第12話

 もう日は落ちてしまい、街灯や家の窓から差す光が夜道を照らしている。


 と言うか、何でこんな豪邸ばっかなの!?


 右を見ても、左を見ても、三百坪以上の家ばかり。


 もう、庭広っ、家でっか、と単純な感想しか出てこない。


 龍海って、お嬢様だったの……。いや、名前からしたら、そっちの人の……!?


 そう思うと一気に血の気が引く。こんな時間まで連れ回して、しかも、男と一緒って………何されるの、俺。今さらながら帰りたくなってきた。


「ん? どうしたの?」

「いや、龍海って金持ちだったんだな」

「そう、なのかな?お父さんがお医者さんだからかな?」


 龍海からそう聞いて、ほっと胸を下ろして安堵する。


 良かった、お医者さんなのか。なら、安心して送って行ける。


 そう安堵したのも、束の間、龍海がここだよ、と言って家に着くと、玄関なのか、門と呼んだ方が早そうなぐらい大きな鉄格子の扉があった。


 そして、メガネをかけて綺麗に七三分けになっている中年男性が居た。立っているだけで圧が凄いんたけど。えっ、この人もしかして。


「ん?」


 街灯に反射してギロッとメガネが煌めく。身体が緊張で固まる。


「あ、お父さん!」

「ユキ〜〜〜!!!!!! 遅かったじゃないか!!!!パパ心配したんだぞお!!!!!」


 ハートを飛ばして娘に抱きつく中年、龍海のお父さん。龍海も嫌そうにはしていない。


 さっきまでの圧は何なんだったんだろう。今は娘にベタ甘のお父さんにしか見えない。


「もう、恥ずかしいから」

「おお、ごめんな。で、キミは?」


 ギロッと睨み様にこっちを見る龍海のお父さん。また緊張で身体が動かなくなる。


「あ、龍海、さんとは同じクラスで! 宮本 秋一と言います!」

「ほお。娘とはどう言う関係かな?」

「えっ、あ、ただのクラスメイトと言いますか、友達です」


 ふむ、と考え込む龍海のお父さん。冷や汗が止まらない。心臓の鼓動も早く今にでも爆発しそうだ。


 俺は、何で緊張しているんだ。友達として、友達を家まで送りきただけだろ。疚しい事なんて一つもないんだから、堂々としていれば良いんだ。でも、このお父さんに睨まれると冷や汗が止まらない。


「ただの友達とこんな遅くまで?」

「あ、はい! 誓って、娘さんには何もしてません!!」


 俺は何を言っているんだ。どうしてそんな事を言わないといけないんだ。


「そうか。まあ、これからもユキと仲良くしてくれ」


 がしっ、と肩を掴まみながら高笑いをする。笑ってるけど、手の力が尋常じゃないぐらい強いんだけど!?


「じゃあ、ユキ。行こうか」


 そう言って、大きな扉を開けて入っていく。俺はふう、と肩に入っていた力を抜く。


 踵を返し、家に帰ろうとする。


「ん、どした?」


 服が掴まれて、後ろを振り向くと龍海が居た。


「あ、あの。……とも……だち」

「あ、うん。友達、嫌だったか?」


 そう言えばと思い出し、少し焦る。委員会でも親父の事でも好かれてはいないよな。友達って言うのは傲慢か。


「いや、えっと、嬉しくて……ありがとうって、言いに」

「えっ、そんな事で?」

「そ、そんなこと……」


 顔を真っ青にして落ち込む龍海。慌てて、俺は謝る。


「悪い悪い。んーあ、連絡先交換しとくか」

「えっ、いいの?」

「当たり前だろ。友達なんだし」


 そうして、龍海とLI〇Eを交換して、その日は家に帰った。


◆◇◆◇


「ただいま」


 家の玄関を開けて、家に入って行く。まだ肩いてえ。どんな力で掴んだんだよ、あのメガネ親父。


 家に帰ってきたら、色んな意味で疲労した身体が軽くなった気がする。


 ごめん、嘘。まだまだ疲労しそうだ。


「シュウちゃん、おかえり」

「た、だいま」


 仁王立ちで腕を組み、待ってました、と言わんばかりにこっちを睨んでいる。


「何でこんな遅くなったの?」

「委員会で」

「確か、うちは五時か六時には終わるよね。今何時?」


 思った以上に龍海の家は離れていて、家に着いたのは二十一時頃。いつもなら三十分もあれば帰って来れる。


 憤怒した様子のユイ。もう、何でお前が怒ってるんだよ……。靴を脱いで家に上がる。ユイを無視してリビングに行こうとする。


 がしっと力強く腕を掴まれる。


「話は終わってないよ。何で遅くなったの?」

「………龍海に詫びでクレープ奢ってただけだよ」

「それだけ?」

「……後は、家に送ってただけだ。それ以外は何も無い」

「ふーん。こんなですか。良いご身分だね」


 含みがあるいい方をするユイ。カッチーンと頭に来た。何でそこまで俺が怒られないといけないんだ。別に彼女でも無いんだから、そこまで怒る必要はないだろ。


「関係ねえだろ。お前に」

「かっ! 関係あるもん!!」

「ねえよ。離せ」

「あるもん! あるもん!」


 ぼかぽか、と少し痛いぐらいの力で殴ってくる。


「ねえよ。遅いんだからさっさと家に帰れ」

「隣だから秒あれば帰れるし」


 クソ野郎、これだから幼馴染は。


 ユイが離さないので引きづってリビングに行く。


 リビングに入ると、母さんがソファーに座りながら、お茶を飲んでいた。


「あら、遅かったわね。何してたの?」


 母さんもかよ。笑ってはいるけど、雰囲気から怒りが節々と伝わってくる。


「何も。飯ある?」

「嘘だ!!! さっき同級生の女の子と楽しくデートしてたって言ってたもん!!!」

「言ってねえよ!」

「あらあら。まあ、遅くなるなら連絡ぐらいはしてね。ご飯はあるから、温めて食べるのよ」


 そう言われ、横でギャーギャーうるさいユイを無視して、キッチンの方に置かれているテーブルのおかずをレンジに入れる。


 味噌汁も温め直そうとすると、ユイがそれは私がやるから座ってて、と言うので任せる事にした。


 チ─ン。おかずが温まりそれを持って、テーブルに行く。椅子に座ると、ユイがホカホカの白米と味噌汁を持ってきてくれる。


「いただきます」


 今日はご飯に味噌汁、カレイの煮付けだ。美味しそうな煮付けの香りが鼻を擽る。


 さあ、食べようと思い箸を取ろうとしたら、箸が無くなり、横でユイが煮付けを掴んでこっちに向けてきていた。


 黙って、取られた煮付けを食べる。もう構ってやれる程、体力が無い。


 うん、程よく味が染みてて美味しい。


「どう?」

「ん、美味い」

「えへへ、良かった〜!」


 頬を緩ませて喜ぶユイ。何故、お前が喜ぶと不思議に思いつつ、差し出されるご飯を食べる。


「今日はユイちゃんが全部作ってくれたのよ。有難く食べなさいよ」

「えっ、マジか」


 母さんが作ったんだと思って食べていたから、少し驚く。いつの間にかここまで、料理スキルを上げていたのか。


「やっぱ、食べづらいから箸寄越せ」

「やだ」


 ムカッとしたが、もう本当に元気がないので、黙ってユイに食べさせて貰った。

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