バビロニカの巡回2

 別に、大した思い入れはない。

 組織が私というどうしようもない人間を拾ったのに、さしたる理由がないと思っていた。組織のお陰で人生は好転した。危険なこともやった。それでも、大した思い入れを持つことはできなかった。それは、私という人間の性格が影響している気がしていた。

 子供の頃に親が離婚した。普通なら、どちらかの家に一緒についていく段取りになるのだろうと、子供の私でもわかっていたし、私は母親に着いていこうと思っていたのに、その母親に一緒に暮らすことを拒否された。そこから父親に鞍替えしようとしたが、父親も同じだった。

 私は、別に望まれた子供でもなかった。詳しい経緯は忘れたし興味もなかったけれど、私の生まれは、社会的に歓迎されたものではないことは、ずっとなんとなく気づいていた。

 養護施設へ預けられて、私はそこで暮らした。気の短い、嫌なガキだったから、他人に暴力をよく振るった。男だろうが女だろうが、構わないで殴った。大人に注意されても殴り返したが、さすがに大人には敵わなかった。そうしているうちに、私は養護施設にいる時間が短くなっていった。

 街が混沌としていてよかった、と思った。私みたいな不良のガキが、一人でウロウロとしていたって、誰も気に留めない。人が多すぎるのもあるし、ここに住んでいる人間は、全員がきっと、二十四時間ずっと煌々と光っているネオン看板や、三半規管がグラグラと揺れるほどの大きな音を出す、巨大ディスプレイの広告ビデオ、そして不衛生な空気と、人間を圧縮したような匂いで、きっと頭がおかしくなっているんだと思った。後に調べたのだけれど、都会は何処の街もこのような感じらしい。逆に、田舎は私が生きていけないくらい何もないのだという。

 腕を失ったのは、生活費に困ったからだった。機械化能力者に憧れがあったわけでもないし、偏見があったわけでもなかった。何も感じていなかった。ただ、お金が欲しかっただけだった。お金を得て、何を買うという目的があるわけでもないのが、私の悲しみを現していた。

 そうして紆余曲折あって、最終的に得られた機能は、指先から強力な新開発の酸が分泌できること。人口被膜も特殊なものを使っていて、自前の酸では簡単に溶けないようになっていると聞いたが、多分口で言うほどの耐久性はないと思う。

 こんな機能を使って出来ることなんて限られていた。どうせなら、もっとまともな機能が欲しかったが、救いようがない私の性格を鑑みると、これが最も適していた。ここで違う機能を授けられていたとしたら、私の人生はもっと標準に近いものだったのだろうか。それとも、今よりもゲロ以下なものになっていたのだろうか。まあなんにせよ、酸を分泌するこの機能が、私の身の丈にあっていることは事実だった。私は文句を言わないで、機能を受け入れた。

 そこから私は、気に入らなかった養護施設の奴らを皆殺しにした。これが力か、と感激すら胸のうちに浮かんできた。その後に襲ってきた虚しさが私を正気にしたが、この力でうっすららと浮かんだ未来を思い出すだけで、私は一定の快楽を得ることができたし、今でも同じように悦ぶことが出来る。

 いつしか人を殺して小銭を稼ぐようになっていた。このとき、組織からのスカウトはなかった。フリーランスで人を殺していた。まあ、こんな街では、そういう仕事はざらにあるし、むしろ殺す側に回ることで、自分は安全圏に入るんじゃないかと本気で思っていた。

 組織はよくわからないタイミングで、私に声をかけて来た。別に、私に依頼をしていたとかそういう関係でも無かった。まあ待遇が良かったので、私は受けた。世間では丁度クリスマスという下らないシーズンだったのを覚えている。

 組織でやる仕事は、今までとさほど変わらなかった。同行者が増えたり、より効率的な仕事の進め方を始めから提案されたり、とむしろ楽な面も多かった。私はそれに従って、依頼された人間を速やかに殺した。

 殺しに対してもう既に何も感じなかったし、何かを感じるべきだとも思わない。感じないことを悲しいとも思わない。そう言った自慰行為に近い感傷は、人間に夢を見ている偽善者が口にするものだと疑わなかった。実際、気に入らない人間は殺してしまう方がすっきりした。

 余計な感傷なんて、考えても仕方がないことだ。

 私にはこれしかない。最も向いているのが、こうやって人を殺すこと。

 それが一番正しい。疑うことなくそう思っている

 だから、違う人生に思い馳せるなんて行為は、無駄でしかないんだってわかってる。

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