第6話
「〜♪」
あれから家に帰ってきたのだが、ユイがずっとテンション高くして、鼻唄を歌って、ずっと擦り寄ってくる。
もうあの女子達は何もして来ないとは思うけど、警戒する事に越したことはない。二年から三年にかけて、一年の情報を収集している。
色んな所から聞くと、ユイの事は結構問題になっていたらしい。
ユイは容姿も良いし、性格も良いときて、男子からも女子からも人気はある。だけど、それを妬む連中は少なからず居る。
その中で、ユイが人気のある三年生の先輩からの告白を断ったらしく、その先輩が好きだった子から嫌がらせを受けていた。まあよくある話なのかな。中学も何度かあったのは知っている。けど、陰口を言われるぐらいで、ユイは平気!と言っていたのが記憶にある。
まあ、その時も鬱憤晴らしに創とそいつらを虐めたけど。
けど、今回は違うらしい。筆箱や靴を捨てられたり、ユイの財布からよくお金が消えていたらしい。
あの場ではああ言ったけど、許する訳にはいかなくなった。徹底的に地獄を味あわせてやる。
「シュウちゃん、怖い顔してるけど。まだ何がするつもり?」
「ん、しないよ。ただ地獄を見せてやるだけだ」
「それは、するんだよ………。ダメだよ、これ以上は迷惑かけられないし」
「迷惑じゃない。俺がしたいからするだけ」
ぷくう、と膨れっ面になるユイ。ぶつぶつと何かを言っている。無視して報復の仕方を創と相談する。
「シュウちゃんお願い。もう大丈夫だから」
「断る」
「何でそこは頑固なの……。いいの。慣れてるから」
大丈夫、と言って笑顔を見せてくれる。ぎゅーと抱きついてくる。
大丈夫なら、そんな無理した顔をしないで欲しい。他にも居るのが確定したな。
スマホを閉じて、ユイの頭を撫でる。すると猫がゴロゴロと喉を鳴らすみたいに鼻唄を歌って嬉しいのを伝えてくる。
これは、本当にユイの為じゃない。気づけなかった俺への戒めなのだ。
何で、こう言う時だけ、終わってから気づくのだろう。ユイはいつも俺が嫌な事があると直ぐに来てくれるのに。俺は……。
「クズだな」
「どうしたの?」
「何もない。と言うか、そろそろ帰れ」
今はもう夜の十九時。飯も食べたんだからそろそろ家に帰って欲しい。
「今日は泊まるよ?」
「明日、学校だろ。帰れよ」
「やだやだ!! お義母さんからもOK貰ったもん!!」
「人の母をお母さんと呼ぶな! 」
「未来のお義母さんんだもん!! シュウちゃんが嫌だって言っても泊まるもんね!!」
あっかんべー、と舌を出してくるユイ。
「かーえーれ!」
「いーやーだ!」
ユイの背中を押して部屋から追い出そうとするが、華奢な身体をしてるくせに物凄い力で踏ん張られている。
この野郎、何処からそんな力が湧いてくるんだ?
「何でそんなに嫌がるの!」
「お前が布団に潜り込んでくるからだろ! あれやめろ! ビックリするだろ!!」
「たまにホラー映画観てるじゃん! あれぐらいで驚かないで!」
「映画で観るのと実際に目の当たりするのじゃ、驚き方が違うだろ!!!」
ぐぐっ、とどちらも譲らない。
「仲良くしてるのは良いけど、お風呂入っちゃいなさいよ?」
「はーい!」
そう言って、入れていた力を抜かれてしまい、俺は勢い余って、前に転倒する。
「そんなにスカート中覗きたいの? シュウちゃんが見たいならいつでも見せてあげるよ?」
「スカートって、お前短パンだろ……。たくっ、いきなり力抜くなよ」
「じゃあ、見たくない?」
「見たい」
ドヤ顔で言うと、思いっ切り背中を踏んずけられる。お前から言ってきたのに、何で……。
ユイはスタスタと風呂場の方に行ってしまう。
あいつの恥ずかしがる基準が分からん。自分でも見せてあげるって言ってたのに。
「秋一? 邪魔よ」
そう言いながら、俺を踏んずけてリビングを出て行く母さん。
やられ損で悔しい気持ちが残るものの、部屋に戻った。
◆◇◆◇
「……」
ユイが出てから、風呂に入って部屋に戻ってきた。そしたら、気持ち良さそうにすやすや、と寝息を立ててユイが寝ていた。
シンプルなピンク色のバジャマを着ている。すると、寝返りを打って大胆にボタンが外れた胸元が見えてしまう。突然だったので、パッと顔を横に向ける。
「はあ。だらしないな」
ユイの所に行き、外れているボタンを止めていく。昔からこう言う所は抜けている。毎度毎度、面倒を見る身にもなって欲しいものだ。
ボタンを止め終わって、風邪を引かない様に布団をかけておく。俺は眠くなるまで勉強でもしていよう。
教科書とノートをカバンから取り出して、机の引き出しからはノートを取り出す。
苦手な数学からやっていく。
「何で、手を出さないの?」
「ん、起きてたのか」
むくり、と上半身だけ起き上がらせるユイ。あれはわざとだったのか。
「あのな、付き合ってもない女に手を出す訳ないだろ? お前も男の部屋であんな格好はするな」
「私は手を出して欲しくてやったんだけど?」
さも当たり前みたいに言われ、呆気を取られて言い返せない。
こいつの中の俺はどうなってる? そこまで、倫理観を捨てた覚えはないのだが。
いやまあ、相手がユイじゃないなら、手を出してたかもしれんけど。
「シュウちゃんは私が嫌い?」
「そう言う話じゃないだろ。お前の為にも、男の部屋で」
そこで、枕を投げられてしまう。痛くはないが、そんな態度を取るユイにイラッとする。
俺が誰の為に、怒ってると思ってんだ。
ユイは怒っているのか、拗ねているのかよく分からない顔をしている。
これは、荒療治が必要なのか? いや、こいつには逆効果な気がする。
「相手がユイの事を好きでもなくてもやるのか?」
「シュウちゃんなら」
「俺以外で考えろ」
そう言うと、顔を俯かせて、布団をかぶって顔を隠し始めた。
暫く沈黙が続く。
数十分は経つが、未だに顔すら見せない。本人が言うまで待つか。そう思ってると、ユイが顔を出してきた。
「分かんないよ、シュウちゃん以外好きなった事ないもん……」
瞳を潤わせて、瞼には少し雫が乗っていた。
慌てて、ユイに近寄る。泣かせるつもりは無かったんだが、これは予想外だった。
ここで、甘やかすのが正解なのか、厳しく当たるのが正解なのか分からない。いいや、決まっている。ここで、甘やかしたらそれこそ、ユイの為にならない。色んな意味でも。
厳しく、厳しくするんだ。泣いてないで、考えろって言うんだ。
「ユイ」
「な、に?」
「俺はユイが大切なんだよ。それこそ、居ないとダメなぐらいに」
違う、そう言いたいんじゃない。叱ってやらないとダメなんだ。口が思ってもいない事を喋ってしまう。
「居ないと?」
「うん。だから、そう言う事をするな。俺だって男なんだぞ。我慢してんだから」
「がま、ん……」
ぽんぽん、と頭を叩いて、そのまま撫でてやる。
「ねえ、もう一つ」
「なんだ?」
「好きか嫌いかだけ教えて」
じっと力強く見てくるユイ。
これは答えるべきじゃないな。ここで好きと答えたら、ユイに要らない期待を持たせてしまう。でも、嫌いとも言えない。
どうしたものか。好きは好きだ。大事にしたいと思えるぐらいに。だけど、直ぐに昔の事が頭に蘇ってくる
『うん、顔が好き。顔がいい』
ぞっと身体に寒気が走る。
まだダメっぽい。
「はあ。嫌いだ!嫌い! 毎度毎度、面倒みさせられる身にもなれ! 俺がお前にどれだけ困らされてると思ってんだ!」
「そこまで言わなくていいじゃん! 私だってシュウちゃんの面倒見てるよ!!!」
「何処かだよ!」
「ご飯を作れないから作りきてあげたり! 部屋に脱いだままの服を洗濯機に持って行ったり! 汚した所は掃除してあげてるし! いつもいつもだらしなくシャツを着るからアイロンしてあげてるし!!!!!」
「くっ!」
ユイに言われたのは全部、本当で言い返せない。正に、ぐうの音も出ないとはこう言う事なんだろう。
でも、元気になってきたな。そうじゃないとこっちの調子が狂うってもんだ。
それからは、ユイと言い合いをして、コテンパンに言い負かされましたとさ。
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