3
それからというもの、イザクの訪れは目に見えて減っていった。
たまの用事で会えたとしても、触れるどころかミリの目を見ようともしてこない。やさしかったイザクは、会うたびに明らかにミリに対してそっけなくなった。
きっと醜い傷跡を見られてしまったせいなのだろう。
(初めから住む世界が違うひとだったのよ)
絶望の淵に追いやられ、それでもミリはイザクへの想いを消すことはできなかった。
飢えに苦しむこともなく、あたたかな布団で横になることも毎日できる。ミリがこうして日々を過ごせるのは、イザクが援助を続けてくれるからだ。
だから、恨んではいけない。
この平和になった世界で、イザクもまた生きているのだから。
孤児院の仕事にミリはますます忙殺されていった。まるでその心を麻痺させるかのように、自身を追い込み日々の作業にのめり込んでいく。
しかしイザクによる寄付金は驚くほど増やされて、孤児院を手伝う人員も次第に有り余ってきた。
「ミリさんは休んでていいんですよぅ?」
「そうですよ。ミリさんはここの院長になったんですから。座ってゆっくりしててください」
遠くから聞こえる子供たちの声に、死んだ弟の叫びが重なった。
ミリは未だにあの日を夢に見る。
生き物のように荒れ狂う炎、むせかえる煙と熱に逃げ場なく取り囲まれる。成す術もなく火の海の中で、ミリは何度も何度も繰り返し家族を失った。
昨日のことのような臨場感をもって、その情景はミリを果てなく追い詰める。
夢を見る気力もないほど、体力尽きるまで働き通しのほうが楽なのに。
ぽっかりとできた何もすることのない時間に、ミリの思考と感情が次第に
そんな中でもイザクの存在が心の支えとなった。
苦しいときミリはいつでも、穏やかな彼の笑顔を思い浮かべた。
戦争で苦しんだのは何も自分だけではない。国中が疲弊し、ようやく平和を手に入れたのだ。
今、自分はイザクに生かされている。そのことに感謝し、イザクのしあわせを遠くから祈り続けよう。
家族の無残な最期が胸をよぎっても、ミリは自分にそう言い聞かせ続けた。
乾いた風が吹く中、ミリは気晴らしに外へ出た。
なぜ自分は未だここにいるのだろう。
部屋に籠っていると、そんな疑問が湧き上がってくる。
孤児院の院長として皆から必要とされているはずなのに、ミリの心は常に無価値感に占拠されていた。
風にはためく干されたシーツの列が、太陽の匂いを運んでくる。
いつかこのあたたかな香りの中に、イザクとふたりで閉じ込められた。
彼はとうに忘れてしまったかもしれない。
くるまれたシーツの中での甘い口づけは、ミリにとって永遠に消えない秘密の宝物だ。
(このまま消えてなくなってしまおうか……)
やさしい思い出に包まれて、すべてを終わらせてしまえたら。
「ミリ……!」
「イザク様……?」
駆け込んできたイザクに、ミリは息を飲んだ。
あの日も彼のことを考えていて、イザクは目の前に現れた。
「あ、いや、ミリが独りで泣いているのかと……」
吹く風に誘われるように、イザクの手がミリの頬に延ばされる。
あの日のように唇をなぞる指先が、心を覆う冷たい氷をやさしく溶かしていった。
「すまない、わたしの気のせいだったようだ」
視線を逸らし、イザクはミリから手を離した。残された僅かな温もりに、ミリの心がどうしようもなく締めつけられる。
(イザク様はずっと変わらない)
そして、きっとミリの秘められた想いも。
風にあおられたシーツが、割るようにふたりの間を隔てていった。
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