前略、山暮らしを始めました。/浅葱

  <タマは賢くてかっこいいヒロインなのです>


 その日、タマはポチと共に麓の村にいた。

 村でヤマカガシやマムシ等の毒ヘビが原因不明の大発生をしているというので、狩猟要員に選ばれたのだ。名前はポチとタマだが犬と猫ではない。彼らはでっかいニワトリである。

 このニワトリたち、ヘビを捕るのが得意なのだ。

 佐野もそうだがどうも人というのは目線があまり下に向かないものらしい。

 タマもポチもそれなりに大きくはなったが、餌が落ちているのは基本的に地面だ。次点で草などにしがみついていることが多い。それほど高い草はないので、上を見上げることはあまりない。飛んでいる虫を捕ることもあるが、あまり捕まえるのはうまくない。とはいえ虫によっては捕まえやすいものもいる。

 タマとポチは見た目はニワトリだが普通のニワトリとは違う。体高は一メートル近くあり、尾羽ではなく爬虫類系の尾を持っている。その尾も自在に動かせる。嘴の中も普通のニワトリと違ってギザギザの歯があり、それで獲物に噛みついたりもするのだ。

 でかいのと、攻撃手段が多いせいか時折とんでもない物を狩ってくるが、村の人々はおおらかにそれを受け入れている。


「ポチちゃんタマちゃんあそぼー!」


 そんな、ニワトリ? それとも恐竜? と首を傾げそうな姿なのだが、村の子どもたちはポチとタマにすぐ慣れた。

 飼主である佐野に、子どもたちには優しく! と言われているということもあるが、子どもたちはみなひょろひょろしていて自分たちよりも弱そうなので、タマもポチも悠然と構えていられる。

 田んぼや畑の見回りをしていたら子どもたちがわらわらと近づいてくる。でも突進してきたりはしないので二羽もそれほど気にしない。村の子どもたちはニワトリへの構い方をそれなりに知っているようだった。


「おーい、あんまりニワトリに近づくなよー」


 田んぼや畑の持ち主と話していた湯本が気づき、子どもたちにそう声をかけた。


「はーい」

「わかったー」


 子どもたち、とても素直である。

 湯本は佐野の知り合いのおじさんである。ニワトリたちを村に派遣してくれと要請をしたのもこのおじさんであった。湯本は佐野からマムシを買い取り、マムシ酒をいっぱい作っている。三年後が楽しみだとガハハと笑っているが、もちろんニワトリたちには理解できない。

 湯本はタマとポチを佐野から借り、こうして村の田んぼや畑に連れてきていた。

 今日は午前中に一回りしたところでタマがヤマカガシを一匹捕まえた。

 クァーッ! クァックァッ!

 タマは嘴でガッと捕まえたので、それを見たポチが鳴いて湯本たちに知らせた。とてもいい連携である。


「おー、どうしたどうしたー?」


 湯本と、田んぼの持ち主が駆けてきた。


「お、ヤマカガシがいたのか! お手柄だな」


 湯本が喜んでタマからヤマカガシを受け取った。タマも素直に蛇を湯本に渡す。

 湯本は田んぼの持ち主が持ってきた黒いビニール袋にヤマカガシを入れ、口を紐で縛った。


「ヤマカガシがいたのかー。いねえと思ってたよ」


 田んぼの持ち主が頭をかきかきぼやいた。


「タマ、どこで見つけたんだ?」


 湯本に聞かれたので、タマはヤマカガシを見つけた場所へ案内した。田んぼのあぜ道の際に、小さな穴のようなものがあった。そこからヤマカガシの頭が覗いていたのだ。


「うわっ! こんなところに巣を作ってやがったのか。ありがとなー」


 田んぼの持ち主はほっとしたような顔で言った。巣を見つけたことでそこは持ち主

が対処することにしたらしい。


「卵があるかもしれねえな」

「いやー、まだじゃねえか?」


 タマとポチはそんなことを話し合っているおじさんたちを放っておき、畑の方へ向かった。


「ポチちゃん、タマちゃんお疲れー」


 子どもたちが声をかける。それにポチとタマは頷くように頭を動かした。


「なーなー、ポチちゃんとタマちゃんの名前ってなんでポチとタマなの?」


 子どもに聞かれて、ポチとタマはコキャッと首を傾げた。何故そんなことを聞かれるのか、二羽にはわからなかった。


「二羽共首傾げてるのかわいーい!」


 女の子が嬉しそうに言う。どうやら子どもたちには首を傾げるのが好評なようである。タマは覚えた。

 ちょっとしたことを覚えるのはタマの処世術である。何か困ったら首を傾げるようにしようとタマは思う。


「ポチとタマって呼びやすいけどおかしいよなー」


 まだ男の子たちがその話をしていた。

 タマは男の子の側に近づいた。もちろん距離は取る。そしてコキャッと首を傾げてみた。


「タマちゃんにはわかんないかー。普通ポチってさ犬の名前で、タマってのは猫の名前なんだよー」


 なにぃ? とタマは思った。

 犬というのはあれだろうか。家の横の小屋に繋がれていて、時々キャンキャンキャンキャン鳴くうるさい生き物を思い浮かべた。もちろんそうでない犬もいる。毛皮があり、大体外に繋がれている。でかいものほど悠然としている。

 やはりでかいは強いのだとタマは思う。

 それにしても、佐野は何を考えてポチやタマという名を付けたのだろうか。


「でもさー、ユマちゃんはわかんないよなー。なんでユマなんだろー?」

「佐野のにーちゃんのことだから、思いつかなくて適当につけたんじゃないか?」

「ありうるー。にーちゃん、ネーミングセンスなさそー」


 子どもたちがあははと笑う。

 タマは不機嫌になった。タマという名前は普通猫につける名前だという。猫というのはタマよりも小さいわりに、タマを獲物と認識して襲ってこようとするものだ。一度どこかの家でポチを襲おうとして結局逃げるはめになっていた。あの小ささではあるが、猫というのはなかなかに凶暴であるようだ。

 つまり佐野にとってタマは凶暴ということに他ならないだろう。

 タマの認識する猫というのはそうであった。(犬も猫もとってもかわいいが、これはあくまでタマ目線である)

 これは帰ってから佐野をつつきまくらねばならないとタマは思った。

 夕方になる前に湯本はタマとポチを佐野の山に送り届けた。それなりにでかいから今は軽トラの荷台に乗っている。小さい頃はタマも助手席に座っていたが、今その助手席はユマ専用だ。もちろんユマが乗らない時はタマが座ることもある。だがタマはどちらかといえば景色がよく見える荷台の方が好きだった。

 ポチも助手席より荷台の方が好きらしい。


「今戻ったぞー」


 佐野の山の家に着き、ポチとタマは荷台からバサバサと跳び下りた。


「あ、おっちゃん。送ってきてくれてありがと」


 佐野は家の外にいたらしい。ユマと共に近づいてきた。ユマはいつも佐野の側にいたがる。

 明日はユマとポチが出かけることになっているが、それはそれでタマは不機嫌だった。


「ポチ、タマ、おかえりー」


 佐野はのん気な笑顔をポチとタマに向けた。タマはトトトッと佐野に近づき、そのまま佐野をつつき始めた。


「えっ? なんでっ? いてっ、タマっ、痛いってー!」


 佐野はつつかれる理由もわからないままつつかれ、これ以上つつかれてはたまらないと逃げ出した。逃げられると追いたくなるのが本能である。タマは逃げるんじゃないわよッとばかりにそのまま佐野を延々追い回した。

 それを見ながら湯本が笑う。

 ユマがじーっと佐野とタマを見ていた。ポチは巻き込まれたくないとばかりにその辺で草をつついている。


「おー、やっぱお前んとこのニワトリは元気だなー」


 佐野が逃げるのを諦めて戻ってきた。タマが先ほどよりは優しく佐野をつつく。逃げなければそんなにしつこくつついたりはしないのだ。


「はーっ、はーっ……笑いごとじゃないですよ。なんでまたつつかれてるんですか、俺……」


 佐野は荒い息をついていた。佐野の体力はなさすぎだとタマは思う。今後はしっかり鍛えてやらねばなるまい。


「あー、多分アレだな」

「アレ?」

「今日連れてった先に子どもたちがいたんだがな。その子どもたちがポチとタマの名前がおかしいっつってたんだよ」


 佐野は目を逸らした。心当たりはありそうである。


「まー、普通ポチっつったら犬だし、タマっつったら猫だろ? まぁポチの落ち着いてるところはでっかい犬っぺえし、タマのしなやかな動きとかは猫っぽいけどな。いくらなんでもポチとタマはねえだろ」


 ガハハと湯本がまた笑う。


「ええ、まぁ……名づけのセンスとか、ないんで……」

「そうだろうな。で、ユマはなんでユマなんだ?」

「うーん……」


 佐野は考えるような顔をした。やっぱり何も考えていなかったようである。タマはまたつんつんと佐野をつついた。


「あー、もう。それ、地味に痛いんだよ……もうなんつーか、うまく言えないんですけどユマはユマだと思ったんですよ」

「なんも浮かばなかったに近いのか」

「そんなかんじですねー」


 やはり佐野は適当に名前を付けたらしい。

 湯本が帰ってからも、タマの機嫌は直らなかった。


「タマ、ごめんよー。でも今更別の名前とか付けられても困るだろ?」

「ニクー」

「え?」


 タマは佐野を睨んだ。佐野はなんて察しの悪い飼主なのだろうか。


「オニクー」

「えっと……もしかして肉を食わせたら許してくれるとか、そういう話か?」


 タマは頷くように首を前に動かした。


「ニクー」

「ニクー」


 ポチとユマもよくわかっていないながら要求した。肉と聞いたら食べたくなるらしい。


「あー、もうしょうがないなー。肉、あったかなー」


 佐野は冷蔵庫を開けて中を物色した。佐野はニワトリたちにはなんだかんだいって甘いのをタマは知っている。だからといって侮っているわけではない。佐野の愛情を三羽共よく理解していた。


「豚肉が少しあるけど……少し湯がいてあげればいいか。量は少ないけど文句言うなよ?」

「ニクー」

「ニクー」

「ニクー」

「わかった、わかったって……。全く、肉食うニワトリってニワトリなのか?」


 そうぼやきながらも佐野はニワトリたちに餌を用意した。

 名付けのセンスもないし、マムシを見れば怯えるし、イノシシを捕ってやったら怒るしと困った飼主だが、そんな佐野のことがニワトリたちは大好きである。

 やはり佐野のことはしっかり見てやらないといけないとタマはしみじみ思ったのだった。



おしまい。

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