部屋にひとり

○○と言い合いをしてしまいました。思い返すと子供っぽい些細なことで、恥ずかしくてとても人に話す気にはなれません。珍しく大きな声を出してしまったせいで喉が渇いてしまいました。冷蔵庫から麦茶を取り出し、マグカップへと注ぎます。とぽぽ、と音を立てて注がれていく麦茶を眺めていると先ほどまでの五月蝿さが隣の部屋から聞こえてくるようで、心臓のあたりがキュッと締め付けられました。お隣さんはこんな気持ちだったのでしょうか。もしもうであるのなら申し訳も立ちません。この一杯を飲み干したら大声で言い合いをしてしまったご迷惑を謝罪しに行こうと思います。

小さなころから人様に迷惑をかけ続けてきた人生でしたが、何年たっても謝罪をすることには慣れません。まだ怒られてもいないのに謝罪に行くことを考えただけで目に涙がたまってゆきます。ふと、○○が一緒について来てくれたらな、と考えてしまいましたが、部屋を出ていく○○に追い打ちのように非道い言葉を浴びせてしまった手前、そのようなお願いをするのは私のプライドが許しませんでした。

お願い。その言葉が頭に浮かんだとき、彼ともう一度話がしたいと思いました。なにか彼がメッセージでも送ってくれていれば今の重い気持ちも少しは和らぐかと思い携帯を開いてみましたが、やはり彼からのメッセージは一通も受信していません。和らぐどころかさらに重くなっていく不安に耐えられなくなって、私は麦茶を一口飲み、マグカップをギュッ、と強く握りしめました。マグカップの中の麦茶が減るたびに、空虚な不安も募っていくばかりです。私はなんて非道いことを言ってしまったのでしょう。ああ、○○に謝りたい!何かが胸の下のほうで小さく炸裂した衝撃で、表面張力によって耐えていた涙が一粒、右目からこぼれるのを頬で感じました。

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