機械でありロボットの俺たちは何で人と同じ形をしているのだろうか?それはこの世界のタブーでした。どうしてこうなった?

石黒陣也

【前編】

「人間は何て素晴らしいんだ!」

 また始まった。

「戦争戦争また戦争! そして戦争しながら命は尊いと嘆く! 素晴らしい!」

 どこがどう素晴らしいのか分からないし、分かりたくもないが。

「銅助、うるさいんだが」

 俺は、椅子の上に片足を乗っけて熱弁する銅助に言った。

「でもな銀太!」

「うるさいからやめて」

 鉛子もうんざりした声で銅助へ――鉛子が脚を組み直して、ギィと音が鳴った。

「それよりも、レポート終わらせないと帰れないぜ?」

 ペンの動きを止めて金哉が。銅助と鉛子を止める。

「僕はこんなレポートなんて本当はどうでも良いんだ! それよりも聞いてよ!」

 俺と向かい合って、がっくりと肩を落とした金哉。

 ――しばらくは止まりそうにないな。銅助のこれは。

「人間の素晴らしさを、どうしてみんな分かってくれないんだよ! 同種族の生物でありながら……高い知性を持ちながらも! どうして同じ大地の上で領土だとか食料だとか政治支配なんてもので、命を奪い合いながらも! どううううううっして命は大事だ戦争反対なんだと相反する事を言っているんだろうか? それは……『愛』があるからだ!」

 前半と後半とで、さらには末尾にも脈絡が無い。

 だか、銅助というのはこんなものだ。と、皆も既に分かっていた。

 だから机を集めて向かい合っている俺たちの中で、

 鉄太郎なんかはずっと銅助を無視してレポートを書いていた。

「ああ! 『愛』ってなんだ! もう正! 体! 不明! なんでだっ!」

「知らんよ」

 もう既に、銅助と会話しているのは俺だけだった。鉛子金哉、鉄太郎は教室の机に向かってレポートに目を向けている。

「銀太! 愛ってなんだ! 夢ってなんだ! そしてグリコーゲンの生物にとって正しい摂取方法とはなんだ!」

 どーでもいいわー……。

 ちなみに、グリコーゲンとは糖分の一種で、アミノ酸よりもブドウ糖へ分解しやすいという利点がある。

「あんなに戦争に対する悲観表現や爆発とかキスシーンとやらかして、さらにはキスシーンで連続爆発するのに、なんで人間はそこまで同属同士で争うのだろうか!」

 さらにって言いながら言い直したのはなぜだ?

「人間はその昔から千年以上にも渡って金属の刃物で突っつき合いながら争っていて、なんで千年以上も、そんな事してたんだろうねっ! 千年経っても爆発とかキスしてるんだよ素晴らしいよ!」

 しんとする教室内で、夕焼けが影を、俺たちにただそうするだけのように作っていた。

 もう俺も銅助の声に耳を傾ける気は無かった。

 レポート――校内の制御システムに発生するバグに関して。

 何で俺たち五人が放課後にこんな事をしているかと言うと、

 そもそも銅助のやつが、建物の各階にある火災用の消火システムへ、なぜか飛び蹴りを食らわせたおかげでこうなっているんだが。

 そう思い返していると、金哉が急に顔を上げて銅助に聞いた。

「なんでお前、消火システムのボタンに飛び蹴りしたんだ?」

「それはな!」

 さっきからずっと椅子に片足を乗っけたままの銅助。が、力強く。

「青春だ!」

 銅助が言い切った。これでもかと言うほどに意味不明に言い切った。

「浜辺で太陽に向むかって罵倒しながら全力で走り回るという、そんな無意味な人間行事に習って! 消火システムにホァタしてみた!」

「ああそうか」

 聞くんじゃなかったと後悔した声音で、金哉が冷たく返す。

「なぜこうも人間は一貫した行動が取れないくせに、戦争とキスシーンを繰り返し眺めながら爆発してたん、だろうかっ!」

 言ってることが一貫していないのはお前だ――というのは、もう既に誰もが言う気がしてない。

「はっ」

 銅助が(あくまで椅子に片足を乗っけたまま)突然はっとなって、自分の両手を見た。

 そしてぽつりと。

「これが『ワビサビ』ってやつなの?」

「「「「知るかよ黙れよ」」」」

 皆で同時に言った。

 そして鉛子が銅助へ、心底どうでもいいといった口調で言った。

「でもさ、人間ってもう、絶滅しちゃったんでしょ?」

 

 また椅子の上で脚を組み直した鉛子。

 キィ――脚の関節から鳴った音だ。

「鉛子、ちゃんと油をさしてもらったの?」

 自分の足元に目を移した鉛子――脚を曲げ伸ばしするたびに、キィキィと、俺たちの体で出来ている金属が擦れる音がする。

「保健室でさしてもらったんだけど、昼間転んだ時にどこかが歪んじゃったみたい」

 人間はとうに滅亡していた。

 俺たちは元々人間から作られた、新しい生命――大昔は俺たちの事を人間は『ロボット』と呼んでいたらしい。

「病院で新しいパーツを買ってもらわないといけないけど……でも今度出る新しい脚部パーツに取り替えたいわ。あれほっそりしてて可愛いんだもん」

「でもさ、細いと耐久性が減るから、がっちりしてたほうが良いんだぜ? 細いと壊れやすいし直すにもひと苦労だろう?」

 がっちりしたフレームで出来た金哉らしい。

 そして鉛子がそれを聞くなり、腕を組んでそっぽを向いた。

「分かってないわね。最新だからいいんじゃない。いつまでも古いパーツでいたら、みんなに馬鹿にされちゃうわ。女の子なんだから」

 男だと、古いフレームでもレアパーツであれば皆に自慢できるが、女の子だとどうしても最新というモノを追わなければならないらしい。

「まぁぼくは」

 今までだまっていた鉄太郎が、レポートを書く手を止めて顔を上げた。

「今度新しい頭部パーツにしてもらうんだけどね」

 おっと、ここにも最新嗜好主義がいたんだっけか。

「視界性能の範囲が上がって、さらに消費エネルギーが6%向上しているあれ、HP390―KのDXeタイプさ」

「いいなー鉄太郎」

 無意味に脚を振って羨む鉛子。やっぱりキィキィと膝の辺りで金属の擦れる音が鳴った。

「そこでだね!」

 今まで静止したかのように黙っていた銅助が、ノイズが混じるほどの大声を張り上げた。

「僕はある一つの問題に挑戦しようと思うんだがっ!」

 俺がとりあえず声を投げ返してやる。

「うんがんばれー」

 銅助が声を張り上げた途端、既に誰もがレポート作成に戻っていた。

「僕様が提案するエキセントリックかつ! 残酷凄惨無比極まりない!それでいて情熱に満ち溢れ、誰もが一切合財に「せいやっ!」と正拳突きの練習をしたくなるような! そのその問題とは!」

 一気にまくし立てる銅助。

 ふと気づいた金哉が(あくまで銅助を無視したまま)、俺に向かって。

「銀太。コイツこの前、頭の中に大量のバグが見つかって、思考プログラムを再インストールしたばっかりだろ? なんでまた元に戻ってるんだ?」

「知らないよ、もう回路が物理的に駄目になってるんだろう?」

「今出回ってる回路と本体が合わなかったらよ、もう廃棄処分じゃないか?」

 そんなどうしようもない事を聞かれても困るのだが……。

「その問題とは!」

「うわまだ言うつもりだよ!」

 どう見ても『故障』しているとしか言いようの無い銅助――が、ついに俺たちが囲っているテーブルの上に乗り、ノイズの混じる大声を張り上げた。

 ついでに、なぜか片腕を真っ直ぐ真上に指先までピンと伸ばし、もう片方の腕は腰に手を当てて、さらに右脚を曲げて左脚は斜めに伸ばしている。

 くいっくいっと銅助の腰部は前後して動いていた。

「人間は絶滅などしていない!」

 銅助は何の脈絡も無く。そう言い切った。


「なんでそう思った?」

 もう聞いてもまともな返答がこないと分かっていても、つい聞き返してし合った。

「銀太馬鹿」

 鉛子が叱咤してきた。聞き返したらこの壊れた銅助の熱弁が続いてしまう。

「よくぞ聞いてくれた! 我が宿命と書いてトモと呼ぶ強敵の親友よ!」

「意味分からん」

「何ゆえ! そう何ゆえ! もう一つ何ゆえに! さらに凄く重要な事を言うからもう一回何ゆえ! 我々はこうしているのだろうか!」

 金哉が答える。

「お前が消火システムに、青春だかなんだかを理由にして飛び蹴りをかましたからだろ」

「違う!」

 俺たちがこうなっている原因が、全力で否定しやがった。

「我々は何ゆえに、ここにいるのか!」

「だから――」

 俺が訂正してやろうと思って口を開いたが、銅助は違ったことを言った。

「なんで僕らは機械でありながら、今こうして紙の上にペンでレポートを作ったりなどしているのか!」

「お前のせいだろ」と鉄太郎。

「あんたのせいでしょ」と鉛子。

 しかし銅助は。

「そうじゃないそうじゃないんだ違うんだよ!」

 なんだ? と俺は銅助の言い回しに引っ掛かりを覚えた。

「僕たちはどうして、機械なのに、人間じゃないのに……人間のように振舞っているんだ?」

「は?」

 声に出したのは俺だったが、みんなが何を言っているんだ? という気配を出していた。

「おかしいじゃないかだって」

 銅助の姿が夕日に混じっている。みんなの視線が集まる中、銅助が続けた。

「人間の残した記録がたくさんあったよ。僕はずっとその記録を見ていたよ。でも、なんで人間が絶滅したと言う記録がどこにも無いんだ? おかしいだろう? 人間が絶滅したって皆知ってるけど、どうやって絶滅したんだい? どこにその記録が残っているんだ!」

 気がつけば、金哉も鉛子も、鉄太郎も俺も、

 銅助の言葉に耳を傾けていた。

「そして何より疑問なのが、僕たちの姿だよ! なんで人間と同じような形でいるんだ! 手もあって脚もあって、頭だけに重要なプログラムを詰め込んだり、脚で移動して手で物を動かすんだい? これじゃあまるで人間の形そのままじゃないか? なんで機械の僕達は人間と同じ形でいるんだい?」

「そりゃあ、だって……」

 鉄太郎が言い返そうとして、口ごもった。

「なんでだ?]

これは金哉だった。首を傾けて疑問の姿を露にしている。

 俺も……そう思った。

 なんでだ?

「それはおそらく、それはおそらくおそらく、おそらくらくおそろしあ」

 そろそろ変な繰り返し声になってきている銅助が、これしかありえないとばかりに言い切った。

「人間は絶滅してなどいない! どこかにいるんだ!」

 ――そして、

 教室どころか学校中に、

 盛大な警報音が鳴り響いた。


 皆が一斉に立ち上がる。

「なんだ!」

 びーがーびーがーびーがーと、けたたましい警報音と、

 外から入ってくる忙しい赤い光。

「なにがおこ――」

 言葉半ばで、鉛子が口をと出した。

 皆も止まった。俺も。

 皆が自分の意思で動くのを止めたわけじゃない。

 体が動かなくなって、声も出なくなったんだ。

 ――何だこれは!

 体が急に動かなくなり、声も出なくなって、考えることしか出来ない状態で、何が起こったのか分からず。

 

 ケイコク、ケイコク――警戒レベルBマイナス。

 タダチニ目標ヲハイキセヨ。


 そんな放送が流れてきた。

 ――何だこれは!

 廊下から、防犯用の見回り機械が入ってきた。これは俺たちのような人間の姿ではなく、思考プログラムが備わっていない機械だ。

 その円筒形の――俺たちと同じはずの機械が――上部の蓋を開けて、捕縛用の銃身を露にした。

 ドンッ!

 円筒形の防犯機械の銃口から、一発。

 弾丸が当たったのは金哉だった。

 元々動けなくなっていただけに、避けることも悲鳴すら上げられず、防犯機械から受けた銃弾で顔部えぐられ、放電を残して金哉が倒れた。

 捕縛用の銃弾であったはず、そう知っていたはずなのに、

 捕縛用の銃弾一撃で、金哉が廃棄された。

 ドンッ!

 またもう一発。今度は鉄太郎が――金哉と同じように。

 そして、防犯機械の銃口が俺に向いた。

 と――


「ホァッチャアアアアアア!」

 誰もが動けなくなっていたはずなのに、変な金切り音を出して、銅助だけが動いていた。

 円筒形の防犯機械へ向かって飛び上がると、教室の天井スレスレまで上がる。

 頂点に達したあたりで、なぜか両手を上に上げて手首だけ曲げたポースで防犯機械へ飛び蹴りを叩き込む。

 どんがだがらん――防犯機械が転げまわって、廊下へ出て行った。

 依然として、警報音と忙しく走り回る赤い光の中――

 銅助だけが動いていた。

 ――どうして?

「はっはっは! こんなこともあろうかと!」

 どうしてコイツだけ?

「なんかよくわかんないっ!」

 ――なんでだよ!

 防犯機械を蹴り飛ばしてそんな無駄な声を張り上げた銅助。――が、今度はこちらに向かってきた。

「銀太鉛子! 逃げますぜ旦那!」

 銅助が俺と鉛子を両肩づつに担ぎ上げて、窓へ向かって走った。

 ガッシャアン!

 大量のガラス片を撒き散らして、二階にあった教室から銅助は、俺たちを担いだままグラウンドへ着地した。

 赤い光と防犯機械たちが、追いかけてくる。

「とりあえず――」

 俺たちを担いで走る銅助が、

「君達を動けるようにしないと、どこかで」

 そんな、ようやくまともな事を言い出した。どこでこの停止プログラムを解除できるのかが謎だが。

 今なら、にわかに、

 銅助の言っていることが分かりそうになっていた。

「さっきの話の続き」

 銅助が、警報音がなる直前に話していたことを続けてきた。

「人間って『嘘』っていう誤情報を流すらしいからね。だから思ったんだ……人間は本当は絶滅なんかしていなくて、絶滅したって言うのがそもそも誤情報だったのなら、きっとどこかに……人間はいるんだ」

 がっしゃんがっしゃんと、俺たちを担いで走る銅助。

 一体分の出力しかないのに、俺と鉛子の二体分の重量を支えながら走っている。

 おそらく長く走ることは無理だろう。脚部パーツに無理が出る。そのうちに壊れてしまうだろう。

 だが、俺たちを助けた銅助。

 なんで自分一人だけで逃げずに、あまつさえ動けなくなった俺たちを担いでまで助けたんだ?

 自分だけ逃げれば、体を壊しそうなほどの動作をせずに済むどころか、助かる可能性はそっちの方が高いはずなのに。

 どうしてコイツは――銅助は俺たちを助けているんだ?

「一緒に、人間を探そう!」

 相変わらずの、何の脈絡も無い言動の銅助。

 だが、今なら分かる。

 この銅助の言っていることが、本当なのかもしれないと。

「そして僕たちは、人間に出会うんだ!」


 動かないしゃべれない体で、

 何かが終わって、何かが分かりそうになっていて、

 始まろうとしていた――

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