第43話 側妃(予定)からのお誘い

 それから暫くして、側妃として迎えられるのは法務大臣を務めるロレール公爵の次女、メリッサ様だと、「淑女コース」に通っているアメリから聞いた。

 そして驚くことに、そのメリッサ様自身からお茶会の誘いを受けた。


 都合が悪いとお断わりすると、すぐにまた2通目が届いた。

 同じ理由で再びお断りしたら、今度は自分から離宮へ伺うので直接会いたいと書かれてあった。


 離宮では、住み込みの使用人は老夫婦しかいない。そんなところへメリッサ様とその侍女達に来られてしまっては敵わない。そういうことで、卒業試験を間近に控えた休日にしぶしぶ、彼女の生家であるロレール公爵家のタウンハウスへと向かうことになった。


 何なのかしら? 極力、彼女とは顔を合わせたくないのに。


「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」

「お初にお目にかかりますエレナ様。メリッサと申します」


 何となく側妃となる方は自分よりも年上だと思っていたのだが、意外にもメリッサ様は同年代くらいの女性に見えた。

 ピンクゴールドの髪の毛に、榛色ヘーゼルのパッチリとした瞳をしていて、庇護欲をそそる外見をしているが、性格は勝気な女性のようで、言葉の端々に棘を感じる。


「エレナ様の離宮は、ずいぶん自然豊かな場所にあるのだとか。お独りでお寂しくはないですか?」

「いいえ? お友達もいますし、快適に過ごしております」

「お友達!? ですが、お茶会などもなさっていないのでしょう?」

「お茶会というよりも、友人たちとはお食事を一緒にとることが多いですね(学園で、だけど)」

「っとはいえ、殿下がお渡りにならないのは、お寂しいでしょう?」


 彼女はどうやっても私を「寂しい女」認定したいようだ。


「いいえ? 文のやり取りは定期的にしていますし、折に触れてお会いしておりますから」

「うそ? ど、どちらで?」

「そうですねぇ。寮や、保養地や、離宮などで」

「寮?」

「っ、猟、狩猟のことですわ。わたくし、こう見えて得意なんですの」


 いっけない! 私が学園に通っていること、内緒だったんだ。


「あぁ。エレナ様は田舎育ちですものね」


 今、何気に田舎育ちを馬鹿にした!?


「輿入れの準備は、つつがなくお進みですか?」

「ええ。今、殿下と新婚旅行先について話し合っているのですが、候補が多すぎちゃって」

「まぁ、楽しそう」

「エレナ様のときはどちらへ?」

「……賑やかな、市街地?だったかしら」

「へー、外国に行かれたんですね?」


 いえ、帝国の首都の市街地だけど。まあ、宮殿から馬車で15分のところへ出かけることを新婚旅行とは言わないか。


「この婚約指輪も、殿下が贈ってくださったの。殿下の瞳とそっくりでしょう?」

「素敵な空色ですわね」


 殿下の瞳は青紫色だけど。ちゃんと彼の顔、見たことあるのかしら?


 今日の私は、以前、殿下に露店で買ってもらった鉱物原石の指輪を付けている。

 もちろん故意にだ。

 殿下から大事に扱われていないアピールをしておくことで、嫌味を言われたり不要な接触を避けられると思ったから。

 案の定、彼女は私の左の薬指を見ると、クスリと下品な笑みを浮かべた。


「結婚指輪は、2人のイニシャルが入ったものを特注しようかと話しておりますのよ?」

「まぁ、ロマンチック」

「父が、早く孫の顔が見たいと発破をかけるものですから……私はもう少し2人だけの期間を楽しみたいのですが」

「子は授かりものですから」

「そうですわね、嫌だわ。私ったら、こんなことをペラペラと。でも、エレナ様にお会いできてよかった。殿下の寵愛はなくともお元気そうですから」


 やっぱり来るんじゃなかった!

 たんまり惚気話を聞かされ、そろそろ失礼しようと思っていた矢先に、家令が来客を報せてきた。


「まぁ! ちょうどよかったわ」

「?」

「エレナ様、もう少しお時間、ありますわよね?」

「いえ、そろそろ失礼しようかと――」



「あらあらあら――!! アルフォンス殿下! お待ちしておりましたわ」

「……エレナ?」

しております、殿下」

「なぜここへ?」

「私がお誘いしたんです。色々、エレナ様せんぱいにご相談にのっていただきたくって」

「……そうか」


 目だけで殿下へ全力否定する。


「今日は、結婚指輪を選ぶために帝都一の宝石商が来てくれておりますの。あ、エレナ様もぜひ同席をお願い致します! デザインが被らないようしなきゃ。ね?」


 ま、いいけど。ん? 私の結婚指輪って、どんなだったっけ? 


「お嬢様。殿下から頂いたお花です」

「わー、殿下! 素敵なお花!! いつもありがとうございます。早速、活けてまいりますね?」

 パタパタ足音を立ててメリッサ嬢が退室していった。


 もう戻ってこなければいいのに。


「わぁ――、殿下は、いーっつもこーんな大きな花束を持ってメリッサ様のお宅を訪問されていらっしゃるんですねぇー!?」

 わざと甲高いメリッサ嬢の声を真似て揶揄ってやった。


「……真似をするな。あれはイヴェットが用意したものだ」

「でしょうね」


 殿下にそんな甲斐性があるとは思えないもの。


「……大丈夫か?」

「正直、すごく疲れました」

「すまない」

「え?」

「公爵家の箱入り娘が、正妻ではなく側妃として輿入れするということに、かなり苛立っているようだ」

「彼女、まだ若いですよね? 気持ちは分かります」

「?」

「たとえ政略結婚だとしても、『もしかしたら……』って、一縷の夢を抱くのが乙女ですから」


 ま、私の場合、その夢は輿入れしてきたその日のうちに砕け散ったわけだけど。


 はぁ――ぁ。本当にもう帰りたい……。

 帰って、勉強したい……。


「来週、誕生日だろう? 何か欲しいものはあるか?」

「私が欲しいのは……」


 ――自分の家族。自分と、愛する男性とで作った、家族。

 でも、貴方はそれを、私に与えることはできない。

 そう思いながら、ジトッと殿下の顔を見た。


「ん?」

「ううん。多分、手に入らないから。やっぱり、いいです」

「そんなに高価なのか?」


 どうでしょう、と笑ってごまかした。


 それから、メリッサ様が宝石商を伴って再び戻ってきた。

 ウキウキしながら宝石を見つめるメリッサ様を、幸せな未来が来ることを信じて疑っていない彼女のことを、純粋に可愛らしいなと思った。


「ねぇ、アルフォンス殿下。2人のイニシャルを入れた結婚指輪も素敵だと思いません?」

「……あぁ」

「帝都の大聖堂での挙式なんて、参列者も多いですし……緊張してドレスの裾を踏んじゃわないかって今から心配で――」


 へぇー、2人は大聖堂で挙式するんだ。へぇー、参列者もたくさんいるんだ。

 ふぅーん。さすが、自国の公爵令嬢との結婚式ともなれば、税金も惜しまず使うわけね。

 きっと、それは美しいティアラも用意されているんでしょうね。


 2人の甘~い会話を右から左へ聞き流しながら、宝石商の男性の節くれた手をじっと見つめていた。長年仕事をしてきた人の手だ。シミや皺にさえ、風格を感じてしまう。


「……綺麗」

 気付いたら、声に出ていた。


「皇太子妃様のお眼鏡にかなう宝石がありましたでしょうか?」

「あっ、いえ、そうじゃなくて。あなたの手が、その、綺麗だなと思って」

「手? わたくしのですか?」

「ええ。長年働いてきた人の手だなぁと、魅入ってしまって。ごめんなさいね。続けてください」


 はぁ。危ない。独り暮らしが長くなったせいか、つい独り言が出ちゃうのよね。


「……エレナも、気に入ったものがあれば選べばいい」

「アルフォンス殿下?」


 メリッサ様が驚いたように殿下を見上げている。


「4月はエレナの誕生月なんだ。ちょうどいい機会だろう?」

「っ」

 途端にメリッサ様が不機嫌になる。


 素直だなぁ。そんなので、本当に側妃としてやっていけるの? 離宮は、伏魔殿なのよぉ?


「わたくしは、この指輪が気に入っておりますの。お気持ちだけ、頂いておきますわ」

「だがそれは――」

「それに、今日はメリッサ様との指輪を選ぶためにいらしたのでしょう? 無粋な真似はおよしになって?」

「っ……」


 殿下に指輪を買ってもらって、メリッサ様に後から絡まれるのはごめんですから。

 それに――欲しい指輪があれば、自分で買えるもの。

 そのくらいのお手当は頂いているし、個人資産だってたんまりある。

 そんなことを考えながら、肌に馴染んで案外しっくりくるこの指輪を、無自覚に指で撫でていた。



 ――あれから10日後。


 皇室がメリッサ様を殿下の側妃に迎える予定であることを正式に発表した、ということを「淑女コース」に通うアメリたちとの会話で偶然、耳にした。確かに事前に聞いてはいたけれど、殿下からそのことについて文が届くこともなかった。


 婚儀は、9月だと聞いている。

 ……一応、成人皇族だし。婚約祝いの品を贈った方がいいのかしら。

 

 セヴラン先生に文を書いて聞いてみたら、「その方が無難だろう」という返事だったので、相応なものを見繕って贈っておいた。

 予期していたとおり、お礼の文も何も送られてこなかった。

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