣だけじゃなく、なかなかの気鋭きえい騎士のようだ。あの男に似たのか、王妃に似たのか、どちらかな?」


 間違いなくロゼリアは、父親似である。しかし、なんと返答して良いのか迷う。


「ん?」


 その目だ。国王のそれは、子供のいたずらを暴く楽しさを知っている目だ。怒ってなどいない。

 父の友人であり、厳格であるが情にあついルーゼルの国王。幼い頃にはロゼリアを膝に乗せて本を読んだり、馬に乗せてくれたりもした。


 どうやらここは、ロゼリアの腕を見せるのが手っ取り早いようである。


 ルーゼルで兄のロキセルトが英雄を凌ぐ剣の腕などと言われているのは初めて知ったが、ならば剣術大会は、軍や騎士達には鍛錬を見せる作法のようなものだ。


 ロゼリアは、国王から剣を交える許可をとると、互いに致命傷は負わせないルールで、剣術披露を申し出たのだった。


 ロゼリアの相手は、当然、第一部隊所属のリンクスである。


 ロゼリアのローブを受け取ったマイロが小声で耳打ちした。


「いいか。ルーゼルのサーベルはぶつけることに長けた剣だ。折れにくく体重を乗せて来られれば、おまえの剣は折れてしまう。致命傷は負わせないとは言っても、剣を落としたり、折れたりしたらおまえの負けだ」


「うん…」


「けして相手を侮るな。相手は、ルーゼルの第一部隊所属。腕にそれなりの自信があるのだろう」


「わかってる」


「いいですか、。……の、あなたにしかできない動きで相手を翻弄して下さい。あなたの動きは、おそらく相手も初めて見る戦法のはずです」


「…心配してくれてありがとう。マイロ隊長」


 マイロの優しさにふれてか、ロゼリアは自然と笑顔になる。一瞬目を見開いたマイロが、すっと顔を背けボソッと呟いた。


「…ロキセルトは、そんな腑抜けた顔はしないぞ」


「あ、そうよね。ごめんなさいっ」


 マイロに注意されたロゼリアは、慌てて無表情を作ると、ぽんとマイロの肩をたたいた。彼をその場に置いて、ロゼリアも剣を抜く。再び振り返れば、シャルネや近衛隊のみんなの姿も目に入った。


 心配させちゃってごめんなさい。でも私、負ける気なんてないから!


 ロゼリアは剣を握り、胸にあてた。

 ロゼリアの手に馴染んだ軽くて細い剣だ。強く胸に押し付け、銀色の刀身を空に向かってまっすぐ向ける。剣が十字に輝いた。


 それはエルトサラの騎士が、騎士の誇りを見せる時の作法である。

 だがロゼリアは本当の騎士ではない。それでも、空を指す銀色の剣と、ロゼリアの金の髪はエルトサラだけでなくルーゼルの騎士達の不審を拭い去る誇り高い騎士の姿だった。


 ロゼリアは一度閉じた目を開けると「よし!」と、自分を鼓舞する。

 ぽんぽんと胸の上で剣を叩き、スラリと剣を下ろした。

 すでにリンクスはサーベルを手に待ちかまえている。


「両者。国と騎士の誇りをかけ、正々堂々と勝負せよ」


 コーネル国王の合図のもと、リンクスが高らかに雄叫びをあげた。


「お―――りゃあ!!」


 リンクスの長いサーベルをやすやす避けたロゼリアは、素早く手首を翻す。横をすり抜けざま、袖の紋章を弾け飛ばした。

 リンクスの顔が怒りに任せて歪む。彼の高いプライドが、ギリッと睨みつけてくる目でわかる。致命傷を負わせないルールなど頭から吹っ飛んでいそうだ。


 ガン! ガン! ガンッ!!


 ロゼリアの耳に慣れ親しんだ音が響いた。

 地面から浮いた砂煙は、ロゼリアの動きに合わせて、剣の切っ先を追いかけていく。

 不思議と、恐怖はない。

 右に左にと顔の前で受け流し、互いに押し合った剣が、申し合わせたように再び軽い半円を描いて激しくぶつかる。


 ガッ!


 だが、ロゼリアはすぐに力を逃しつつ身体の重心をずらした。


 ブワッ…。 


 剣を軸に体重移動すれば、大振りで振られた切っ先が、光で編み上げたようなロゼリアの髪をサラサラと風に散らした。

 わっという歓声が相手陣営から上がる。


 太刀筋は悪くない――。

 でも、私の相手にはお粗末ね。

 

 ロゼリアは、相手が上段から振り下ろすより先に、躊躇無く懐に飛び込んだ。ブーツの厚さを計算し、男の両足を浅く横に薙ぎ払う。

 二歩ほど後退した男の身体が、剣を持ち直す隙を与えてやるほど、ロゼリアはお人好しではない。


 滑るように相手の脇を抜ければ、二人を砂煙が覆う。風がゆらげば…男の鼻先でピタリと静止して鈍い光を放つ刃は、見まごうことなくロゼリアの剣である。


「勝負あり!!」


 ……一瞬の静寂。


「勝者、エルトサラのシリウスエヴァー!」


 高らかに宣言され、にんまり笑顔を作ったロゼリアは、愛用の剣を鞘へ収めた。


 ロゼリアの剣の腕に、圧倒されたのか、ルーゼル騎士達からため息のようなものがもれていた…。


 リンクスは直ぐ様、医療班に運ばれて行き、コーネル国王はロゼリアの剣術に満足したようだった。


 ちなみにエルトサラでも年に一度、剣術大会が行われている。今年の勝者はマイロ隊長であったが、昨年はロキセルトだったらしい。だが、剣術大会に出場しないがたまに負ける相手が、二人にはいる。それがロゼリアだった。

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