メッセージ

マグカップの麦茶も残り一口ばかりとなりました。これを飲んでしまえばお隣さんへ先ほど五月蝿くしてしまったことを謝りに行かねばならないと思うとあと一口が進みません。しかし、一刻もはやく謝罪に行かなくてはならないとも思うと、ふたつの感情に板挟みにあい、どうすれば良いのか分からなくなってしまいます。なんて自分本位な人間なのでしょう。

遠くで鳴いたひぐらしの声が、網戸を通り抜けて私のもとへ届きました。どうせさみしいひとりぼっち同士なら、私の隣で鳴いてくれれば少しはこの孤独も薄まるでしょうか。しかし、本当にひぐらしが部屋に入ってきたら、今度は一人で大きな声を出してしまいお隣さんに謝ることがひとつ増えてしまうことを想像すると、ひぐらしへの思いは早々に消えていきました。

どうか遠くで鳴いていておくれ、と呑気に願っていると、なんだか可笑しくてだいぶ気分が落ち着いてきたことに気が付きました。ふいに携帯に目をやって、私は自分から○○へメッセージを送ることを決心しました。ひぐらしのおかげで湧いた勇気と共に、携帯を手に取ります。文字を打っては消して、打っては消してを繰り返し、無駄骨を折っているだけのようにも思える推敲を重ねました。言葉尻を替えてみたり、絵文字を入れてみたりするもののどれもしっくりこないです。

やがて投げやりになってどうにでもなれ!と、彼への謝罪と会って話をしたい旨を勢いで打ち込んで送信してしまいました。送信してしまった後悔を流し込むように残りの麦茶をぐびっと飲み干して少しむせた後その勢いのままずんずんと、お隣さんへ謝罪をしに部屋を飛び出ました。

帰ってきたときに彼からの返信が届いていることを祈りながら。

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