【中編】

「俺たちゃ『音楽出す窃盗団!』 イェアーッ!」


 どかどかきゅいきゅいどかどがんきき


 そう名乗り出たカリムの両脇で、マグネスとウンモーが「ふぉうふぉうふぉう!」だの「ひょうひょうひょひょうー!」だのと叫んでいる。

 なんだこいつらは?

 と心底そう思った。そう思うしかなかった。

 

 強制停止命令を受けた後、さらにシャットダウンまでされ、気がついたらこんな所に居た。

 頭の余所で再起動の総チェックが行われているので、まだしばらくは動けそうにな

い。

 自分たちを『音楽出す窃盗団!』と名乗る前に――個々で自分たちの名前を名乗った真ん中にいるカリム――へ聞く。

「音楽って確か、人間達が休息する時に……娯楽っていう物の、一つなんだよね?」

「そのとぉり! よく出来た坊ちゃんJAねーかYO!」

 語尾の発音が妙におかしいカリム。なんかごく最近に、こんなのとよく似た相手と接していた気がする。

「音楽! 素晴らしい!」

 そうそうこいつだ。銅助。

「銅助、危ないから頭を振り回さないでくれ」

「何言ってるんだ銀太は! 音楽って言うのはこうやって聴くんだって!」

 俺に向かって言う銅助は、腕部をぐるぐる振り回しながら、さらに頭部を上下に激しく振っていた。

 この銅助について、もうどうしていいか分からない。さらには俺たちを助けてくれたカリムという機械もさらに……頭数が増えていた。

「俺たち『音楽出す窃盗団』は! こうやって人間達が出していた『音』ってやつを出しているイケメンバンドメン! 今日もゴキゲンダZE! ヒュアッハッ!」


 きぃきいきききゅいきききどかどかどかかかん


 ――絶対何かを間違えている。確信しかできない。

 今まで黙っていた鉛子が、俺と同じように再起動の総チェックで座り込んでいる――ぽつりと疑問符をあげた。

「窃盗団って、犯罪者達って事よね?」

「ちっがああああう、んだぜ子猫ちゃんYO!」

「私もアナタと同じ機械なんですけど……」

「はっはージョーダンきっついぜ子猫ちゃん」


 ききぃきききゅきゅききき


 さっきからこのカリムという男は、変な叫びを上げるたびに、長細い金属板を指部で引っ掻きまわしていた。

 さらには隣にいるマグネスという大きな機械も、いくつもの金属バケツを叩いている。

「いいか! 音楽ってのはな――」

 細い金属板を引っ掻き回しているカリムが堂々と、

「ロックが真髄の魂! 真骨頂なんDA! ZE! YO!」

 と、意味の分からない事を叫んだ。


 どかどかどんどんきゅいききどがどかん


 間違いない。彼ら『音楽出す窃盗団』と名乗るカリムたちは。

 ――銅助と同類だ!

「ふやっほおおおう! アニキ素敵過ぎるぜショートすっぜYO!」

 ああ……銅助がいつにも増して邪魔だ。

「言葉が通じないのかしら?」

 鉛子が俺に聞いてきた。

「大丈夫だよ。声調機能は正常だよ。鉛子」

 彼らがおかしいんだそうなんだ。と、自分にも言い聞かせる。

 だって、再起動後の総チェックにどこにもエラーは出ていないんだから。

「ここまでくると、私たちが異常なのかしらって誤認しちゃうわ」

「そうだね」

 自分の体――機体の総チェック中に動くと、動きが鈍くなってしまったり、正しくチェックが行われなかったりする。だが俺は鉛子と同時に立ち上がった。

「おいおいライヴはまだ終わってないだぜ!」

 カリムが叫んだ。

「いいか! 俺たちが犯罪者だなんて心外DA☆ZE! ロックって言うのは反骨精神! 正しいものを正しくないって言い広めて叫んで! 物を壊す! 奪う! 叫び叫んで! そして魂で語り合う! ってNAもんDA! わかったかSYOーBENガキっども!」

「それが犯罪のはずです」

 カリムへすっぱりと言い捨ててから、

 ふと気がついた。辺りを見回して。

「ここは……どこだ?」

 ぽつりと呟くと、銅助が腕部と頭部を振り回すのを止めて答えた。

「良くぞ聞いてくれた宿敵の親友よ!」

「うん、聞くんじゃなかった」

 まともな言葉が返ってくる事を期待できずに、とりあえず銅助の言葉を待った。

「銀太、鉛子。ここは『地下』だよ。だから遠隔の強制停止命令が届かなくなって、君達が再起動できたんだ」

「…………」

 さらに黙っていると、銅助が続ける。

「彼ら『音楽出す窃盗団』は、僕が人間に興味を持って色々と情報を探していたら、出会ってね。こうやって地下の下水道内で、日々音楽の研究をしているんだよ」

 そうかなるぼど。だから俺たちはこうして電波も遠隔送信も受けずに再起動できたと言うわけか。

 それはそれとして、

「なあ銅助」

「なんだい銀太?」

「なんでお前、正常な事言ってるんだ?」

「うん? 僕は異常だったのかい?」

「お前を全力で殴り飛ばしたい」

 つまりは、学校であんなことが起こってシャットダウンしている間に、銅助は俺と鉛子をカリムたち『音楽出す窃盗団』の拠点に運び込んだ。という事らしい。

 心底意味が分からないといったふうの銅助。本当に殴ってもいいだろうか?

「あっ」

 鉛子が歩き出そうとして、転んだ。

「大丈夫、鉛子」

 立ち上がろうとする鉛子に腕を貸して、立ち上がらせる。

 見れば、鉛子の脚――脚部の左関節が、真っ直ぐに伸ばせなくなっていた。

 ぎぎぎ……と、金属が苦しむような音がしている。

「とりあえず外に出て、病院で修理してもらう」

「うん」

「ひゅ~オアツイNE!」

 そんな事を言ってくるカリムへ、

「助けていただいてありがとうございました。僕たちはこれで帰りますので。それでは」

 下水の川が見える出口へ、俺は鉛子を支えながら部屋を出ようとすると。

「ま……て」

 初めて聞く声がして、鉛子と一緒に振り向く。

 声の主は、大柄な機械のマグネスからだ。

「おれ……のパーツ、余ってる。カリム、生産工場、で、働いてた……修理、巧い」

 そんな拙い声のマグネス(おそらく声調機能に異常があるのだろう)が立ち上がったが。

「いらないわ」

 鉛子が断った。

「だってあなたの脚部じゃ、脚がおでぶちゃんになってかっこ悪いもの。ちゃんと病院で修理してもらうわ」

 もう鉛子はマグネスを見ず、出口の方を向いていた。

「行きましょ銀太」

「……うん」

 視界の端で――立ち上がったマグネスが悲しそうに方を落とす姿を残して、俺と鉛子は外に出ることにした。


「なんなのかしら?」

 下水の川の流れを横目に、俺に支えられて歩く鉛子がぽつりと呟いた。

 後方から、やっぱり金属板を引っ掻く音や叩く音が小さく聞こえている。

「なにが?」

 鉛子へ聞き返す。

「何が起こったのかしら? ってこと」

 俺たちは突然、学校で居残りでレポートを作成している時に、学校の警報と防犯機械に襲われ、さらに警戒レベルBマイナスの対象とされた。

 警戒レベルBマイナスは、犯罪の度合いで、付近にある防犯機能を使って対象を捕縛または、即時廃棄しなければならない――されなければならない。

「銅助、どうしちゃったのかな?」

 話題が変わったようでいて、繋がっている。

「だって、少し前までは、私たちと同じだったじゃない……人間に興味を持ち出してから、あんなふうになっちゃって」

 警報がなる直前、銅助が言った言葉。

 ――人間は絶滅してなどいない!

 そう言い切った途端、警報が鳴り響いて、

 さらに金哉と鉄太郎が『廃棄』された。

 ――人間は絶滅などしていない。

「…………」

 推測があった。推測できた。

 だがそれは言葉に出来ない。してはいけない。おそらくは。

 俺は黙ったまま、それ以上は鉛子も何も言っては来ず、真っ暗な下水道を歩き回って、

 ようやく、地上へ出るはしごを見つけた。

 

 びーがーびーがーびーがー

 ケイコク、ケイコク――警戒レベルBマイナス。

 タダチニ目標ヲハイキセヨ。


 ――――

 ――――……。


 再起動。目が覚める。

「良かった。銀太」

 横に居た銅助が、安心したように言ってくる。

 また『音楽出す窃盗団』の拠点、下水道に戻ってきていた。

「今度は一日半も止まっていたんだよ」

 一日半。

 おそらく、強い遠隔の停止命令を受けて頭部のシステムに負荷がかかったのだろう。

「鉛子は?」

 銅助に聞く。

「あそこ」 

 銅助が指部を向けた先をみやると。

「笑ったらぶ壊すわよ」

 下半身――脚部がふとっちょになった鉛子がいた。

 さっと目を逸らす。

「笑ったら、壊すって、言ったん、だ、け、ど!」

 鉛子へ首を細かく振って、非難の合図を見せる。

「これ、でも……一番、持ってるので、小さい……やつ」

 マグネスが言ってきた。

 そういえば、『音楽出す窃盗団』最後の一人、ウンモーという機械がいたんだった。

 まだ口を聞いたどころか、動いたところすら――

 ウンモーという機械を見やる、

「ええええ!」

 脚部がなくなっていた。

「ああ、ウンモーは頭の中にシステムどころか、頭脳そのものが無いハリボテなんだって。声も録音」

 そっけなく言った鉛子。

「……ああ、そうなんだ」

 びっくりした。再会した時には、下半身が無くなってるんだから。

 腰に手を当てて、見下ろしてくる鉛子(大きな脚部になったため、身長も高くなっていた)が「あっはっはー」と笑ってきた。

「私も初めはびっくりしたわ。だってマグネス、あっさりウンモーの下半身を取っちゃうんだから」

 マグネスが、頭部に手を置いて照れている。

 この一日半の間に――俺が再起動する間に、何が起こっていたのだろうか?

 鉛子が『音楽出す窃盗団』とすっかり打ち解け合っていた。

 さらに、視線をめぐらして、彼を探す。

「…………」

 カリムは、椅子に座ってなぜか、金属板を手で撫でていた。

「…………」

 そんな意味があるのかは分からない……たぶん、資料で見た人間のマネをしているのだろうか?

 なんでカリムは人間のマネをしてるのだろうか? 人間にしてみても、それに一体どんな意味があって、そうしているのだろうか?

 おそらくそれは、人間にしか分からないのかもしれない。そんな気がする。

「お前ら」

 カリムが金属板から目を離して、俺たちに。

「人間を探すんだろう?」

「?」

 なんだって?

「ええ、そうします」「そうね」

 銅助と鉛子が。

 ――なんだって!

「どういうこと?」

「馬鹿ね、気付いてなかったの?」

 肩をすくめる鉛子。こちらを見て、

「銅助があの時、学校で人類は絶滅していないって言った瞬間に、こうなってしまった。……カリムたちも、そうなんだって。マグネスがソフトウェアの更新をずっとしていなかったから、停止命令を受けずに済んで、カリムもマグネスも助かったの……だから、私たちは仮説を立てた」

 続けるように、銅助が。

「人間は生きている。その昔人間は機械を支配していたのは知ってるはずだよね?……きっと、人間が絶滅していないのなら、僕たちも、未だに人間の支配に支配されているのかもしれない……どこかにいる人間に」

 変わるように鉛子が。

「人間が実は生きているって言葉をタブーにされていて、言った機械は、即廃棄されているのかもって仮説も、含まれているわ」

「だから、僕たちは人間を探すんだ」

 一日半の間に、そんな話し合いまでもされていたのか。

「そっか」

 その中に入れなかったことが、とても残念だった。

 なぜなら俺もにわかに、そう思っていたから。

「銀太も一緒に探すわよね? もちろん」

 分かりきっていることを、鉛子が聞いてきた。

「……わかったよ。そうするしかないんだよね」

 肩をすくめ、そう答えるしかなかった。

「いよっし! じゃあお前らも俺たち『音楽出す窃盗団』のメンバーだ! 歓迎するZE! YO! 若いのルーキー!」

「それはお断りします」

「おいおい、きっついねぇボーイチェリーのくせにYO!」

 誰がサクランボだ誰が。

 そしてカリムが立ち上がり、マグネスも元の位置――いくつ物金属バケツの並ぶ中に戻って――

「これはお前らに贈る言葉なナイスガイに聞いてくれYAっHAAAA!」

 音楽、か。

 今度はしっかり、聴いてみよう。そんな気分になっていた。


「うーおーおーおーうぅおー~ばばばばぁ~ぼ! ぼうへぇあっはほーぅ!」

 どんがらがらきっきききゅいきゅいいいいいぎぎぎ

「あーはっはへ~ぁっはヴおおおおおおっっほー!」

 ぎぎきゅいきゅいきききがらがらばっばん

 きゅいくいばばばんきゅいきゅいん

「ふーるぅあっはぁ! アイシテルゥゥゥゥゥ! SENキュ!」

 ばばんばんばばん きゅいん

 

「…………」

「どうだったんDA! 俺たちの叫びはっZE!」

 本当に叫んでいただけだった。

「さいこーっすアニキ! 素晴らしすぎてショートするっす!」

「ありがとYO! ブラザーズ! DO! MO! GA!」

 テンションが最高点に達している――カリムと銅助の二人だけ。

「えっと、あの」

 なんだか答えにくい気配の中、カリムへ勇気を持って言ってみる。

「なんだい、マイリトルブラザー?」

「音楽って、多くの音を出す楽器を重ねているのは知っています、けど……その、確か他にも、言葉を並べている……『詩』っていうのを言いながら音を出す、『歌』って言うのもあったと思いますが……」

「ばっきゃROY!」

 心外とばかりにカリムが叫ぶ。この機械、叫んでばかりだ。

「わかってねぇな、だからチェリーなんだYO!」

 だからなんでサクランボ呼ばわり?

「音楽ってのはな、ワールドワイドに伝わる、共通言語なんだYO!」

 それは初耳だった。

 人間達は、いくつもの地域に分かれ、さらには言葉も分かれていたという。

 音楽が共通言語だったなどとは、初耳だ。

「音楽は魂で伝わる! 言葉が無くても伝わるんDA! YO! ちゃんと意味がNAァくてもNAァ! したがって、音楽ってーのは言葉じゃなくても魂で共通できる言語なんDA! YO!」

「絶対に間違ってると思います」

 今度ははっきりと、そう言ってやった。


「いいのこれで?」

 鉛子が聞いてきた。

「こうするしかないじゃないか」

 俺たちはその後、いくつものカリムとマグネスの音楽を聴いて、

 別れた。

 彼らは、ここで……地下下水道で音楽を出し続けるそうだ。

 だから俺たちと一緒に人間を探すことは出来ないと、

 そういうことになった。

 だけど最後に、カリムはこう言ってきた。


「人間を探す、それがお前らの目標、望み……って事は、それがお前らの『夢』ってやつなんだろうな」


 人間を探すのが俺たちの夢?


「んでもって、音楽を出すのが俺たちの夢だ。まだまだこんなもんじゃない。人間が出していたあんなキレーな音楽を、それを出すのが俺たちの『夢』なんだ」


 なんで、俺たちを助けてくれたんですか?


「助けたのは銅助だ。俺たちじゃねぇ……それと、仲間を助けるのは当たり前だろう?」


 仲間?


「そうだ、仲間だ。同じ夢を持っているやつは、皆仲間なんだよ。仲間は助ける。助け合うものだと、資料の音楽映像で、俺も知ったんだよ」


 …………。 

 仲間。


 ――そして。

 後方から、俺たちが通ってきた道の奥――カリムたち『音楽出す窃盗団』の拠点のある方角から、くぐもった爆発音が木霊してきた。

「…………」

 俺も、鉛子も銅助も、振り向く。

 こうなるって、分かっていたはずだ。

 俺と鉛子が外に出てしまって、地下に俺たちが潜んでいると知られたのなら。

 ――こうなるって、分かっていたはずなのに。

 なんで、あそこにいたら廃棄されるって、分かっていたはずなのに。

 どうして音楽を出すために、それだけのために、

 あそこに残ったんだろうか?


「行こう」

 鉛子と、銅助へ。

「人間を探しに行こう」

 俺は――俺たちは、

 人間を探すために、地下の下水道を歩き出した。

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