第11話
駅前に向かって歩いている。会話はしても、一言、二言で終わってしまい会話が続いていない。しかも、俺の一歩後ろを歩いていて、歩くのが早いと思って速度を落とすと、龍海も歩く速度を落としてくる。
まあ、何が言いたいかと言うと、超気まずい。もう、額から冷や汗が流れるぐらいは気まずい。
ユイなら、勝手に腕を組んできて今日あった出来事を楽しそうに、悲しそうに、怒ってたりと話をしてくれて、それに受け答えをするだけだった。
龍海は何が好きで、何が嫌いかはよく知らない。だから、会話のネタが思いつかない。
話をして、それが地雷だったりしたら、それこそ本末転倒だろう。今は、このままでいいか。
そう思い、会話はせず、駅前に向かう。
駅前に着いて、龍海に何が食べたいか聞くが、えっと、あの、と言い淀んでいて中々答えてくれない。
俺が適当に買ってきてもいいのだけど、食べれない物を買ってきても無駄になってしまう。佐伯に何が好きぐらいは聞いておけば良かったな。
じーっとクレープを持った女子高生二人組を目で追う龍海。
「あれ食べたいのか?」
「えっ、いや、ちがっ、わないけど……」
「じゃあ、行くぞー」
龍海の腕を掴んで引っ張って連れていく。またもじもじされて動かなくなられても困る。ここは、強引にでも連れて行こう。
クレープ屋まで来くる。
「いらっしゃいませ! 何にしま」
言いかけて、口を開けたまま固まる店員さん。
「何かありましたか?」
「い、いえ! ご注文はなんでしょうか!!」
妙に元気な声で言う店員さん。何なんだろうか。よく分からないが、龍海に何か食べたいかを聞く。
「どれにする?」
「えっと……」
もじもじと身体をくねらせて、周りをちらちら、と見ている龍海。大変可愛らしくてこのまま見ていたいが、そろそろ苛立ちも限界に近いので早く決めて欲しいところ。
後ろにも人が並んで来てしまっているし、帰る時間も遅くなってしまう。んー、こう言う時はどうすればいいんだろ。
「食いたい物無かったか?」
「……し、しせん、が……気に、な……」
良く聞こえないが、視線がどうとか。確かにさっきから気持ち悪いと言うか、羨望を感じさせる気色の悪い視線を感じる。
周りを見ると、数人でグループを作っている女子高生や女子大生らしき人達がこっちを見てたり、スマホを向けていた。
あー、そういう事か。俺は直ぐに顔を心底嫌そうな表情に変えて、しっしっと手を振って、こっちを見ていた人達が散っていく。
「これで、選べそうか?」
「う、うん」
それから、龍海はイチゴスペシャル全部のせを頼んで、俺はチョコバナナを頼む。
「お待たせしましたー!」
少しすると、店員さんから出来たてのクレープを渡されて、食べながら座れそうな所を探す。
木が植えられており、その目の前に等間隔に置かれているベンチの一つに龍海と座る。
龍海は一人分離れて座る。相変わらず、距離取られてるなあ。でも、クレープは美味しそうに食べてくれてるから良かった。
「龍海は、えっ、何?」
手を顔の前に出されて、龍海がそっぽを向いてしまう。えっ、縮める前に、俺、嫌われてたの…………。
「あ、その、その顔だとちゃんと見れないから、その、余りこっちを見ないでくれると……」
「あ、そうか。それは悪い事をしたな……」
胸にグサッと矢が刺さるような痛みが走る。本当に嫌われていた。そりゃあ、そうか。今まで仕事押し付けて、お詫びをクレープで済まそうとする男とは目も合わせたくないって事か。
ならば、なるべく視線を合わせないように反対側に顔を向けよう。
「あの、一つ聞いても、いい?」
「おっ、いいぞ」
初めて龍海から喋りかけられた気がする。一気に今にでも踊りたくなるぐらい嬉しい気持ちでいっぱいになる。
「えっと、何でそんなに顔を隠すの?」
一気に嬉しい気分から、落胆する。俺が一番聞きたくなくて質問で聞き飽きた質問だ。いや、分かる。逆の立場なら気になるし、聞いてみたいと思ってしまうのも。だけど、本人が隠しているのだから、それ以上は踏み込んで来ないのが暗黙の了解だ。
だけど、龍海が初めて自分から喋りかけてくれたのも、無下にしたくない。んー、どうしたものか。
「あ、ごめんね! その気になっただけだから、無理に答えなくても! いや、あの、ごめんなさい……」
あわあわと慌てて、直ぐにズーンと肩を落して顔を暗くさせる龍海。
まあ、いいか。答えても。
「まあ、色々理由はあるけど。一番は親父が嫌いだからかな」
「冴木さんが?」
「ああ。この顔、親父そっくりだろ? それで、苦労する事もあったし。何より、ベタベタと触ってくるし、悪気のない顔で人の領域に踏み込んでくる最低でクズで、酒好きで、尊敬のその字すら出てこない碌でもない親父だ。そんな親父と顔が同じって、生きてるだけで恥だろ?」
如何に、俺が親父が嫌いかを教えてやる。まだまだあるが、今日はこの辺にしておいてやろう。
龍海は、口を開けたまま呆気に取られていた。ヤバい、喋り過ぎたか? あ、そうか。龍海は親父の大ファンって言っていたか。
ファンとして親父が好きな龍海に今の話は逆効果だろう。
やってしまったと、後悔が広がってしまう。
「?」
どうしたらいいか、悩んでいると龍海がいつの間にか距離を詰めてきて、小さな手で頬を押さえてきた。
冷たいけど、ほんのり暖かくて、柔らかい感触が頬から伝わってくる。輪郭が整った小さな顔なのに、鮮やかな深紅の瞳が夕日に照らされて煌びやかに輝いている。
「そうかな。似てはいると思うけど、宮本くんの方が顔小さいし、目もパッチリしてて綺麗な黒色だし。鼻筋も微妙に違うと思うし、それに………」
顔が急に赤くなっていき、直ぐ様に離れて行く。
ううう、と唸って顔を背けている。
本当に表情がころころ変わって忙しいやつだ。
「まあ、なんだ。ありがとうな」
「えっ」
「俺にとってこの顔はコンプレックスだったから、そう褒めてくれると嬉しいって言うかさ。少しは自信が持てる様になったよ。ありがとうな、龍海」
改めて、お礼を言う。本当に嬉しいとも思ったし、見る人には親父と違うって分かったし、この顔も悪くないって思える様に……。
昔の記憶が蘇ってくれる。頭の中がぐちゃぐちゃになって、腹の辺りが気持ち悪くなってくる。今にでも胃の中の物が戻ってきそうな感覚に襲われる。
ああ、こう言うのがダメなんだろうな。まだ自分の顔は好きになれそうにない。
「だ、大丈夫?」
「あ。悪い、大丈夫だ」
龍海が心配そうな表情で見てきて、ハッとなり、直ぐに元に戻る。
「そろそろ帰るか」
「うん」
「家何処だっけ? 送ってくよ」
「えっ、いいよいいよ!?」
そう龍海は言うが、もう空は薄暗く、夕日がもう建物に隠れて見えなくなってきている。
この時間まで連れ回したのは俺だし、このまま帰してしまうのは申し訳がないって事を説明して、龍海に何とか了承をもらった。
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