7

 天岸は身体を機器によりかからせながら、ふっと一息をついて、電子タバコをこんな状況だと言うのに咥えて、それから煙を吐きながら説明する。

「まあ、単純に言えば、毒だよ。正確には毒素というよりかは、ナノマシンにそういう働きを持たせているにすぎないんだけどね……」

「毒……」医師が岩名地の様子を見る。彼女はついに気を失った。

「そう……ナノマシンが体内に入って、指定された箇所に指定された薬品を分泌して、そういう痙攣や、呼吸困難や、倦怠感を引き起こすんだよ」

「死亡率は?」

「何もしないと、当然死ぬよ」

 ――。

「……伝染は?」

「それはしないから、そこは安心して良い。細菌じゃないから、勝手に増えないし」

 私は急いで茅島さんの端末に連絡を入れる。

 出ない。

 待機音が鳴っている。圏外じゃない。

 出ない。

 出ろ。

 出て欲しい。

 永遠とも思えるような待ち時間のあと、ようやく繋がり、

 私は言葉を失う。

『…………彩佳?』

 その声色。辛そうな呼吸で、私は全てを察する。

「……細菌兵器、らしいです」

『そう、なんだ…………謎が……解けたわね……』吐息。『ごめんね、彩佳……私も、その細菌兵器に……やられちゃったみたいで…………今、寝転がってるわ……』

「茅島さん……大丈夫、ですか」

『…………身体が、怠いの。死ぬのかしら…………』

「嫌です! 茅島さん! 死んじゃ…………」

 ……。

 ……。

『もしもし。加賀谷さんですか』

 急に、電話の向こうの声が変わる。

「……………………あんたは?」

『二條ちあきです。茅島ふくみは、気を失いました。脈を見るに、死んではいません。この症状、あなたはなにか知っていますか? さっき、茅島ふくみが、細菌兵器だと言っていましたが』

「……天岸さんが、細菌兵器だって、説明したから」

『死のリスクは』

「…………あるって、それも天岸さんが」

『そうですか……』考え込む二條。『指示は続行する、と医師に伝えてください』

「指示?」

 いきなり電話が切れた。二條は自分の用件を言うだけで満足する人間らしい。

 どうだっていい。茅島さんだ。茅島さんが、細菌兵器に蝕まれている。どうすれば。どうすれば。どうすれば。どうすれば。

 天岸も、そのナノマシンの影響で倒れたって聞いたのに、どうしてお前は、私の目の前で、余裕ぶってタバコを吸えるのか?

 ちょうど医師が、体調について質問をするところだった。

「天岸さんは、細菌兵器に耐性でもあるんですか? 平気そうですけど」

「ないない。辛いし、眠りたいし、死んじゃいたいけど、そこまでじゃない」天岸がふざけたことを口にする。「単に、ナノマシンの種類が違うんだよね……。船長や、そこの彼女が蝕まれているのが、Aタイプ。即効性が売りなんだけど、死ぬまで同じ症状が続いて、慣れた頃に緩やかに死ねる」

「二種類あるんですか……」

「そう……。私を今蝕んでいるのが、Bタイプ」天岸は指を二本立てた。「即効性はそこまで無い。だからまあ、体内に入って活動し始めてから数時間は、多少の倦怠感が増すだけ。ナノマシンが起動した瞬間は、ショックで身体が倒れちゃったけど、その後はAほどの苦しみはない。むしろ、だんだん回復傾向にある。ただ…………最後の方になると急激に症状が悪化して、Aよりも圧倒的にひどい状態で死に至るんだよ。嫌だねえ、そんなの。内蔵とかがさ、ズタズタになって嘔吐や下痢やが止まらなくなるんだって。最悪だよね」

 まったく、犯人は私のことが嫌いらしいね、と天岸は独り言みたいに漏らした。

「……精密女からの報告では」医師が端末を見ながら言う。「全員が同じ症状だと聞いています。合計で、ここのエリサと船長とあなたを合わせると、四十九人」

「ああ、じゃあBタイプは私だけだ。最悪だね。Aが四十八人。Bが私一人ってことだ」

 天岸はタバコの煙とともに大きなため息を吐いて、機能の説明を続けた。

「このナノマシンを除去する方法は、一つしか無い」

「除去できるんですね?」

「出来るけど……ねえ」天岸がしばらく沈黙をしてから、言う。「Aタイプのナノマシンを排除するには、Bタイプのナノマシンを注入しなければならないんだよ。Bになるとそれが逆になるんだ。つまり、今の私にAナノマシンを注入すれば、身体からBタイプとAタイプが一緒に対消滅して、めでたく健康になるってこと」

 ならさっさとこいつからBのナノマシンを引き抜いて茅島さんに注射すれば、それで解決するということか。ならさっさとやった方がいい。

「でも問題があって……」天岸。「ナノマシンは、血流に逆らって動いてるんだよね。賢いし、遊泳機能があるから。だから、注射器で吸い出そうとしても逃げるんだよね。本気で身体からナノマシンを抜き取ろうと思ったら、身体の血液をほとんど抜かないと無理なんだよ」

「なんですか、それ」医師が舌打ちする。「つまりAに罹った人間のうち、一人を治療するためには、あなたを殺すしか無いと?」

「そうなるよ。私を活かす場合も同じ。だけど、私を活かすためにAを注入したって、Bは消え、残されたAの人を治療する術はなくなるんだよね」

「確かに、最悪ですね、その状況」医師は胸のポケットを探った。「私もタバコが吸いたくなってきたな」

 茅島さんを生かすには。

 天岸を殺し、彼女からBナノマシンを吸い出し、茅島さんに注射する。残りの四十七人の命も失われる。岩名地も、船長もだ。精密女が医師に連絡を入れていたことから考えると、もしかして臨床もAに罹ったんじゃないだろうか。

 逆に誰かの命で天岸を生かしても、Bは失われる。茅島さんも、同時に死ぬ。

 ふざけた状況だ。

 私は頭を床に打ち付けたくもなった。

 茅島さん…………。

 どうすれば助けられるんだろう。どうすれば……。

「……さっき、これは売り払った機能だって言いましたけど」医師は更に尋ねる。

「まあ、研究の一環で作った機能だったってだけだよ。元研究員だったの、忘れた? まあ……誰が買って、こんなところでばら撒いたのか、私は知らないけどさ……最悪だよね、ほんと」

「あなたは、じゃあ、機械化能力者?」

「うん、一応……」

 目をそらす。

「思い出したくもないけど、そうなんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る