後編
【独占インタビュー! 寝取られ女の独白!】
Mくんとは、幼馴染で小さな頃から一緒にいました。
彼はなんというか……いいヤツです。いい人じゃなくて、いいヤツ。ニュアンスの違いだけど、私にはそうとしか表現できません。
なんというか、人助けをするけど恩には着せない。でも無垢な善人というわけではなくて。
『俺はやりたいことをやった。その結果がどうあれ、なんだと思う』
助けたのではなく、自分の思うままに振る舞っただけ。
だから感謝も批判もお好きにどうぞ。それが彼のスタンスなんです。
初めて会ったのは幼稚園の頃だったかな。
ひとりぼっちでいるところを、私が声をかけた。
そこから皆と交流するようになって……いつの間にか、今のいいヤツになってました。
思い出ならたくさんあります。
小学生の頃、縁日でもらったおもちゃの指輪。いつか結婚しようって約束を本気でしました。
中学生、行動範囲が広がって色々なところに行きました。
初めていった水族館のチケット、まだ部屋に飾っています。
高校になって彼に告白されて嬉しさに涙を流したのを覚えています。
本当に彼が好きだった
ううん、今も好き。
ずっとずっと。私にとっての一番は“みちしげくん”なの……。
◆
「え、なのに浮気したの?」
「ええ、まあ」
「怖い怖い怖い怖い。なんなのこの子」
佐倉くんとの和やかな話し合いが終わった後。
お話を聞きに行った夏令院ここあさんは、僕をして怯えさせるようなヤバイお方だった。
今は机を挟んでお互い椅子に座り、ちょうど警察の取り調べみたいな形になっている。
「おっけー、冷静に考えよう。君は幼い頃に満重くんと結婚の約束をした?」
「いえす」
「ずっと好きだった?」
「いえす」
「告白された時嬉しかった?」
「いえす」
「……付き合って二週間で浮気した?」
「いえす」
「ヤだ、なにこの子本気で怖い⁉ おかしいじゃん、頭普通におかしいじゃん!」
もう撮影放り出して逃げたい。
でも逃げない。だってそれが炎上系配信者だから。
なんて思っている間に、ここあさんはどかりと机に足を上げた。
「だってさー、したかないじゃんー! 私モテるもん! すっごいモテるもん! 満重君と付き合っててモテてまくりなの! 満重君とは結婚してるのが確定してるんだしちょっとその前に他の男と遊んだって悪くなくない⁉ 男だって結婚前に風俗遊びを経験して終わらせてこそ一人前みたいな風潮あるじゃん! それと同じこと!」
「うっわぁ……」
どうしよう。
思ってたよりクズだった。
「ごめんね、ここあさんの周囲からの評価と実物が全くかみ合わないんだけど」
「ああ、勉強は苦手だけど運動と料理が得意な、スタイル抜群の美少女ってやつ? まー、確かに前はそんな感じだったかも。でもさぁ、タクマが息抜きの方法を教えてくれたって言うかぁ?」
「えーっと、一応そのタックマンとのなれそめをお聞きしても?」
「それがさぁ、満重君って付き合い始めても全然手を出してくれなくてぇ。悩んでたところにナンパしてきたのがタクマ。最初は断ってたんだけどぉ、なんか飲み物だけでもってカフェに行ったら、なーんかふわふわして気付いたらホテルのベッド。よく覚えてないけど、私から誘ったって言ってたからたぶん欲求不満だったんじゃないかなぁ」
「わお」
違うわ、チャラ男くんがクズだわ。
いやチャラ男の発言を素直に信じちゃう辺りもう駄目な子ではあるんだけど。
「じゃあさっきのモテるどうこうも?」
「タクマが、モテる男は他の女と寝て当たり前。ならモテる女も他の男と寝て当たり前。童貞の満重君じゃ教えてくれなかったこと、タクマにいろいろ学んだの私は!」
なんというか……タクマ君の手管が優れていたのか、この子が馬鹿なのか。
どっちかって言うと後者の気はするね。
「それじゃあさ、満重君に悪いって思わないの?」
「なにが? だって、満重君と結婚するんだよ? 結婚式あげて、夫婦になるのは彼。一番好きなのも彼なのに、なんで悪いの?」
……ああ、ダメだァ。
この子、ごくごく単純に相手を思いやる気がない。
僕のように誰かを傷つけることを厭うタイプの陰キャでは理解できない女性だ。
もう、満重君がダメな女の子を踏んじゃったと思うしかない系地雷である。
「そっか、まあとりあえず。インタビュー、答えてくれて感謝です」
「……ならさ、約束守ってよ」
ちなみにこのインタビューは全ての写真動画等を見せた上で「これをご両親に話してほしくなかったら素直に答えて」とお願いする形で実現した。
「もちろんさ、僕は約束を守るタイプの気弱くんだからね」
もちろんご両親に話すことは絶対ない。
それはそれとして動画は投稿するよ!
だって炎上系動画配信者だから!
◆
夏令院ここあは学校の人気者だった。
美少女で運動も料理も得意。幼馴染の恋人である春乃宮満重が定期的に嫉妬の視線を受けるほどだった。
けれど簡単に失墜した。
それは迷惑怪人デバガメンちゃんねるによって投稿された一連の動画のせいだ。
満重に隠れて他校のチャラ男と浮気をしていたこと。
何度何度もカラダを重ね、陰で満重を馬鹿にしていたこと。
寝取られビデオレターを撮影しようとしたこと。
そして件のインタビュー動画。
いちおうモザイクカケラはかかっていたが簡単に彼女は特定されてしまった。
結果として学校の人気者はいまや誰からも侮蔑される存在になった。
「ねえ、ここあちゃん。春乃宮くんに隠れて浮気してたってホント? というか、あのインタビュー……」
「あ、ち、違うの。聞いて」
「何が違うの? 私が春乃宮くんのこと好きだったの知ってるよね? なのに、なんで……」
自分が望んで止まない彼の恋人という立ち位置を得ておきながら、どうして裏切れるのか。
責める冷たい視線に、あのインタビュアーの前では居直れてたのに言葉に窮してしまう。
なんで。
モテる女は浮気も許される。そうタクマが教えてくれたのに。
なんで、何も言えなくなるの。
「あの、あのね? 聞いて、私はただ……」
「二度と話しかけないでクソ女」
仲の良い女友達だった。
親友と呼べる相手だった。満重と結婚する時には、仲人をお願いしようと思っていた。
こんなことが無かったら、きっと卒業後も社会人になってからも親しくできたはずなのに……。
※(いや、満重君を好きだった女の子に仲人頼むなんて鬼畜ムーブをナチュラルに考えられるなら多分今回の件なくてもどこかで破綻したと思います。by迷惑怪人デバガメン)
教室でも最近は孤立している。
クラスの男子の好色な笑み、女子の汚いものを見る目。女子の中にはにやついた顔で人気者の無様な現状を嘲笑っている者もいる。
なんでだろう。
こんな目に合うようなことをしたのだろうか、と思ってしまう。
(私はただ、満重君に黙ってタクマと二泊三日の旅行に出かけて。もし妊娠したとしてもちゃんと満重君と結婚してあげるつもりだったのに……)
どうして彼を思う心を誰も理解してくれないの?
そもそもの話、なんで関係もない人間にこんな扱いを受けなければならない?
ここあは此処に至っても、反省ではなく周囲への不満しか感じられなかった。
「なあ、ここあ。話があるんだ」
「みちしげくんっ!?」
そうやって一人の時間を過ごしている時に、満重に声をかけられた。
それはまるで、いつか一人でいた彼にここあが声をかけたように。
ああ、やっぱりだ。
彼はいつだって自分のことを助けてくれる。
最初に救いの手を伸ばしたのは彼女だが、彼は「いいヤツ」だから困っていれば放ってはおけないのだ。
「屋上、ついてきてくれるか?」
「うんっ、もちろんっ」
教室で笑顔になるのは久しぶり。
スキップするような気持ちで彼の後についていく。
そして、屋上で満重は告げた。
「別れよう」
…………え?
いっしゅんなにをいわれたのかわからなかった。
「いや、もう別れてたのかな? どっちでもいいけど、今後はまた、ただの幼馴染ってことで頼む」
「な、なんで? 違うよ? わ、私が好きなのは、満重君で……」
「それを、どうやって信じろって言うんだろ」
絞り出すような言い方に、彼も苦しんでいるのが分かる。
そんなに苦しむくらいならなんで別れるの。
分からない。ずっと一緒にいた。これからもずっと一緒にいる。
たぶん、お爺ちゃんとお婆ちゃんになっても一緒にいる筈なのに。
八十年のうちの数か月離れていただけで、もう駄目になるの?
「私のこと、好きじゃなかったの?」
「好きだったよ」
「嘘だ! だったら別れるなんて言わない! だって、私の一番は満重君で! 満重君の一番も私の筈でしょ⁉ そうじゃないから別れるなんて言えるんじゃないの!」
そうか、もしかしたら彼は浮気しているのかもしれない。
最低だ。自分は肉体関係だけだったが、彼は他に心を移していたのではないだろうか。
そうじゃなきゃ、こんなことになるはずがない。
※(えー、どの口がー。By迷惑怪人デバガメン)
「たぶん、お前の好きと俺の好きって、違ったんだよな。……手を出さなかったのが悪いって言うかもしれないけど、たぶん付き合って二週間で体を求めるのは今後もできそうにないや」
「なんで? 好きなんでしょ?」
「好きだから、じゃないな。俺は、そういう自分が嫌いなんだよ」
だから、つまり。
二人は最初から噛み合っていなかったのだった。
「でも、みちしげくんは“いいヤツ”で。きっと、私を助けてくれるから……」
「浮気しても大丈夫って? そこまで“都合のいいヤツ”にはなれないよ」
そこでここあは固まった。
彼はいいヤツだから、自らの善意に見返りを求めない人だから。
だから……どんな行いでも、うまく受け止めてくれると思っていた。
そうタカをくくっていた報いがこれだ。
「じゃあ、これで」
怒られなかった。
泣かれなかった。
淡々と別れを告げてそれでおしまい。
十年以上の関係はそうやって消えてしまった。
……こんなに簡単に崩れるモノだと、これまで考えもしなかった。
帰宅すれば親にも殴られた。
当然だ、満重は幼馴染。両親ともに交流がある。
もうどこにも味方はいない。
その後、夏令院ここあは教室の隅で過ごす。
恋人も友達も教師からの信頼も親の愛情もなにもかも失い、それでも高校だけは卒業し逃げるように何処かへ移り住んだ。
別れを惜しむ人はいなかった。
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