15

 美雪は畳家とともに、浅坂の部屋にいた。畳家が、仕事の一環で立ち寄った際に、美雪も巻き込まれたに過ぎなかった。

 浅坂春江は御部善区出身の単なる女学生だった。イエシマの船に乗っている割に、御部善の人間らしく、イエシマに対して強い反感を覚えている。

 部屋では長鋪が毒で倒れていたが、意識はあった。まだ症状が軽い方らしいことを、畳家が確認する。彼女と浅坂は御部善区での友人同士だったし、長鋪もまた、イエシマのことが嫌いだった。

「天岸には、ずっと嫌がらせをしていました」

 そんな話を、浅坂は口にし始めた。この状況が怖くなったがための、罪の告白のつもりなのだろうが、美雪は、そんなものを聞いたところで意味はない、としか思えなかった。

「イエシマの人間は、そして外部から引っ越してきた人間は信用するなって、ずっと教えられてきて……別に、今でもそう思ってるんですけど、イエシマの研究者なんて、許せるわけ無いじゃないですか。今の日本で、機械化能力者の犯罪を助長させているのは、間違いなくイエシマなんですから……だから、嫌がらせをしていました。殺すと、私たちの命が危ういって聞いてから、マイルドにはなりましたが、その頻度は上げました。これも、正義のためなので仕方ありません」

「……嫌がらせを自慢げに言わないで」美雪は漏らした。

「伊久美……そこの長鋪伊久美が狙われるなんて思ってなかったんです。伊久美は、何も悪くありません。天岸のことは共に嫌っていましたが、嫌がらせは私ばかりが行っていました。ねえ、畳家さん……伊久美に罪なんて無いんです。だから、治療用ナノマシンが出来たら、優先的に回してくれませんか」

「お答えできません」

「じゃあイエシマの人間を助けるんですか?」

「そういうことじゃなくて……」畳家は頭を抱えた。「治療用ナノマシンすら確保できていない状況ですので」

「じゃあ出来たら、お願いします、本当に……」

 話にならない、と畳家は顔で美雪に訴えるように眉をひそめた。

「……犯人、誰なんでしょう」浅坂は呟く。「ねえ、警察はまだなんですか?」

「もうすぐだと思いますけど……」美雪は時計を見て、適当に答える。こんな短期間でこの場所までたどり着けるほどの設備を、今の警察は持っていない。イエシマが協力するにしても、陸地は天候が悪いという。「私たちが警察から依頼されていてやっている事件の捜査も順調です」

「どのくらい進んでますか?」

「どのくらいと言われても……犯人はわかってませんけど」言ってしまえば、全く進んでいない気がする、と美雪は正直に告げる気にはなれなかった。

「私、暇だから犯人について考えてみたんですよ」浅坂が急に言い始める。「この憎いイエシマの人間がうじゃうじゃいる環境だと、変に頭が働いて。それで、結論は出ませんでした」

 出なかったのかよ、と美雪は思う。

「毒……ナノマシンといえども」浅坂はそのまま話を続けた。「なにかに混入していたと考えるのが普通ですよね。だって、こっそり注射されたなんていう話の方が信じられないですよ。痛みは消せませんよ。きっと、食事に毒が含まれていたんです」

「食事、ですか」

 思い出す。大勢の人間が同じものを食べた瞬間。そして同時に毒が回って、ほぼ半数の乗客が倒れた。

 パーティ会場の食事?

 でもそれだと、半数どころじゃ済まないのではないだろうか。ルームサービスだって、美雪も口にしたことはあるが、彼女と精密女が無事である説明は、つけられるとも思えなかった。ふくみや臨床が倒れている以上、施設の人間は特にターゲットではないというわけでもない。

 食事じゃなくて、大勢が比較的同じようなタイミングで行っているもの。なんだろう。

「畳家さん」

 美雪はそのことについて、畳家に尋ねてみた。

 彼女は腕を組んで、順番に七並べをするみたいに思い出していく。

「そうですね……利用率の高い施設なら、毒を混入させることが出来ると思いますけど……体内に入れるとなると……」

「ナノマシンをどうやって体内に入れるか……」

「私はそういうのに疎いんですよね。そもそも食事に混入出来るものなんですか?」

「出来ますね。空気中でもごく短時間であれば存在できますけど、多分人が吸う前に空調の風で何処かに飛ばされるみたいですから、それは現実的じゃないです」

「へえ。それで、口から入ったとして、血管に打ち込んだ場合とその効力は変わらないんですか?」

「変わりませんね。ナノマシンは自分で移動出来ますから。必要なら支障のない程度の穴を空けて、血管に入り込めます」

「ふうん……便利なんですね」

「毒にかかったのは、乗客のほぼ半数ですよね」浅坂が口を挟む。「じゃあ食事じゃないですね。パーティの食事に混入されているとすると、被害者はもっと多くなるはずです」

 とは言え、ナノマシンがどれだけ用意されたかわからない以上、半数が想定通りだったのか、偶然この数で収まっているのかはわからない。

 もっと多くの人間を巻き込むつもりだったのか、そうじゃなかったのか……。

「そこに共通点は……」畳家が呟く。「なにか共通点があれば良いんですけどね……」

「無差別じゃないんですか?」

「だったらもっと確実な方法を取ると思うけど……半数だけしかナノマシンで倒れないのは、非合理って言うか……」

 誰かを狙った? その隠蔽に巻き込んだ?

 それこそ全員を巻き込めば良いのに、なんで半数だけ?

 それしか方法が無かった? 半数が限度だった?

 わからない。

 さしたる理由なんか無いんじゃないか。

 いや、もっと単純な話だろう。

 自分が船に乗っているから。

 自分が倒れていないのは不自然だから、半数を残して、巻き込まれただけのフリをしているんだ。自分に毒を注入して、同じように死の淵を彷徨って、頃合いを見て治療をするという段取りよりも、はるかに危険性が無い。

 この畳家や、浅坂のように、巻き込まれただけのフリを……。

 それか、もう一つの可能性。

 天岸は、本当にB毒というものに侵されているのだろうか。

 その割には、健康的過ぎはしないか……。

 美雪は、立ち上がる。

 そうだ。忘れてはいけない。

 この周りにいる女達にも気を許しちゃいけないんだ。

 犯人が、平然と潜んでいるんだから。

「私、ちょっと用事が」

 わざとらしいことを口にして、美雪は去る。

 廊下に出て、思う。

「ふくみだったら、すぐに結論を出せるのかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る