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話をしている最中にもコンピューターをいじっていた美雪が、医師を呼んだ。何をしていたのかわからなかったが、彼女はナノマシンの解析をしていたらしい。船長の遺体から抽出したものだ。
「結果、出たよ」美雪が言う。医師はディスプレイを彼女の隣から覗き込む。「ナノマシンにやっぱり命令が書き込んであったみたい」
「時間設定か?」
「うん……。体内に入り込んでから二十四時間後だって。何時に動き始めるとかそう言うのじゃないみたい」
「ふん……それでも似たような時間に全員が発症したのか。一体どうやったんだ」
二十四時間。つまりは、昨日の夜くらいになるのか。あの時は何をしていた。部屋にいて、茅島さんと映画でも観ていたんじゃないか。どうやったら毒なんて打ち込めるんだろう。
そもそも、私だって彼女と全く同じことをしていたって言うのに、どうして彼女だけがこんなことになっているのだろう。
精密女が急に思い立ったように口を開く。
「あれ、昨日って、プラネタリウムって開いてませんでしたよね、確か」
「そうだっけ……」
何も覚えていなかった。私も一度行ったが、それが何日前のことなのか記憶になかった。
美雪がホテルのパンフレットを覗き込んで調べる。すると、プラネタリウムの営業曜日が書いてあった。
一週間の運行のうち、週に四日は営業し、三日は休みだと明記されていた。昨日は要するに閉まっていた。
私の持ち出した考えは、否定されたと言うことだ。
「プラネタリウムでないとすると」医師は頭を捻る。「ますます方法がわからないな。乗客が一斉に集まって、なおかつ気付かれないような状況が他にあるか?」
「うーん」美雪が唸った。「入浴? いや絶対違うよね。なんだろ。逆に多過ぎて絞り込めなくない? 鍵さえあれば、寝てる間にこっそりやったってのも否定できないじゃん」
私も考えてみる。何か全員が同じような時間に行う行為。なんだろう。逆に、絞り込めない。そんな行動は、現代社会に生きていれば無限にあるだろう。入浴だってそうじゃないか。睡眠もそうだ。起床の時間も、清掃に回るスタッフがいる以上、その時間までに起きなければならない。
全員がバラバラの部屋にいても、その方法は成立したのだろうか。なにか機械的な仕掛けを使えば、可能なのかもしれない。別に、本質的にはただのナノマシンだから、機能を使わなければ注入できないと言うわけでもない。
そこまで考えると訳がわからなくなって、私は考えることをやめる。寝不足の頭で弾き出せるものでもないだろう。
「まあ仕方ないです」精密女が諦めたように言う。「考えたってわかりませんからね。あとは素敵な尋問に賭けましょう。内生蔵と、上路。二人が機械化能力者で、ナノマシンの機能があれば犯人確定ってことでしょ。峰崎を捕まえられれば、拷問でもして吐かせるんですけどね」
「頼んだ」医師は謝るように言う。「片腕を怪我して不自由なお前に、そんなことまで頼んでしまってすまないな」
「別に。片方でも動けば人の腕は折れます」
でも何か。
何かないのか。考えた方がいい気がする。考えろ、私の頭。誰が毒になって、誰がなっていない。その理由は。
良い案が思いつきそうだったときに、部屋のドアがノックされる。
顔を覗かせたのは、不良シスターの高瀬だった。
「はあい、みなさん。忙しかったですか?」
「……高瀬さん」医師が応答する。「なにか?」
「あ、いえ、ちょっと乗客の皆さんにね、お伝えしたいことがあって。大事な話なんです。パーティ会場に来てもらえます?」
「パーティ会場? ここじゃダメなんですか?」
「皆さんに、一度に聞いて欲しくて。なるべく来れる人を集めたんですよ。じゃあ、お願いしますね」
よくわからないことを言い残して、高瀬は消えた。
「……なんだ、高瀬さん」医師は訝った。「罠か?」
「高瀬さんは……」精密女が思い出しながら答える。「イエシマ側の人間でしたっけ。社員とかじゃなくて、イエシマを良いと思っている一般ユーザーですね」
「……危ないと思う」二條が言う。「あの女は何を考えているかわからない」
「じゃあ私が行きますよ」精密女が手を挙げる。「みんな集まっているなら、内生蔵と上路も連れて来やすいでしょう」
「あの……」私も続いた。「私も、興味があるんですけど」
「加賀谷さんが?」医師が意外そうに言う。「なら、精密。彼女を頼んだ。危険だろうが、まあ何処にいても変わらん。それより加賀谷さんの着眼点は、前から面白いと思っていた。頼んだぞ」
「はい……」
興味はあった。
なにより、高瀬が何をしたがっているのかが気になった。
茅島さんのために、いや、茅島さんだったら、きっと高瀬が何を考えているのかを見に行くだろう。
私は、彼女のために、彼女の耳で聞こえないような、視覚的な情報を拾いたいと思った。
パーティ会場には乗客が馬鹿正直に集まっていた。
中には、中静が片足を失った状態で座っていた。二條と何かあったらしいが、私は聞いていなかった。これ以上なにか騒ぎを起こすつもりはなさそうだ、と言うことは聞いた。
パーティ会場に、人混みが形成されていた。これだけの人数が集まるのは、立食パーティの時以来だろうけど、ここにいない人間もいる。天岸なんかは、姿が見えなかった。
人の中央には、高瀬が立っていた。人の注目を浴びて、気持ち良さそうにしていた。
やがて、周りを見渡すと高瀬は口を開いた。演説を始めるつもりらしい。私はその姿を見て、恥ずかしさすら覚えたが、高瀬は気にする様子もなかった。
「皆さん集まりましたか。では、始めましょう。私の話を」
高瀬は話す。よく通る声が不気味だった。いや、声が通ると言うより周りの乗客が押し黙っている。静寂により耳鳴りすら聞こえる。
「私が言いたいことは簡単です。みなさんは、御部善区をご存知ですか。そうです、あのクソみたいな区! そのクソさを教えてあげようと思いまして」
御部善区。イエシマを恨んで恨んで仕方がないという区だ。天岸の命が失われると、機能によってこの区の人間は全員死ぬという。
高瀬はそのような基本情報を乗客に説明し始めた。
「御部善区はね、イエシマへの恨み、反抗だけで成り立ってるクズなんですよ。イエシマの株とか買ってるみなさんは知らないと思いますけど。社員の方は知っていますよね。この御部善に頭を悩ませているとは聞きます」
それから高瀬はイエシマを褒め始めた。イエシマの功績は素晴らしいだとか、そのおかげで世界が便利になっているだとかを口にした一方で、機械化能力者については触れなかったのは、イエシマの暗部でもあるからだろう。機械化能力者のパーツの三分の一は、イエシマ社製品だと言うのに。
「さて、これほどのイエシマを、国と癒着しているだとか、そんな下らない理由で忌避しているのが、件の御部善区です。そんな御部善区出身の人間が、今この船に乗っているのを、私はね、突き止めたんです」
高瀬はぐるりと乗客を見回してから、にっこりと微笑んで、突き刺すように指を向けた。
「上路さん。あなた、御部善区出身だったんですね」
呼ばれた上路は、しかし姿を見せることなく人混みに紛れたままじっとしていた。
私はてっきり、あの時口汚く罵っていた浅坂だと思っていたが、別の名前が出て驚く。
「私はね、上路さん」高瀬は続けた。「あなたの名前に覚えがあって。あなた、記者でしたよね。ネット記事をいくつか書いていましたよね。その中にね、ふざけた記事があったんですよ。イエシマ社の悪口ばっかり適当に書き連ねた、なんの価値もないゴミが。だからね、上路さん。私は覚えてましたよ、あなたのことを。なんでこんな記事書くんだろうって。それでね、調べたんです。あなたの名前。昔、御部善区で過激な活動をして、逮捕されそうになったバカの中にね、あなたの名前があったんですよ。上路さん。どうなんですか、上路さん」
そこまで言われると、足音が聞こえる。
上路昭恵は、群衆の中から、高瀬の目の前に歩み出た。顔は、怒っていた。想定通りの表情といえばそうだった。
この二人を、無責任な乗客が取り囲んでいる様子は、実物を見たこともないが、さながら闘技場のようだった。そのくらいの緊張感が、ここには漂っていた。
「あんた……何がしたいわけ」上路は、唇を噛み締めながらそれだけを尋ねた。「私は、イエシマの不正を暴きたい。きっと、この会社には何かあるんだ。あんたは盲信的にイエシマを信用しているみたいだけど、それはイエシマの教育だよ」
「私の要求は、単純ですよ」高瀬はじっと見下ろしながら言う。この女の方がかなり背が高い。「あなたの同僚は毒で倒れている。それを見捨てて下さい」
「はあ? 見捨てろって……」
「あなたとか、あなたの同僚とか、イエシマに対して悪口を言うだけの人間は、相応の罰を受けるべきです。私の要求をもっと具体的に言います。私の望みは、天岸の死。つまり御部善の死です。ですが、天岸さんが死ねば、増殖機でナノマシンを増やして、あなたの同僚のようなクズも助かってしまう。それが気に入らないんですよね。だから、諦めて欲しいんです。ね、みなさん? 聞きましたよね、私の話。見捨てて下さい。みなさんも、イエシマに悪いことを言うだけのクズなんて、生きてる価値ないって思いますよね?」
「勝手に言うな! あの子は、関係ないでしょ。私だって、正義のためにやってるんだ、その自由はあるでしょ」
「どうでしょうかね。ねえ、施設のお二方」
高瀬は私と精密女に声をかける。
「天岸さんが死ぬと、やっぱりナノマシンは全員分増やされる訳ですよね。でも、こんな記者なんかに配る必要ありませんよ」
「残念ですけどね、高瀬さん」精密女が告げる。「増殖機は今、海の底です。もう増やせないんですよ、全員分」
部屋でじっとしていた乗客は知らない、初めて聞くその事実に、どよめきが走った。
なんとかなると、天岸がそういう決断を下すだろうとなんとなく思っていて、それで知り合いが助かるっていうから納得していた現状が、崩れた。
精密女、そんなことを言って大丈夫なの? 私は顔色を窺う。
高瀬はしばらく何も言わなかったが、やがて笑った。
「あー、そうですか。ああ、なるほど。じゃあ天岸を殺しても誰も救われないんですか」
「犯人さえ見つけられれば手はあります」
「はーん、でも難航してる。記者みたいなクズも救うわけ?」
「可能なら、必ず」
「それが正しい行為だって思ってるわけ? こんなクズを救うんだよ。こいつらは抜きにした方が良いよ。こいつや、あと浅坂、内生蔵もそう思ってるみたいだ。結構いるな、そうだ、そう言う奴らをあぶりだしてさ、殺しちゃえば良いんじゃないの?」
「何言ってるんですか」
「私は大真面目に言ってる。そうだ、犯人なんか見つけたら、御部善も助かっちゃうでしょ? だったら天岸も殺した方が良いよね」
「これ以上、状況を面倒にしないでください」
「私は真面目だって言ってるだろ! こうでも難航しないと、御部善の人間を処理できないんだよ。ねえみんな、聞いてたでしょ。イエシマは、御部善に悩まされてきてるのは知ってるでしょ。天岸を殺そう。御部善を潰せるなら、B毒のナノマシンなんていらないよね?」
高瀬の様子がおかしい。元々変だったが、歯止めが効かなくなっている。
乗客はその話に対して反応する。悩む人間が大半、辞めろと言う人間が少数、そして殺せと言い始める人間が数人だった。
「イエシマは御部善対策に年間安くはない金を投じている!」誰かが言う。「その費用が浮いて、技術開発に投資出来たらどんなに理想的か! そのシスター女の言うことは、何も間違っていない!」
「でも殺すなんて……。私の同室の子も毒で苦しんでるのに……なんでそんなことまで考えないといけないんですか。ただ天岸さんを殺すだけって、見捨てろってことですよね。無理ですよ! 私たちの大半は、御部善区のことなんて知らないんです!」
「今シスターが説明しただろう! あいつらはテロリストが集団生活してるようなもんだ! 根絶やしにしなければ平和は訪れないよ!」
「待って」
大きな声で、精密女は止める。その言い方が鋭くて、一瞬だけ乗客は静かになった。
そして精密女は、高瀬に向かう。
「ダメですよ、高瀬さん、落ち着いて。天岸さんを殺すのもおかしいです。なるべく全員を助けるように言われてるんですよ、私たちは」
「じゃあ、それがまともな判断だって証拠を出せるの? 天岸を生かして、御部善をのさばらせるのが正しいの? あいつらをこれ以上放置していたら、イエシマどころか、国に何するかわからないじゃない! ただでさえ、最近はあんた達みたいな機械化能力者が悪さしてるせいで治安が悪いんじゃないの。私は平和に暮らしたいだけよ!」
「知りません、御部善区のことなんて。捜査の邪魔だって言ってるんですよ」
「視点が狭い! それじゃダメだって言ってるだろ!」
「そもそも高瀬さん」精密女が腕を組む。「イエシマにそれほどの価値があるんですかね。この私の腕は、イエシマ社製品ですけど、会社の悪評は嫌と言うほど聞きますよ。あなたは知っていますか? 天岸さんはイエシマの研究員で米国にいましたが、そこでは今回のナノマシン機能含めて、人体実験が行われていたんですよ。人権的に問題でしょう? 国と関わりもあるって言うのに、これ国も黙認してるってことですよね。これリークしたらイエシマなんて簡単に潰れると思いますけど、それでもまだこの会社に価値があると?」
精密女のその発言には、高瀬だけではなく乗客も押し黙った。
図星だったと言うよりも、タブーを口にしたような雰囲気。
精密女は臆することなく乗客を見回した。
「あら、みなさん知りませんでした? それとも……知った上でイエシマの株を買ってました?」
高瀬は、そこで懐から、何かを取り出した。
「……高瀬さん、それは?」
指をさした精密女。
高瀬の握っているもの。
短刀。俗称で言えば、ドス。
客から悲鳴。
二人を取り囲んでいる輪が広くなった。私は精密女の後ろから、さらに離れる。
「許せない……」高瀬はイライラしながら、そう口にする。「あんた、イエシマがどれだけの思いでね、技術開発をしていると思ってるの……そんな、くだらない噂なんかを真に受けて批判するなんて……この女は敵だよ。まともに扱う必要なんかない。御部善の奴らと一緒だ……この手で、殺してしまって、構わないね……」
「どうしてそんな物騒なものを?」
精密女は、両腕をゆっくりと持ち上げる。重そうな腕だったが、いつも別に、駆動音がするわけでもない。腕に備え付けられたランプが光っているのは、動きの制御を解き放ったときのサインで、この状態の時に近づいてはいけないと言われていた。
精密女は、指が開かなくなっている腕を正面に構える。
「護身術の一環だよ……」高瀬は短刀を右に、逆手で持つ。「機械化能力者に対する防衛に必要だって言われたから、通信教育を受けて……」
「悪さをしている機械化能力者も、イエシマのパーツを使っていますよ。あなたがそういう備えをするってことは、やっぱりイエシマに対して不信感があったんじゃないですか」
「黙れ! そんなものにすり替えるな。犯罪を犯している機械化能力者は、イエシマのパーツを悪用しているだけだ。この現状で、なんの備えもしていないほうが愚かだよ」
「その考えには私も同意ですが、私に刃を向けるのは違いますよ」
「お前はイエシマの敵!」
両者はにらみ合う。
この状態で、私が飛び出していったら、おそらく精密女に殴られて死ぬか、高瀬に刺されて死ぬだろう、と言う予感を超えた確信みたいなものを感じた。乗客だって、同じようなひりついた空気を感じているのか、何も言わなかったし、逃げ出す者もいた。
「護身術だから、自分から刺せないんですか?」精密女。
「……その腕が、怖いんだよ」
「機能のわからない機械化能力者と向き合った時に、なんの役にも断たない護身術になにか価値が?」
「口の減らない女だ……!」
刃を握る手に、力がこもっていく。短刀自体にはなんの細工もされていない一般的なものだろうとは思うが、それでもその力の入れようは、木でも切り倒すんじゃないかって思えるほどだった。動く度に、チラチラと、天井のライトを反射させて、光っているのが生々しい。
その時だった。
背後から声がした。
「ねえ、こっち見て」
振り返る。
いや、声が誰のものかなんて、話しかけられたときからわかっていた。
どうして、
「やっぱり、さっきの、茅島ふくみの友人だ」
峰崎。
彼女は私の肩に、手を置いた。
怪我をした顔面には絆創膏を貼っていて、先のない右腕には布を巻いていた。が、そこから滴っている酸が、床を溶かしていた。
「きゃああ!」私は叫んだ。
「彩佳さん!」
精密女がこちらを向いたっていうのに、
その隙に高瀬は彼女に突っ込む。
腕で刃を受ける精密。
「高瀬さん! そんな場合じゃないでしょ、峰崎が……」
「死ね!」
峰崎は布を解く。
とめどなく、酸が溢れていた。
乗客は逃げていく。それが、峰崎を確認したからなのか、精密女と高瀬がぶつかったからなのかはわからない。
「お前のせいで、お前たちのせいでこうなったんだよ」
私も、逃げないと。
でも、肩に食い込む指と、足がすくんで……
「ねえ、茅島ふくみは?」峰崎は絶えず聞いてくる。「茅島ふくみは何処? 言わないと殺すから」
「……い、言えない」
「じゃあ死んで」
――駆ける音。
「加賀谷さん!」
何処からか現れた二條ちあきが、
峰崎を側面から蹴り飛ばした。
うめきながら倒れる峰崎。
「逃げましょう」二條は右腕しかなかった。機械化能力者ですらないただの隻腕女でしかない。「こっちへ。早く」
「で、でも精密女は……」
「あの女は死にません」なんの根拠なのか、彼女は言う。
信じる気にはなれなかったのに、どうしてか私は頷いて、二條の手を取った。
「待て!」
峰崎は立ち上がって追ってくる。
走った。船内を走った。
二條にただ着いていくだけだったので、自分が今何処にいるのかが全くわからなかった。廊下を進んで、外にも出て、階段を下ったりした。峰崎はそれでも、しつこく追い回してきた。
私の体力が限界になる頃、急に、座って息をひそめろ、と二條に言われた。私は従って、必死で呼吸を整える。異常なまでに苦しかった。峰崎はどこだ。あまり息も吸わないほうが良いのだろうか。
「あいつが、ここに気づかなければ良いけど」
ここは、何処だ。薄暗くて、よくわからない。天井は高い。
「やあ加賀谷さん」何故かそこには、天岸がいた。物陰で胡座をかいていた。「私もね、峰崎に追われてて、二條さんに助けてもらってさ……しつこいよね、あいつって。そうでもしないと、殺し屋なんてできないってことかな」
「……あなたも、ずっと助けてもらえるから平気なんですよ」
「感謝しろって? してるしてる。でもさ、二條さん、腕無いんでしょ。ヤバいでしょ。私より役に立たないでしょ」
辺りを見回した。
ここは、船内倉庫か……。コンテナやダンボールがいくつも積み上がっていた。船の食料など、様々な物資を保管しているのだろう。
「二條さん、どうしてこんな場所に?」
「入り口が面倒な場所にあるので、上手く巻けたら良いと思って。いざ峰崎に襲われても遮蔽物が多い。隙を見てまた逃げられる。医師の部屋に戻るわけにも行かない。茅島ふくみや、エリサの場所が峰崎にわかるし。普通の客室だと、入り口が単純で、逃げる場所がない」
「……わかりました」
「私は様子を見てくる。じっとしてて」
「待ってくださいよ。二條さんだって、腕が……」
「それでも、あなたよりはずっとプロ」
二條は立ち上がって入り口の方に消える。
このままで良いのか、このまま彼女に全てを任せて……じっとしていれば良いのか……
天岸は何も感じないのか、暇そうにじっとしている。役に立たない。
こんなところにいて、茅島さんに役に立つようなことが出来るのか。
その時、遠くから二條の声。
呻き。
直後に、
峰崎の声。
「ほら、出てきなさいよ、いるんでしょ。加賀谷、彩佳? さん」
「出てこないで!」
「お前が決めるな」
殴るような、鈍い音。
峰崎……ここまで追ってきていたのか……。
この様子だと、二條は私たちをおびき出す人質だった。
だから……だから言ったんだ。機能の使えない二條なんて、大して私と変わりないんだって。
二條……。
どうする。
どうするのが正しい。
何をすれば良い。
こんなクソみたいな状況で、何をすれば一番良い?
「ねえ、加賀谷さん」
急に天岸が、小声で私に尋ねる。
「あなたのお友達だったら、こういうときにどうするの?」
「…………茅島さん?」なんで、そんなことを訊くんだ、と私は思う。
「そうそう」天岸は胡座を組んだままだった。
「えっと…………そんなの、わかりませんよ……えっと……耳が良いですから、耳で聞いてから、有利な位置を取って……それから、きっと、精密女に任せるんです」
「ふうん」何に納得したんだ。「じゃあ手はないか」
冗談でも口にして欲しくないその言葉が、私の耳に残った。
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