2
祭りの準備で活気づく街をイザクと歩く。
荷物を持ってくれるおかげで、今日は普段よりたくさんの買い物をすることができた。
「いつもすべてひとりでやっているのか? 洗濯も食事の用意も子供たちに手伝わせればいいじゃないか」
「子供たちにはきちんと学校に行かせたいですし、今はシャロームの祭りの前ですから」
読み書きができれば、この先仕事にあぶれることはない。ある程度の年齢になったら、子供たちは孤児院を出て行かなくてはならなくなる。
「子供たちのためですもの。イザク様のようにわたしももっと頑張らないと」
「ミリに比べればわたしは大したことはやっていない」
「いいえ、イザク様の援助が無かったら、孤児院自体立ち行かなくなります。わたしにできるのは体を動かすことだけですから」
それに忙しい方が何も考えなくて済む。目の前の雑事に追われる
ミリは戦争で犠牲となった村のたったひとりの生き残りだ。
焦土と化した故郷。火の海に飲まれ死んでいった家族たち。
何もかもが一瞬で焼き尽くされた。
輝く未来に生きる人々の中で、ミリだけが未だ戦禍に取り残されたままだった。
もうすぐ戦争が終わった日がやって来る。祭りが行われるのも、訪れた平和に感謝を捧げるためだ。
浮かれ立つ街並みを、ミリはどこか遠くのことのようにぼんやりと眺めていた。
それでも笑顔を保っていられるのは、となりを歩くイザクのお陰だろうか。
通りすがりに男たちの会話が、ふとミリの耳に入ってきた。
「俺も戦地に赴いたが、あの時の
ざわつく心とは裏腹に、ミリの足がその場に止まる。
「いや、なんといっても
「もっともだ。我が軍に犠牲を出さずして敵を
酔った様子の男たちは
勝利を得るために、ミリの村は
それ以上は聞いていられなくて、ミリは街道をひとり駆け出した。
五十人もいない小さな集落だった。
だがあそこには長い間受け継がれてきた確かな営みがあった。
それが老いた者から年端の行かない子供までもが、一瞬でむごたらしく焼き殺されてしまったのだ。
「ミリ……!」
イザクの声も届かずにミリは足を引きずり走り続けた。
石畳の段に爪先を取られ、つんのめった先で両手と膝を付く。息切れと動悸の苦しさで、破裂しそうな心の痛みからミリは懸命に目を背けようとした。
「大丈夫か、ミリっ」
近くまで来たイザクが息を飲むのを感じた。スカートがめくれ上がり、火傷の痕が広がるミリの素足が
我に返ってスカートで足を覆い隠した。何も見なかったように、イザクはミリを助け起こしてくる。
「怪我はないか?」
「はい……いきなり走り出してごめんなさい」
「突然どうしたんだ? わたしが何か気に
「いえ! イザク様は何も」
「ミリ、待っとくれ!」
追いかけてきたのは肉屋のおかみだ。ミリが孤児院で働いていることを知っていて、常日頃から何かと親身に相談に乗ってくれていた。
「うちのひとが心無いことを言ってすまなかったね」
「おばさん……いいんです。わたし、気にしてませんから」
力なく首を振る。おかみはミリの境遇を知る数少ない人間だ。
「そこの旦那。ミリは最果ての焼かれた村の出身でね」
「ミリが……?」
「ああ、運よく生き残ってね。たった独り残されて、まだ若いのに苦労ばかりで……あたしゃ
「やめて、おばさん! すみません、イザク様。今の話は忘れてください」
「あ、ああ……」
見えてしまった醜い傷跡も。どうかイザクの記憶から消えてなくなるようにと、ミリは心の中で祈っていた。
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