第9話 再会
日本からの直行便で約11時間20分、郁はコペンハーゲン•カストロップ国際空港に降り立っていた。
高瀬からの知らせを受けてから、あっという間に時が過ぎ、この日を迎えた。
昨日まで、今後関わる予定だったプロジェクト諸々を他の職員に引き継ぐために、多忙を極めていた。
短期間で引き継ぎを終わらせなければいけないプレッシャーから解放されて、機内ではぐっすり眠れた。
ある意味、ラースに思いを馳せる余裕がなくて良かったのかもしれない。
そんなことを考えていると、飛行機の着陸アナウンスが流れてきた。
着陸アナウンスとともに、周りの人々は早く降りたいようで、みんな気が急いでみえる。
そんな中、郁は最後列の窓側の座席で、肘をついて外を眺めていた。
外を見やると、雲間から微かなオレンジ色の陽の光が差しこんでいる。夕方が近づくにつれて、段々と暮色に染まっていくのだろう。
『やっと着いた。とうとう、ここに来ることになるなんて』
ここに来るまでは、どんな気持ちで今日を迎えるのか、自分でも分からなかった。
少し緊張するけれど、日本にいるときよりは心が凪いでいる。不思議なものだ。
赴く前に、ラースにはメールで自分の旅程を伝えていた。簡潔で事務的なやり取りを交わしていた時の方が、もっとドキドキしていたんじゃないかとさえ思えてくる。
いや、自分のことだから、これから増々緊張してくるのだろう…
(さあ、行くか)
前列の人々が順番に降りていき、自分が降りる番になった。郁はいそいそと手荷物をまとめ始める。
ラースと会うのは明後日だ。
それまでは、せっかくだから自分の時間として様々なアートにふれたいと思っている。こんな機会は滅多にない。
ラース•ニールセンだけでなく、他のアーティストとも知り合うきっかけにしたいところだ。
駆け出しのキュレーターとして来たのだから、なんでも自己成長の糧にしていきたい。
そんなことを考えながら、郁はリュックを背負い、座席をあとにした。
コペンハーゲン•カストロップ国際空港は、デンマークの空の玄関であり、前面ガラス張りのモダンなデザインになっている。
空は暮色に染まりはじめ、空港内を歩いていても、ガラス越しにうっすらと光が差しこんでくる。
日本からの直行便は、ターミナル3に到着する。ターミナル3は鉄道や地下鉄に直結しているため、移動しやすいのはありがたい。
税関検査を終えて、空港直結のデンマーク国鉄DSBの空港駅からコペンハーゲン中央駅に向かう。
スーツケースをコロコロ引きながら、郁はふと思う。
『行き交う人にも、色んなドラマがあるんだよなぁ…。俺は8年越しに、好きな人に再会するんっていうイベントが待ち受けてるんだけど』
心中穏やかだと思っていたが、なんだかんだで、浮ついてきているようだ。
そう思う度に、自分に言い聞かせる。
(今はもう、8年前の学生だった自分とは違う。ラースの仕事相手としてここにやってきてる。仕事の面から、彼を支えられるのは本望だろ。ラースには恋人がいるようだし、そもそも彼はノンケだ。人様の恋人を奪う気はないし……)
やっぱり、なにもアクションを起こさないのが一番良い。
ずっとそうだった。ぐるぐる考えても、最後の考えはこの思いに帰結する。
ねちっこい自分に呆れるが、仕方がない。
そんなことを考えている間に、電車はコペンハーゲン中央駅に到着した。
自分と同じようにスーツケースを持った人々が、どっと電車から排出されていく。
郁も同様に改札を抜けて、今晩から宿泊するホテルへと向かおうとした、その時。
「カオル! ようこそ、コペンハーゲンへ」
どんな雑踏の中でも、
聞き分けられるこの声。
ずっと忘れるわけがない。
あの時の答えあわせを 江藤 香琳 @popoi2580
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