第8話 おやめ下さい、王子様

「シリウスエヴァー!? それはエルトサラ王家の名では…」


「ええ。エルトサラ王の子、シリウスエヴァーです」


 まさか、アルギルがロゼリアの名前を出すわけはないと思いながらも、正直アルギルの疑惑の目に冷汗を感じる。


 しかし、ロゼリアの焦りとは違う意味で、ルーゼルの陣営がどよめいていた。まさか、二百人の兵士の代わりに、国王の実子が近衛隊を率いて来るとは思わなかったのだろう。


 しかも最前線で戦うとなれば、命の保証はない! 再びルーゼル陣営から揶揄が飛ぶ。


「エルトサラは、王子を見捨てるのか!?」

「いや、王子は病弱じゃないのか?」

「あの、ほそっこい腕だ。そうに違いない。きっと病気で死なせるより、戦で死なせてやりたいという、国王の親心だ」

「そうだ、そうだ!」


 しかし、そこまで言われるとロゼリアも憤慨してくる。


「くだらない。どこであろうと、親が自分の子供の死を望む訳ないでしょう?」


 ルーゼル陣営が一瞬で静まり返った。

 だが、続いたロゼリアの言葉に、男達から殺気が湧く。


「生きて帰って来る、そう信じるから親は子を送り出せれる。私達は剣がにぎれる。子供がこんなに根性無しでは、ルーゼルの親は気の毒ですね」


「ロ…王子!」


 顔色をかえたマイロが止めるも、ロゼリアの口は止まらない。

 エルトサラだって大変な時期だ。いつ戦が仕掛けられるかわからない。それなのに、わざわざこんな所まで国お抱えの近衛隊を派遣してあげているのだ。感謝されて然るべきなのに、散々な言われよう。


 今もエルトサラに残る両親は、民を第一に思う立派な国王夫妻だ。兄も、妹を溺愛している点を除けば優れた王子であり、ロゼリアの愛すべき家族だ。

 近衛隊の騎士達も家族と離れ、泣きながら送り出された者もいるだろう。

 それなのに…感謝もされず侮辱されて、平静を保てと言うほうがロゼリアには無理である。


 ふつふつとした思いが湧いてくるのを貼り付けた無表情の下におしやる。

 覚悟はできている。それでも、国に残る両親。ロゼリアを溺愛している兄のロキセルト。ノワールや城のみんな…。


 心配と不安と、八日間に渡っての騎乗での移動の疲れ。見せていないがストレスは相当だ。だが、どれだけマイロと近衛隊の騎士達が自分を気遣っているのかも分かっている。


 エルトサラを出発する前に、マイロと近衛隊が国王と謁見していた。ロゼリアのことを話たのだろう。

 誰一人異議を唱えず、皆、国王の指示に従ったと聞いた。

 

「…エルトサラの騎士は皆優秀です。断然、剣の腕も、頭もいいです。だから私も、騎士達も戦場で死ぬ気なんてさらさら無い!」


 もとよりロゼリアは、ルーゼルに騎士として来ているのだ。近衛隊と共に剣を握り戦うつもりで来ているのだ。


「なぜ、同じ騎士を侮辱する言葉が出てくるのでしょうか? ルーゼルの騎士は感謝の言葉を忘れたのですか? 騎士の誇りはないのですか? 戦を目前にして逃げ腰になっているのですか?」


 アルギルは、真っ黒なオーバーコートをはためかせ、黙ってロゼリアの言葉を聞いている。それが余計にロゼリアの心を乱した。


 なぜ、彼は黙っているの?

 なぜ、自国の騎士の罵倒を許しているの?

 あなたはコーネル国王の息子でしょう!?

 

 記憶にあるアルギルとの違い。別に手を広げて迎えて欲しいわけでは無い。ただ、アルギルは、仲間の騎士への侮辱を許すような子供ではなかったはずだ。


 別に理想を押し付けるわけでは無い。ただ、許せないのだ。同じ王家の人間として。同じように国を愛する者として。


 気がつけば、ロゼリアの口から挑発めいた発言が出ていた。

 

「何なら私の剣術披露でもいたしましょうか? まあ、根性無しの剣では私と勝負にならないかもしれませんが」


「王子っ。おやめ下さい!」


 流石にこれ以上はまずいと、マイロがロゼリアの腕をとる。


 しかし、すでに男達の怒りは絶頂に達していた。


 ギリ…と、唇を噛んだルーゼル第一部隊からリンクスと名のった騎士が、剣を抜く。 


 スラリ…と抜いた刀身は長いサーベルだ。


「…王子様だか何だか知らないが、俺達は国の為に、何度も最前線で闘っているんだ。所詮城の中での、オママゴトみたいな練習しかしていない王子様の剣じゃあ、俺にかすりもしませんよ。恥をかきたくなければ、そいつらの後ろでせいぜい震えていればいい!」


 震える? 私が? マイロの後ろで? 


 ロゼリアがマイロを見ると、彼は思いの外、真剣な顔で首を振った。


「いけません!」


「えーと、マイロ隊長。ちょっと聞きたいんだけど…」


「…はい。なんでしょうか? 


「この男、イモ以下なのですか?」


「い、イモ!?」

「なにぃぃ―――!?」


 ザワリといきり立ったルーゼルの騎士達と、自国の姫(今は王子)を守らんとするエルトサラの騎士。


「だってそうでしょう? 森に住む動物達ですら、この男より礼儀をわきまえてます。それともルーゼルは、言葉の理解力がなくても騎士になれるのですか? あー、それほど大変な戦が始まるんですね? そのうち女子供にも武器をもたせ、騎士と名のる男が剣を放り出して逃げ出す……っ」


「ふっ、ふざけるな――!!」


 急にロゼリアの身体が引っ張られた。マイロが強引にロゼリアの身体を近衛隊の陣へ引き戻したのだ。シャルネの腕の中で、流石にロゼリアも失言だったと焦る。乱闘になれば剣を抜こうと身構えた…その時だった。


「そこまでだ!!」


 鶴の一声が響き渡った。声の主を見なくとも、ザッとルーゼルの騎士が頭を下げる。

 その人物はロゼリアの記憶と重なるも、年を重ねて渋味が増したルーゼルの王、コーネル国王だった。


「…久しいな。我が友シリウスエヴァーの愛し子よ」


「はい。ご無沙汰しております。コーネル国王様」

  

 

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