第8話
「おい、シュウ? 大丈夫か?」
「あ、ん? 何?」
「だからさ、今週のウイジャンがさ」
創が何かを喋っているが、頭に入ってこない。ずっと今朝の事が頭に残っていてそれどころじゃなかった。
俺、本当にキスしたんだ。未だに感触が残っている気がする。
「創、キスってさ、実際は甘くないんだ」
「は? なんの話? そんな事……………えっ、何て?」
俺は立ち上がって、教室を出て行く。行く場所は決めていない。足が赴く方に歩いていく。
ドンッと鈍い音が鳴る。何故か額の所がヒリヒリする。俺は気にせずそのまま教室を出ていった。
それからは記憶に無く、いつの間にか中庭の花壇の隅で座っていた。
白色で顔にも見える黒い模様を付けたモンシロチョウが飛んでいる。俺はそれ眺めて居るだけだ。
何て事をしてしまったんだろう、俺は。不意にもユイの唇を奪ってしまった。
胸の中が罪悪感でいっぱいになる。
「はあ」
「ん、どうした? 宮本」
声が聞こえて顔を上げると、黒髪を短髪にしててメガネをかけている端正な顔立ちの男の人。この人は生徒会長の大沼 大吾さんだ。学校見学をしに来た時から何かと助けて貰っている頼りになって、信頼出来る先輩だ。
手にはホースを持っていて、さっきまで花壇に水やりをしていたんだろう。
「いえ、罪深い自分を戒めていたところです」
「全く分からんのだが。んー、いいから話してみろ」
そう言われ、溜まりに溜まっていた自分への怒りや後悔の言葉が流れる様に出て行く。
「最低なんです、俺。不意だったといえ、女の子の……奪ってしまって。その上、……を触ってしまって。女の子にとって大事なものを奪ってしまって。罪深い俺をそのホースで吊りし上げて下さい」
「んー、全く内容が入ってこないが、吊り仕上げるのは止めておこうか」
そう言って、俺の横に座ってきた。何故だ、こんな非道で残酷な俺なんてホースで首でも締めてくれないと懺悔にならないだろ。
いや、締めるだけじゃ、足りないって事か。水責めもして、火炙りもして、それから……。
「んー、女の子の大事な物を奪ったって事でいいのか?」
「そんなとこです……」
「お前はその子の事が好きなのか?」
「えっ、何でそうなるんですか」
「いいから、答えてみろ」
大沼会長の意図がよく分からないが答える事にした。
「好きか嫌いかで言えば、好きです」
「その子はお前の事が好きかは分かるか?」
「好きだと思います」
「それが分かってて、何で気持ちを受け取ってやんないんだよ」
だから、何でそうなると口にしようとしたが、言っても無駄だと思い黙ってしまう。
気持ちと言われても。ユイの気持ちに答えるのか。またしても昔の事がフラッシュバックしてくる。
「それは、嫌だ……」
「何で? お前も好きなんだろ?」
「だって、あいつ、俺の顔が好きだって言うんですもん」
「良いじゃん。好きな人が自分の容姿を好きになってくれてるんだから」
「……そうなんですかねえ」
大沼会長に言われても、何処か納得が出来ない。外見だけが好きな奴とか普通に嫌じゃないか? それに、容姿を褒められても、あのクズ親父を褒められてる気分になって、素直に喜べない。
「まあ、容姿以外も好きになって欲しい気持ちも分かる」
「ですよね! やっぱ、見た目ばかりに気を取られる女はクズばっかですもんね!!!」
やっぱり、大沼会長は分かる人だ。何だが、元気が出てきた。
そう思ってきたら、今朝の事はユイが悪いんだと思い始めてきた。
そうだ、あいつがキスしてなんて言うから、しようとしたら、顔をずらしてくるから! 俺、悪くないじゃん!
「ありがとうございます!!!! 何か元気出てきました!!」
「お? そうか。なら良いんだけど」
やはり、大沼会長は頼りになる人だ。そうと思ったら、直ぐに教師に戻って行った。
◆◇◆◇
「でな! やっぱり、大沼会長は頼りになる人で! なあ、聞いてるか!!!」
「へいへい。聞いてる聞いてる」
そう言っておきながら、スマホを弄っている創。絶対に聞いてないな。こいつ。
「やっぱ頼りになる大人は違うよな! あの人になら全部を捧げても良いと思えるぐらい!」
「それ、別の意味に聞こえるから止めとけ」
「え?」
はあはあはあ、と息を荒くさせて、こっちをギラギラとした目で見てくる古木。それを見て、自分が言った言葉に後悔する。
「はあ。俺、将来は大沼会長と一緒になりたい」
「いやだから、誤解されるぞ」
ヨダレを垂らして、うへへぐへへと気持ち悪いぐらいににやけている古木。ええ、思った事を口にしてるだけなのに。
「どう見ても、アレが可笑しいだけだろ」
「いや、お前も可笑しい」
「なんだとっ!?」
アレと同類されるのは些か不愉快なんだか。創に呆れつつ、それからもずっと大沼会長がどれだけ素晴らしい人なのかと話をした。
◆◇◆◇
四時限目になり、今日は調理実習をする。今日、作る物は肉じゃがと味噌汁だ。学生でも出来る様に簡単な物になっている。
「お前はそこで大人しくしとけよ。絶対に動くな」
学生でも簡単に作れるはずなのに、俺だけ椅子に座らされてクラス全員から動くな、と言われている。
「あのな、俺も成長したんだぞ。昨年みたいな事にはならない」
「信用ならん。手伝わなくていいから、お前は食べるだけていいから、動かないでくれ」
必死に訴えかけてくる創。周りの皆もうんうん、と頷いて賛同している。
そこまで言われたら、動くに動けなくなる。
まあ、手伝わなくて、美味い飯が食えるからいいけど。
だが、終わるまで暇なんだよな。授業中だからスマホ触ると怒られるし。する事がないから、昔の調理実習の事でも思い出してみよう。
あれは、一年の初めての調理実習の時。
今日とは違って、定番のカレーを作る事になっていた。
「おーい、シュウ。野菜きれた、は?」
「切れたぞ」
「いやいや!!!! 何でそんなに赤いんだよ!!! 早く手!手を!!!」
顔を真っ青にして慌てる創。他の人に急いで保健室に連れていかれ、手の傷を治療してもらう。
手の治療をしてもらったら、直ぐに調理実習室に戻ってきた。
「なあ、創。カレーってこれ入れるんだっけ?」
「ん、てっおい!聞いてんのに入れんな!!うわあ!!何で泡吹いてんだよ!!!!何入れた!!!」
「知らん。お前が止めないのが悪い」
「はあ?」
最悪、野菜を入れる前だったので泡を吹き始めた鍋の中身を捨てて再度作り直す。だが、創がお前は皿の準備でもしとけ、と言われて皿がしまってある棚に行く。
ガラガラガッシャーン!!
「あ」
皿を取ろうとしたら、手が滑って、棚から皿が雪崩のように落ちてくる。
「おい!! 何してる!? 皿出すだけだろ!!!」
「すまん。手が滑った。今片付ける。あ」
素手で皿を掴もうとしてしまい、指からピューと血が出てくる。そして、また保健室に連れていかれる。
「いいか? この鍋混ぜてくれるだけでいいから、他に何もやるなよ??」
「分かってるって。そのぐらい出来る」
怪しむ様な視線を向けてくる創。大丈夫、大丈夫だからと言って何とか信頼して貰い、任せてくれた。
それから普通に混ぜているだけ。何かつまらないな。まあ、いいか。
「ん、焦げ臭いわね。!? ちょっ!!! 焦げてる!焦げてる!」
急いで火を止めてくる佐伯。カレーってこんなものじゃないか?
「貴方、焦げてるのすら分からないの?」
「それぐらい分かるわ」
「なら、止めなさい!阿呆!!!」
バッッッシン!と頭を叩かれる。頭がヒリヒリと痛む。
もういいから、座っててと言われ、隅の方で大人しくしておく。
それから、調理実習がある度に小さな失敗はしていたが、まさか手伝うなとまで言われるとはな。
「俺も手伝うぞ?」
「やめろ」「やめて」「お願い、座ってて下さい」
班の全員から深く頭を下げられる。そこまでされたら、手伝いたくても手伝えないじゃないか。
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