第3話 自分の気持ち

郁は、先月で28歳になった。


学生時代のラースのことは、今朝みたいに思い出すこともあるが、良い思い出に変わりつつある。 と、思いたい。


8年前、勝手に失恋したあとは、ラースを早く忘れたくて、男性から言い寄られたらとりあえず付き合っていた。


自分が美人である自覚はなかったが、会社の同僚や元彼たちにも言われるのだから、他者評価的にはそうなのかもしれない。


遠い昔の元彼談だが、色白で切れ長ニ重の目、どこか物憂げでアンニュイなところが、ますますそそるとも言っていた。


ひとり行動が好きなだけで、自分にミステリアスさも色気の欠片もないと思ってるが、良いように捉えられるのはまぁ悪くない。


しばらく来る者は拒まず去る者は追わずのスタンスでいたが、ある時何やってんだろう…と虚しさが募り、当時付き合っていた恋人に別れを告げた。


その時の恋人からは『本当に好きなやつと付き合えよ』と言われ、不覚にもうるっときたものだ。


恋人でありながら相手に深い情はなかったが、優しい人と付き合えて良かったと思う。


その人は元彼の中では唯一、現在も親交があり、年に一度くらいは仕事で会うことがある。


今は仕事の相談もできる知人といった立ち位置で、恋人という関係だった昔より、腹を割って話せるようになった。


そんな相手は2年前に同性パートナーと入籍して、とても幸せそうだ。


今朝の妻の寝顔が可愛すぎただの、手料理がもったいなくて食べられないだの、会うたびに惚気けてくるから、ツッコみつつも、こちらまであたたかい気持ちになる。


われながら自分には、恋愛は向いてないと思っているが、そんな話を聞くと感化されて


『いいなぁ、そろそろ恋人がほしい…』

とも思うのだ。とくに冬は。


しかしながら、郁は恋愛のことになると、引っ込み思案で少々拗らせている。


『付き合ったり別れたり、誰かの言葉に一喜一憂するのはもうゴメンだー』


それからというもの、社会人になってからは、恋愛をしたいという気持ちを振り払い、過去のことを振り払うように仕事に邁進しているのだ。

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