13

 美雪は機関室に向かっていた。

 船長の死体から採取したナノマシンを、自室で解析にかけた後だった。結果が出るまではもう少しかかる。

 美雪が何故機関室に向かっているかと言うと、二條からの頼みだった。こんな状況で一人で行けと言うのか、と文句を言いたくなったが、美雪にだって護身用の術はあった。

 機関室に行った向坊のことを見て欲しい。それが彼女の言いつけだった。語句に含まれてはいなかったが、精密女と一緒に、と言う意味合いもあったのかも知れない。残念ながら精密女は何処かへ消えた。

 なんにせよ、美雪は二條のことは苦手だった。すっぽかした時と、一人で歩き回った時、どちらが彼女の逆鱗に触れるのかを考えた結果、美雪は大人しく一人でも機関室を覗くことを選んだ。

 どうして私がこんなことを、という愚痴はあとで精密女にでも言う。

 二條はおそらく、自身の主としている業務、つまりはパトロールを優先させていることから、暇そうな美雪にチェックさせようという魂胆だろう。

 機関室にいたのは、向坊と畳家。

 同じ仕事をしている二人が一緒にいたって何も不思議じゃないのに、

 一目で異常とわかる事態が始まっている。

 二階部分に二人はいた。

 向坊が、畳家を突き落とそうとしていた。

「何やってるんだよ!」

 美雪は叫んで止める。

 向坊はこちらに気づいて驚く。

 その隙に畳家は、向坊を突き飛ばして、美雪もいる階下に逃げ、美雪の背中に身体を小さくして隠れた。

 自分よりも年上の女が、こうやって気弱になっている様子は、変な気分としか言いようがなかった。

「向坊さん……」美雪は、視線を外さないで、恐る恐る尋ねる。「あなたが犯人なの?」

「違う! 先輩が悪い!」向坊は階段を一歩一歩、体重をかけて降りてくる。靴と鉄製の階段がぶつかる音が響いた。「私は勝手にやるって言った。なんで着いてくるんだ? 機関室をチェックするのも業務の一つ」

「……あなたに、鍵を貸しているのを思い出したから」畳家は震える声で説明する。「今にあなた、何するかわからないわ……だから鍵を取り返そうと思って追いかけただけよ」

「嘘だ! 先輩は……結局私の邪魔をしたいだけなんだ。自分が船長に認められなかったから、私に嫉妬してるんだ」

 言いながら向坊は、美雪に対して殴りかかってくる。

 向坊はどうしてしまったのか。二條が気にかけていた理由はこれか。

 美雪は瞬時に、懐にしまっていた拳銃を向ける。

 向坊は、自分に向けられている銃口を認識して、身体を強張らせて止まった。

「……大人しくして」

 銃なんて、人に向けて撃ったことは無かった。訓練でも、多少使い方を習ったくらいだった。

 それでも美雪には、対象の急所に確実に銃弾を当てる術があった。

 美雪の機能。物の長さを瞬時に測ること。それは応用すれば、自分の銃弾をどうすれば狙った場所に当てることが出来るのかを、ある程度計算で出せる。

 いつもの通り。訓練でやっているような銃の支え方をすれば、いつも通りの誤差。指先の入力に、握力や精神的状態での差異はない。引き金さえ引けば、後は火薬と内部機構が勝手にやってくれる。

 それに、ただの拳銃ではない。非殺傷の電気ショック弾を射出できる物だった。これは機械化能力者にとっては天敵とも言えるものだ。機械部分に当たれば、身動きすら取れなくなる。生身に当てても激痛が走る。つまり、普通の人間にも通用する。

 向坊がどちらなのかはわからないが、この弾が通用しない道理はない。

「そんな銃で」

 向坊はまた突進する。

「私を止めるな!」

 かまわない。弾に当たって、死ぬわけじゃない。

 発砲。

 心臓の辺りを狙った。

 そのはずだったのに、

 変な音が鳴って、

 悶絶しているはずの向坊は、右腕を身体の外に伸ばした状態で、平気そうに立っていた。

 その腕は、微かに青白く発光していた。

 弾は、きっと何処かへ弾き飛ばされたんだ。

 悟る。

「あんた……」

「私、機械化能力者なんですよ」向坊は自らの右腕を眺める。「こんな機能……ただ瞬間的に、異常に強度が増すって言うだけの機能、生きてて何か意味があるのかって思ってた。使えるにしても、高い所から飛び降りても腕を上手く使えば平気だから、遅刻しそうな時に使ってたくらいだけど、銃弾も弾けるんだ。へえ」

「……その反応速度、オートメーションで?」

「みたい。命の危機があると、勝手に動く」

「どうしてよ、向坊さん……」畳家が嘆いた。「あなた、そんな子じゃ無かったでしょ」

「船長の代わりを務めないといけないって、何度言わせれば理解してくれるかな、先輩」

「船長は……あなたみたいに、この状況を乱したりしないわよ」

「船長の名を出すな! それは、先輩が言うことを聞かないから! 私は船長を継いでるんだって言ってるだろ!」

 向坊は右腕を掲げる。強度が増すと言った。防衛用の機能なんだろうが、それで殴られては、頭の骨が砕けるだろう。

 美雪だって、戦闘や制圧に向いた人間じゃない。

 二條をとにかく恨んだ。精密女も許さないと誓った。

 美雪の前に出た畳家。

 腕を広げる。

 向坊は、

 そのまま殴り倒すのかと思ったが、躊躇した。

 それは、隙。

 美雪は畳家を突き飛ばして、向坊に接触する。

 零距離。

 引き金。

 火薬が弾ける。

 向坊は、人間の限界のような声を発して、

 床にうずくまった。

 深呼吸をする。いつもの引き金の感触だったのに、肉を割いたような感触すら感じてしまったのは、人間の頭の思い込みだろう。

 一気に、静けさが耳障りになる。

「……向坊さん」畳家は、見下ろしながら言う。「どうして私を今、その腕で……殴らなかったわけ?」

 答えない向坊。きっと、それどころの状態ではない。

「……多分」美雪は憶測で言う。「船長が、あなたを殴り殺すはずが無いって思って、躊躇ったんじゃないんですか」

「くだらない再現度の低い真似事なんかしてないで、ちゃんと仕事に戻ってよ、向坊さん……」

「私は…………」

 驚いたことに、向坊が口を利く。

「私には、船長しか目標がなくて…………船長を目指す以外に、別に生きてる意味なんかない………私には、これしかないんだ…………これしかないのに……」

 向坊はそのまま動かなくなった。

 糸の切れた人形って、こういう状態なんだろうなと美雪は思ってしまった。

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