異世界ウォーキング/あるくひと

  <ヒカリの手料理と懐かしい味>



 ルフレ竜王国の首都アルテアに来て既に二カ月が経っていた。

 今日はアルテア城地下にあるダンジョンで、精霊樹の様子や土壌の確認をしてきた。

 ダンジョンを出てアルテア城の鍛練所まで戻ってくると、ヒカリの目の前で土下座するサークの姿があった。

 一応ここはダンジョンで作業していた人たちも通る場所だから、彼らが一国の王子が土下座している姿を見たら驚くと思う。それとサハナに頭を下げているサークはよく見るが、ヒカリに頭を……しかも土下座をしているのは何事だ。

 それは一緒にダンジョンから戻ってきたクリスも同じだったようだ。


「ミア、何があったんだ?」


 治療要員として今回鍛練所に待機していたミアに尋ねたら、


「あー、別にあれはサーク君が悪さしたわけじゃなくてね。ヒカリちゃんの手料理を食べたいからお願いしているの」


 という答えが返ってきた。

 どうもサークはヒカリが料理出来ることを誰かから聞いたらしく、それで是非ヒカリの手料理を食べたいと頼んでいるそうだ。

 いいのかそれで? と思ったが、ヒカリに好意を持っているサークとしては、手料理を食べてみたいと思うのは仕方ないのかもしれない。

 しかしヒカリの手料理か……確かにサークたちと一緒に行動している時はサハナに料理を教えていたこともあって、基本的に料理をしていたのはミアとクリスとサハナの三人だったな。


「あ、主」


 当のヒカリは俺たちに気付くと、サークを無視してこちらに駆け寄ってきた。

 あ、なんかサークが物凄く悲しい表情を浮かべ、さらに俺に気付くと睨んできた。

きっと邪魔されたと思ったんだろうな。


「主、仕事終わった?」

「……ああ、それよりも料理を作って欲しいって頼まれたのか?」


 一応確認のため尋ねたら、ヒカリはコクリと頷いた。


「そ、そうか。せっかくだし久しぶりに料理を作るのもいいかもな。俺も近頃料理をあまりしてなかったし、何か食べたいものがあったら作るぞ? だからヒカリも何か作ってみないか?」


 さすがにサークのことを不憫に感じた俺は、そう提案した。

 ただヒカリ一人で料理をさせるのはまだ危険だから、誰かが一緒に作ることになると思うけど。

 俺の言葉に近くに寄ってこようとしていたサークの足が止まった。

 睨んでいた目が一転して、救世主でも見るような視線になっている。

 その期待に満ちた表情を見ると、ヒカリには是非頷いてもらいたいと思う。


「そうね。せっかくだし何か作ってみない? ヒカリちゃんも久しぶりに料理したいでしょう?」

「……うん、作る」


 ミアの援護射撃に、少し間を置いたあとにヒカリがコクリと頷いた。



 急遽食事会が開催されることになった。

 参加者は竜王アルザハークに、その子供のユイニ、サーク、サハナと一部の親衛隊員。俺たちパーティーメンバーに、ティアをはじめとしたアルテアの街の子供たちだ。

 ティアはセラの幼馴染で、ボースハイル帝国との戦争で帝国に捕まり奴隷となっていたのを、竜王国お抱えの奴隷商人が保護してアルテアまで連れてきたなかの一人だ。

 会場は城の裏手にある精霊樹の下で、そこに魔法で調理場を作る許可をもらった。もちろん終了後は元通りにする。

 今回の食事会では、グループを作って料理する。俺はミアとヒカリ、クリスはユイニとサハナ、ルリカがセラとアルテアの子供たちと組んで料理を作ることになった。

 俺たちはスープ系を作り、クリスたちはピザを。ルリカたちは串焼きを準備することになっている。

 俺が会場に向かうと、既に準備が始まっていた。

 遅刻したのはシエルが寝坊したのが原因だ。本当だよ?

 クリスとサハナがユイニに教えながらピザ生地の上にトマトソースをぬって、ベーコンやジャガイモなどの色々な材料をのせている。チーズをたっぷり振り掛けるのも忘れていない。

 ルリカたちは和気あいあいと喋りながら串に肉や野菜を刺している。肉好きなのか肉串を作っている子供もいたが、ティアが野菜も食べないと駄目だと注意していた。

 俺はヒカリたちの元に向かいすぐに足を止めることになった。

 目の前には困ったような表情を浮かべたミアと、腕組みをしてキッと口を結んだサークが立っていた。

 二人の向こう側には、せっせとスープにカットした食材を入れているヒカリの姿がある。

 うん、俺の見間違いじゃなければ一人で料理しているな。


「あ、ソラ」


 俺に気付いたミアが、助けを求めるように状況を説明してくれた。

 簡単に言えば、サークが邪魔をして通してくれないということだ。


「なあ、サーク。そこを通してくれ。ヒカリ一人じゃ料理が大変だろう?」


 その言葉にサークは応じてくれなかった。

 ヒカリのためと言えばいけると思ったが当てが外れた。

 いや、躊躇う素振りを見せたから迷いはしたが、グッと踏み止まったといったところか?


「ふむ、どうしたのじゃ? 男同士で見詰め合ったりして」


 サークをどうにかしなければと思っていたら、そこにアルザハークが現れた。

 その後ろにはアルフリーデやドゥティーナを含む六人の親衛隊員の姿があった。残り四人の親衛隊員とは一緒にダンジョンに行ったことのある人たちだから顔見知りだ。

 俺がチラリとヒカリの方を見たら、アルザハークは「なるほどのう」と頷き、


「今回はサークの我が儘を聞いてくれぬかのう。この子も大好きな少女が一人で作った手料理を食べたいと思っておるのじゃよ」


 と笑いながら「一人で」を強調して言えば、サークは顔を真っ赤にして慌てていた。

 その気持ちは、まあ、分からないでもない。可能なら叶えてやりたいとも思うよ?

 けど……不安もある。

 思い出すのはマジョリカのダンジョンで俺が不名誉な呼び名を付けられた時のことだ。

 あの時は、ヒカリの手料理を食べた冒険者たちが次々と倒れていった。確かミアがリカバリーをしてくれたんだったよな。

 もちろんあれ以降、ヒカリも俺たちと一緒に料理を作って経験を積んでいるし、一人で作ってもしっかり料理を作れた時もある。自由にさせると興に乗った時に暴走してしまう時があったから、注意すべきところは注意したけど。


「なに、事情はサハナを通じて少しは分かっておる。じゃが、どんな味でもきっと大丈夫じゃよ。のう、サーク」

「もちろんだ。ヒカリの料理を残すなんてありえない!」


 俺が答えを迷っていたら、二人がそんなことを言ってきた。

 口ぶりからしてアルザハークは俺が何を心配しているのか理解しているみたいだ。


「……分かりました。なら俺たちは別のところで料理をしようと思います。調理場を追加で作ってもいいですか?」


 さすがにヒカリ一人で全員分のスープを作るのは不可能だ。

 それにヒカリの作ったスープは、サークが一人で食べかねない。見ればそれ程大きな鍋で作っていないみたいだしな。

 俺はアルザハークに許可を取ってから、土魔法で追加の調理場を用意した。


「ヒカリちゃん、一人で大丈夫かな?」


 早速スープ作りの準備を始めると、手際よく材料をカットしながらミアが聞いてきた。

 ちなみに俺たちが作るのはカレースープだ。ヒカリが食べたがっていたからな。アルザハークたちは少し離れた場所で食べるそうだから、大小の鍋二つに分けて作ることにするか。


「心配ではあるけど、サークの気持ちも分からなくはないからさ」

「……そっか」


 俺がそう答えると、それ以上ミアは何も言ってこなかった。

 スープ作りの合間にヒカリの方を見たが、特に迷うことなく料理を進めている。手際だけ見れば、完璧に見えるんだよな。



 辺りに美味しそうな匂いが漂ってきた。

 子供たちは串焼きに釘付けになって、今か今かと待っている様子が傍から見ても分かる。

 ティアがチラリとルリカの方を見ると、ルリカは串焼きをいくつか手に持って焼き加減を確認する。


「うん、大丈夫そうね。さあ、食べようか!」


 子供たちに向かって言えば、子供たちは我先にと串焼きを手に取り食べ始めた。

 そこにクリスたちがピザを持って現れたら、串焼きを片手にピザに手を伸ばす子や、どっちを食べればいいのか迷う子など様々な反応を見せた。

 カレースープの登場はもう少し待ってからの方が良さそうだな。

 そう思っていたら、ヒカリが鍋を持ってトコトコやってきた。


「主、スープ出来た!」


 ヒカリは満面の笑みを浮かべて鍋を見せてきた。

 見た目は多少肉が多めだけど普通の野菜スープに見えるし変なところはなさそうだが……俺は念のため鑑定と解析を使ってスープを確認しようとしたら、


「ヒカリ、料理が出来たのか!」


 とサークが走り寄ってきて俺の前に立ったためそれが出来なかった。


「うん、出来た」

「も、もらってもいいか?」


 どうやらヒカリの作ったスープを、アルザハークも食べたいと言っているみたいで、鍋を受け取りにきたそうだ。


「……主の分は残しておいて」


 それを聞いたサークは俺の方をチラリと見て、不承不承頷いていた。


「主の方は料理出来た?」

「ああ、希望通りカレースープを作ったぞ」


 それを聞いたヒカリは満足そうに頷くと、早速串焼きとピザを受け取り戻ってきた。ルリカたちとではなく俺たちと食べるようだ。

 何処で食べるか迷っていたら、ちょうどアルザハークが手招きしていたからそちらに移動することにした。

 アルザハークたちのいる場所には親衛隊の他、クリスとユイニたちもいた。ルリカとセラの姿は見えないから、どうやら向こうでアルテアの子供たちと食べているみたいだ。セラはティアと色々と話したいのかもしれないな。

 俺たちがこちらに集まったのは、ここならシエルも一緒に食べることが出来るというのもある。

 もしかしたらアルザハークはそれを見越して呼んだのかもしれない。あとはサークのためだろう。

 シエルはヒカリの頭の上にちょこんと乗り、既に臨戦態勢に入っている。正確には「食べてヨシ!」の合図を待っている。

 目の前に並ぶ串焼きやピザを前にソワソワしている。


「嬢ちゃん、今回はサークのためにありがとう。では、いただくとするかのう」


 アルザハークの言葉を受けて、俺たちも食事を開始した。

 真っ先に料理に喰いついたのはシエルだったのは言うまでもない。

 俺はその様子を横目に見ながら、串焼きやピザを談笑しながら食べた。特にユイニとサハナが作ったピザを食べたアルザハークは感動して涙を流している。

 そしてある程度食べ進めたところで今回の主役(主にサークにとって)の登場だ。

 ヒカリ特製スープは俺、サーク、アルザハークに親衛隊六人……とシエルに回ったところでなくなった。

 だからヒカリたちの手元には俺とミアが作ったカレースープが配られた。カレースープ用にチーズのみをトッピングしたピザ生地を用意したようだ。準備がいいな。

 ちなみにヒカリ特製スープが全員に行き届かなかったのはサークが原因だ。普通の大きさの三倍以上の器に並々とスープをよそったからだ。

 サークの想いは皆分かっていたから、その蛮行を誰も止めようとはしなかった。うん、きっとそうに違いない。


「ヒカリ、ありがとな!」


 サークは一言ヒカリに礼を言うと、早速スープを食べ始めた。

 一口二口と肉や野菜を食べ、スープをすすった。

 するとサークはワナワナと震え出した。

 感動したのか? 美味しかったのか? それとも……サークは何も言わない。

 そんなサークの態度をよそに、アルザハークたちもヒカリのスープを食べ始める。


「これは……懐かしいのう」

「ええ、本当ですね」


 ヒカリのスープを口にしたアルザハークとアルフリーデは驚きの表情を浮かべ、二人の親衛隊員もその言葉に深く頷いていた。

 懐かしい味というのが何かは分からないけど、普通に食べているということは今回のヒカリの料理は成功したということかな?

 シエルもスープの中から器用に肉を取り出して食べると、目を見開いて喜んでいる。

 俺はそんなシエルの様子を見て、目の前のスープに目を落とした。

 そしていざ食べようとしたその時、カランという複数の音がした。

 音のした方を見るとドゥティーナと二人の親衛隊員がワナワナと震えている。音は彼女たちがスプーンを落とした音のようだ。

 一体何が起こっているのか、俺は理解出来なかった。

 スープは成功したんじゃないのか?

 俺は震えるサークを見て、なんともないアルザハークたちを見て、最後にドゥティーナたちを見た。

 その反応に俺は戸惑った。

 シエルもスープを飲もうとしていた動きを止めてドゥティーナたちを見ている。

 今分かっているのは、この手の中にあるヒカリ特製スープに答えがあるということだけなのだが……。

 スープから顔を上げると、ヒカリとシエルがこちらを見ていた。

 シエルと目が合うと、お先にどうぞと言っているように何故か感じた。

 ここで食べることを止めることは出来ないよな。

 俺は息を吐き出すと、まずは大きくカットされた肉を一口食べた。

 肉は柔らかく、噛めば噛むほど肉汁が口の中に広がり幸せな気分になった。間違いなく美味しい!

 自然と頬が緩んだのが自分でも分かった。

 次は野菜……まずはキャベツのような葉のものだけど、素材本来の甘みが十二分に生かされていてこれも文句なく美味しい。それは他の野菜でも同じだった。

 これは美味しさのあまりドゥティーナたちは驚いたのか?

 なんて思ってしまうほど完璧だった。肉と野菜を同時に口に入れて噛めば、美味しさはさらに倍増した。

 ではその旨味が溶けていると思われるスープはどうか?

 俺は高まる期待を胸にスープを口にして……思考が停止した。

 酸味、苦味、甘味、辛味、塩味、旨味。もはや何と形容すればいいのか分からない味に口内は支配された。

 なるほど。ドゥティーナたちのあの反応は、このスープが原因か。肉と野菜が美味しすぎたから、その落差もあったんだろうな。

 俺は不可思議なスープをゆっくりと飲み干した。

 俺がスープを完食すると、ヒカリの目は今度シエルに向けられた。

 シエルはヒカリとスープを交互に見ていたが、意を決してスープを一気に飲むと、空になった器を高々と耳で掲げてヒカリに見せていた。

 その体は小刻みに震えていたけど。

 シエルは味に厳しいし、不味いものはすぐ吐き出すから不味いものに対する耐性が低い。

 それでも完食したのはヒカリのためなんだろうな。


『がんばったな……』


 とシエルに念話を飛ばした俺は、


「この肉は凄く美味しかった。過去一番の味だったよ。野菜も素材の美味しさを十分に引き出せていたと思うぞ」


 と褒めつつ、


「ただその分スープが味で負けている感じだったから、今度そこを一緒に練習しような」


 と言えばヒカリもコクリと頷いた。

 シエルも耳を振って肉が美味しかったことを主張すると、それを見たヒカリは嬉しそうだった。

 そんな俺と楽しそうに話すヒカリの様子を見たサークは、止まっていた動きを再開してスープを食べ始めた。

 それはもう、物凄い速度でかきこんでいる。

 シエルのことは見えていないが、存在は知っているから対抗したのかもしれない。宙に浮かぶ空の器を見てヒカリも喜んでいたからね。

 ほどなくしてスープを完食したサークは、


「ヒカリ、美味しかったぞ!」


 と空の容器をヒカリに見せながら言い放った。

 ヒカリはそんなサークをジッと見ていたが、小さく微笑んで「うん」と頷いた。

 そのヒカリの嬉しそうな仕草に、サークが見惚れて固まってしまったのが俺にも分かった。

 その様子にアルザハークは満足そうに頷き、サハナはやれやれとため息を吐いていたけど。

 その後復活したドゥティーナたちも食事を再開し、その日はお腹一杯になるまで食べて騒いだ。

 ヒカリのスープは無理しなくていいと言ったけど、三人は完食していた。



 後日。アルザハークがヒカリのスープを普通に食べられた理由を教えてくれた。

 何でもアルザハークの今は亡き奥さん、ユイニたちの母親になるのだが、彼女も時々不可思議な味の料理を作っていたらしい。

 そのためアルザハークやアルフリーデたち四人は普通に食べられたそうだ。


「まさかまた、このような味に出会えるとは思いませんでした」


 とはアルフリーデの言葉だ。

 懐かしいと言ったのは、昔のことを思い出していたからみたいだった。

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