バビロニカの巡回1

 私の所属させられている犯罪組織で、大規模な事件を起こそうと考えている女がいると知ったのは、数週間前だった。

 話を聞くに、急ぎで重要な仕事というわけではない。組織から多少の援助はあるらしいが、女はそれでもやらないといけないのだ、と決意を固くして言った。

 まあその時は、変なやつがいるもんだと思っていたが、私が仕事で失敗した時に、ある考えが浮かんできて、彼女を無視出来なくなった。むしろ、これを利用しない手も無いと。

 豪華客船で、毒入りナノマシンを撒く。たった一人の対象のために、そこまでをする計画だった。その対象も、具体的な動機も知らないが、私はそこに、私をボコボコにした憎らしい施設の調査員たちを誘き寄せて、毒に巻き込んでしまおうと考えた。

 私の方は純粋な仕事だ。正確には、失敗に対する残業みたいなものだが、それでも成功報酬は前の時から変わらない額が支払われる、と組織の長が説明してくれた。それだけ、施設の調査員というのは、近隣の犯罪組織に忌み嫌われていた。その一方で、これ以上の失敗は、私と業界の信用にかかわるとして、失敗すればお前を処理するとまで告げられた。

 医師とかいう施設の上層にいる女に、酷く回りくどい方法で、警察を介して、私が豪華客船で米国へ渡ろうとしているという情報を流してもらう。私もまあ、機械化能力を使った殺し屋の端くれだから、警察は太刀打ち出来ないと判断して、施設にその仕事を依頼する。そこまでは読めた。施設にはいくつかチームもあるらしいが。精密女とかいうふざけた女が私を担当するだろうことも読めた。

 船が出た後。私は使われていない部屋でじっとしていた。組織の毒撒き首謀者女が、時々私に食べ物を持って来てくれた。私を友人とでも思っているのだろうか。食べ物ならいくらでも手に入るから気にするな、と彼女は言うが、別にそんなことは気にしていなかった。

 騒ぎが起きるまでは退屈だった。娯楽もない所で息を潜めていた。平和だった。本当に米国に脱出できるならそれも良かった。

 それでも、本当に私達を追って来たあの精密女たちを見てしまうと、やっぱりきちんと仕事と復讐を成し遂げないといけないなと、私は最初期の熱量を自慰みたいに思い返した。

 私には他の生き方なんて許されない。

 私には他の生き方なんて向いていない。

 私には、これしか正しいと思う行為が存在しない。

 毒撒き女の機能は単純だった。両腕のどちらからも、ナノマシンを射出できると言う物だった。何処かで中古で入手したと言っていたし、本人も詳しい機能は知らないと言った。毒入りナノマシンは最初から装填されていたようだ。得体の知れない物を計画に用いるなんて、プロ意識が低いとしか私には思えなかった。そんなことだから、実入りのない私怨で動けるんだろう。

 機関室は、鍵が掛かっていたが、まあもう証拠が残ろうがどうでも良い状況になるだろうと思って、酸で溶かして開けた。もはや、大人しく隠れているつもりはなかった。

 ここで待つ。

 医師への呼び出しは、彼女が依頼を受ける時に使っているとされるアドレスに送った。なぜかそんなものを組織は把握していたが、いたずらメールを送る以上の利用価値を思いつかなかったらしい。私が使ってやって、組織の苦労も報われるというものだろう。

 あいつらが現れたら、とにかく酸を使って殺す。

 機関室の外で待機しよう。

 奴らが中に入った時に背中から襲う。ナノマシンが茅島ふくみに効いていれば幸いだ。そうすれば何も怖いことはない。精密女でも良い。そうすれば、奴らに戦闘能力はほぼ無くなる。

 施設の他の人間がいたとしても、酸の不意打ちに対応できるとは思えなかった。

 大丈夫だ。心配するな。

 きっと上手くいく。

 神様だって、私を守ってくれる。なんの根拠もないけど、そう思った。

 私に出来ることがこれしか無いし、私にある才能なんてこれしかないんだ。

 否定されたくない。

 私の生き方を、誰にも。

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