黄金の経験値/原純

  <このゲームには必勝法がある>



 国家転覆。口に出せばただ一言の言葉に過ぎないが、それを成すのは並大抵のことではない。

 綿密な計画と入念な準備、もしくは圧倒的な力か悪辣な搦手からめてが必要だ。

 特に今回はヒューゲルカップの領主とその騎士団のみで王城を制圧するという縛りもある。ただの力押しでは達成できない。

 ゆえにレア、ブラン、ライラの三人はヒューゲルカップ城にてそのための打ち合わせを行っていた。



「──じゃあそういう流れで。これならレアちゃんの力を最大限活用しつつ、表向きは我が騎士団の奮闘によって悪しき王家を打倒する感じになるんじゃないかな」

「いいんじゃないの。ライラがそれで良ければ」

「いいと思います!」


 ライラが締めくくり、レアがそれに同意した。ブランはちゃんと聞いていなかったがとりあえず賛成しておいた。

 レアは同意はしつつもどこか不貞腐れているようにも見えたが、そもそも彼女があからさまに子供っぽい感情を出すこと自体、ブランが知る限り稀である。だとすれば、これはきっと久しぶりに会った姉に不器用に甘えているのだろう。姉であるライラも「しょうがないな」と言わんばかりの微笑を浮かべている。

 似た顔が対照的な表情をしていて、そこに何となく繋がりのようなものを感じられる光景というのは、まさに姉妹といった風で感慨深い。ひとりっ子であるブランにとっては尚更だった。

 こう、なんと言うのか、旧世紀の言葉で「てぇてぇ」と言うのだったか。なんかそんな感じ。

 ともあれ、これでオーラル王国転覆の打ち合わせは粗方終わったと言える。

 あとは各小隊の細かな動きや必要物資の調達に関する話だが、それはライラの配下の騎士団だけで済むことである。



「さて。打ち合わせも終わったところで、親睦を深める意味も込めてちょっとした自己紹介も兼ねた親睦会といこうか。えっと、ブランちゃんだっけ?」


 ライラがそう言うと、レアは「じゃ帰るね」と言って去ってしまった。自己紹介がしたくないというわけではなく、前回すでにしていたかららしい。後から聞いたことなので、この時点ではブランは「まだ照れてるのかな」とか思っていたのだが。


「あれ? でも自己紹介ならわたしももうやりましたよね? もしかして健忘症とか若年性認知症とかそんな感じですか? じゃあもっかい言いますね! わたしはブランって言う名前で──」

「それはこの間やったし、私は健忘症でも何でもないよ。てか今名前呼んだしね。私が言ったのは他のメンバーのことさ。私のところの手下とか、そっちの顔色悪い三人娘とかね」


 そういえばアザレアたちをライラにちゃんと紹介したことは無かった。

 興味がないふりをしながらライラの話に耳を傾ける初めての友人の姿がくて作戦会議の内容は真面目に聞いていなかったが、これから何かしらの作戦を共にするのなら紹介しておくべきだろう。


「じゃーうちのモルモンたちから紹介しますね! 右の眠そうな目つきの子がマゼンタで、真ん中のちょっとツリ目の子がアザレア、残りがカーマインです! よろしくしてあげてください!」

「よろしくね。でも、正直私にはみんなおんなじ顔に見えるな……。今のうちに謝っておくよ。間違えて呼んだらごめんね」

「問題ありません。何でしたら、普通の目つきのマゼンタと目がランランとしているその他二人、とお呼びいただいても構いません」

「いえ、賢そうなアザレアとその仲間たちの方が覚えやすいかと」

「あの、ご挨拶の前に私としてはご主人さまにちょっと言いたいことがあるのですが」

「……なるほど。誰が誰なのかよくわかったよ。さすがだねブランちゃん」

「いやーそれほどでも!」

「ここでその返しが出来るあたり本当にさすがだよ。……昔から、私とレアちゃんには友達と呼べる子が少なかったものだけれど。ブランちゃんなら大丈夫そうだね。いや本当にこれはすごい才能だと思うよ。天然さとほんの少しの知性とちょっとしたアレさの奇跡的なバランスというか」

「バランス感覚って片足立ちとかですかね? そっちはちょっと自信ないんですけど。やったことないんで」


 なんなら二本の足でさえ立ったことがない。とはいえVRの世界ならいくらでも出来るし狭い洞窟の中をハイハイするなら得意なので、バランス感覚ももしかしたらあるのかもしれない。

 するとそれが伝わったのか、ライラは顎に手をやってしばし静止した後、呟いた。


「……まさに、今の一言にすべてが集約されている気がするね。やっぱりさすがだよ。これからもよろしくね。

 まあそれはそれとして、どっちがレアちゃんの一番に相応しいか、それは決めておかなければならないよね」

「あれ? 今そんな話してましたっけ?」

「してないよ。これからするの」

「あ、そうなんですね。なら良かった。良かったのかな? どっちだろ……」

「だから、君たちにはちょっと今から戦ってもらいます」

「良くなかった方だった! なんで!? 君たちって誰と誰がですか!?」

「ブランちゃんのところのアザレアとマゼンタとカーマインと、私のところの騎士ライリエネがかな。私とブランちゃんとで直接やり合うのは被害が大きすぎるからね」


 すると壁際に控えていた女性がひとり、テーブルに近づき礼をとった。指先までぴしりと伸びたその所作は美しく、この国の礼節を知らないブランにも完璧な作法であろうことが察せられた。


「騎士ライリエネと申します。よろしくお願いいたします」

「あ、これはご丁寧にどうも……じゃなくて! 今から戦うんですか!? この人とうちの子らが!?」

「そうだよ。ま、いくら眷属と言ってもガチで戦うのもアレだから、ここは代理戦争の代理戦争、つまりボードゲームでやり合ってもらって、格付けと共に親睦も深めようってそういう趣向かな」

「ボードゲームなら代理を挟む必要はないのでは……? いやなんかライラさんと頭脳戦しても勝てる気しませんけど」

「そう言うだろうと思って」

「そう言うだろうと思って!? よくわからんけどとにかくすげー自信だ!」

「配下同士でフランクにゲームをしようって話なわけさ。私とブランちゃんは監督みたいな立場ね」

「なるほどー! なる……ほど?」


 ブランは訝しんだ。

 ここはヒューゲルカップ城。ライラのホームである。対するブランは完全なるアウェー。しかも舞台ゲームを用意したのはそのライラ。これは不利では、とさすがのブランでもわかる話である。ここ最近のブランはさすがさに定評がある。


「もちろん私が用意したゲームだから、私の側はライリエネ一人、ブランちゃんの側は三人がかりで構わないよ」


 三対一でいいのなら勝ち目が見えてくる。いや勝ち目しかない。


「まじすか! ならなんとかなるかも! いくら賢そうなライラさんの部下でも三人に勝てるわけないだろ! よっしゃイクゾー!」



 負けました。

 盤上の土地や資源を奪い合い、先に金資源を三〇トークン分集めたプレイヤーから勝ち抜けというゲームだった。ブラン側は相手の三倍の手数と初期リソースがあったため有利なはずなのだが、なんだかよくわからないうちに負けてしまった。


「先物で売ったオレンジが……! 嵐さえ来なければ……!」

「あそこで七さえ出てたら……! きんトークンが八倍になってたのに!」

「チューリップ……モザイクウィルス……うっ頭が」


 アザレアたち三人はテーブルに突っ伏して呻いている。その様子をライラの配下のライリエネという騎士は気の毒そうな目で見ている。

 ライラはと言うと、面白くなさそうにため息をついていた。


「どうやら、ブランちゃんのところのモルモンたちには投資の才能はないようだね。一部ギャンブルにハマっちゃった子も混じってるけど。まあ投資もギャンブルの一種と言えなくもないか。このゲームだと投資の結果はダイスで決まっちゃうし」

「なるほどー。それで負けちゃったんですね。じゃあ悪かったのはゲームの腕じゃなくてダイス運かな」

「いや投資で失敗しなくても勝ってたけどね。運の介在しない戦略を練ってたから」

「何その負け惜しみ! いや勝ち惜しみ? ライラさん、そういうとこですよ!」

「そういうとこ……が何?」

「そういうとこがレアちゃんに嫌われる原因なんですよ! たぶんですけど」

「そうなの!? 完全に無意識だった!」

「無意識であのセリフ出ちゃうんすか! 人としてだいぶ拗らせてますね!」

「まじかー……。よし、格付けは私の方が上で確定したことだし、ちょっとそのへん詳しく聞かせてよ。レアちゃんに好かれるムーブってやつをさ」

「あ、格付けの話まだ生きてたんですね。て言っても、これは嫌われるやろーなムーブはわかっても逆は保証できませんよ。わたしも友達あんまいないし。まあ、あえて好かれるムーブをする必要があるのかはちょっとわかんないですけど──」

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