第10話

 返却ポストに入った本を順番に戻していく。数はそこまで無く、直ぐに終わりそうだ。


 えっと、これは歴史の本のとこで、お、あったあった。本を戻してと。


 次はと見ると、見た事がない古典の本と思わしき古びた本だった。こんなの誰が読むんだろう。


 本棚を見ながら探していく。


 ここも、ここも、違う。本を見て同じ種類の本がないか探すが見当たらない。と言うか、本当に本の数多いな。こんなにあって、借りる人は居るのだろうか。さっきから全然、人と会わないし。ふと、周りを見るが、窓際に一人、本棚を見ているのが一人、二人と片手で数えられるぐらいしか居ない。


 まあ、学校の図書室ってこんなものだろう。


「あ、あった」


 それらしき棚を見つけて、本を戻す。


「その本はこっちだぞ」


 そう言われて、横を見ると大沼会長が居た。


「あ、すみません」


 大沼会長に着いて行き、本を戻し終わる。


「助かりました」

「このぐらい任せとけ。てか、宮本って図書委員だっけか?」

「それが」


 大沼会長に経緯を伝えると、こいつマジかと呆れと軽蔑の視線を向けられる。


 分かってたけど、結構、心を抉られるな。


「はあ。しっかりしてると思ってたけど、意外と抜けてるな。その子にお詫びちゃんとやれよ」

「うっす」


 それを聞き終わると、大沼会長は行ってしまう。俺は残りの本を戻してから、龍海の所に戻って行った。


「終わったぞ〜」

「お疲れ様。後は時間までここに座って受付するだけで大丈夫だから」


 そう言われ、龍海の隣に座る。龍海は本を読んでて、たまに来るヒトの受付を手際良く終わらせて行く。


 俺はそれを見ているだけで、言ってしまえば暇だ。


 来る人数は少ないし、来ると龍海がやってしまうので本当に文字通り座っているだけだ。


 ん、見えにくい。メガネに誇りやチリが付いてて見えにくいから、カバンからケースを取りだして、拭く用の布を取り出す。


「ん、どした?」


 視線を感じて、龍海の方を向く。ぼやけてて龍海がどんな顔をしているかは分からない。


「あ、えっと、本当にカッコいいなって。あ」


 自分で言っておいて、照れてるのか? ふええ、と声が聞こえるから多分、照れている。メガネをかけ直すと思った通り、顔を赤くしていた。


「えっと、あの、冴木健人って人に似てるね。あ、えっ、怒った?」

「いや、悪い。怒ってはいない」


 冴木健人、と言われて勝手に顔が変わっていたぽい。直ぐに戻す。


「まあ、大体あってるよ。冴木健人って俺の親父だし」

「えっ!?」


 龍海から聞いた事もない大きな声を出して、驚愕していた。口を開けたまま固まっている。


「おい、大丈夫か?」

「へ、あ、大丈夫です……」


 ぷしゅうううと音を立てて、顔を赤くする龍海。


「あれか、龍海は親父のファンなのか?」

「ファンと言うか、大ファン」

「そうか……」


 ぐいっと顔を近付けてキラキラとした瞳で見てくる。


 何か、いつもと雰囲気が違うな。そんなにクソ親父が好きなのか。


「あれの何処が好きなんだ?」

「どんな役も完璧にこなしてて。バラエティーで観る優しいイメージと違うところも、いや、バラエティーで観る姿も好きなんだけど! この前のドラマで冷酷なキャラを演じる時のギャップも!!!!」


 ハキハキと早口で親父の好きなところを上げていく龍海。相当、好きらしい。


 それから、永遠と親父に付いての語りを聞かせる地獄を味わった。


「でね!でね!」

「すまん、これ以上は聞きたくない……」

「あ、ごめんなさい……。嫌だったよね、私ばかり喋ってて……」


 しゅんと肩を落として落ち込む龍海。


「そう言う訳じゃない。ただ父親の話を聞くと羞恥心が耐えられないだけだ」


 あー、と納得してくれたみたいだ。俺だけじゃなく、誰も自分の父親が好きだって話は聞きたくないだろう。


 龍海は黙ってしまい、暫く沈黙が続く。


 龍海はまた本を読み始めて、俺はする事がないから、ぼーと本棚を眺めているだけ。


 一人も本を借りにも、返しにもこないから本当に何もする事がない。


 はっきり言えば、つまらん。何で俺は図書委員を選んだんだ? 何回か思い出そうとしても、記憶に無かった。


 一度も学校は休んだ事はないし、授業だってサボった事は無い。それなのに、委員会の時だけの記憶が無いって。


 いくら考えても分からない。


「ど、どうしたの?」

「ん? ああ。いや、委員会を決めた時の記憶が無くてな。何でここを選んだんだろ」

「えっ」


 眉を歪め、口を少し開けて、こいつマジかと言いたげに固まっている龍海。


「そっか。覚えてないんだ」


 ボソッと小さな声で何かを言う龍海。聞こえなかったから、聞き返すが、何も無いとはぐらかされてしまう。


 キ──ンコ──ンカ──ンコ──ン。


 チャイムが鳴る。龍海が読んでいた本を閉じてカバンにしまう。今日は終わったんだと気づいて俺も帰り支度を済ませて立ち上がる。


「ん、帰らないのか?」

「いや、その、お先に……」


 またカタコトな喋り方になる。窓から射し込む夕日のせいなのか、普通に赤くなっているだけなのか顔が茜色に染っている。


 サボってた分、何か奢ろうと思っていたのだが、一緒には帰りたくない様子。


 んー、無理強いもよくないから先に帰るか。


「…………やっぱ一緒に帰らないか? 詫びもしたいし」

「いや、でも」


 もじもじとする龍海。あ、あれか。俺と誤解されるのが嫌なのか。それだと、本当に無理強いはよくない。


 だけど、今まで任せっきりにしていた詫びをしないと、俺の気が済まない。仕方ないか、嫌だけど。


「髪ゴム持ってない?」

「えっ、あるけど」

「ちょっと貸してくれない?」


 カバンを漁って、髪ゴムを渡してくれる。俺は顔を見せやすい様に髪の毛を縛って、カバンからコンタクトを取り出して、メガネからコンタクトに変える。


「これなら、俺って分からないと思うから。一緒に帰えらないか?」


 これで無理なら諦めよう。それ以上の無理強いはお詫び云々に、龍海にも申し訳がない。


 龍海は黙ったままだ。無理そうだな。諦めて帰ろう。そう思い、踵を返して引き戸を開けて図書室を出て行く。


「ま、待って!」

「どうした?」

「い、いしょ……にかえりましゅ。あ」


 噛んで赤くなる龍海。何だ、この可愛い生き物は。思わずドキッとしてしまった。


 それから、龍海に詫びをする為に、駅前に向かった。

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