第3話

「お前ら、ホームルームの間に席替えしとけよー」


 そう言って、気だるそうに椅子に座る田中先生。ジャージをいつもシワシワにしていて、髪も伸ばしっぱ、髭も伸ばしっぱで一目で分かるぐらいだらしない先生だ。


 こうやって、適当な所もあるが、生徒からは人気がある先生でもある。


 そうして、クラス委員がクジを作って皆が引いていく。


 俺も引いて、三十番か。何処だっけと黒板に書かれている席順を見る。あ、廊下側か。出来たら、窓際が良かったな。


 自分の机と椅子を持って移動する。すると、創がこっちに来た。


「シュウ、何処?」

「ん、廊下側の後ろの方」

「まじか。俺、真ん中の一番前だ。おーい! 誰かシュウの隣の人席交換してー!」


 そう言って、教室全体に響く声を出す創。止めんか、と頭にチョップを入れる。


「いてえ。何だよ! 親友が隣に来るの嫌かよ!」

「どうせ、カンニングしたいだけだろ。お前は前の席にいろ」

「ふざけんな! 前に行くと、サボれないだろ!!!」

「うるせー。お前はずっとその席でいろ」


 創を無視して、指定された場所に机と椅子を降ろす。


「相変わらず仲良いな、お前ら」

「そうか? あいつが一方的に絡んで来てるだけだと思うが」


 新しく前の席になった遠藤にそう言われる。その隣の古木にも、だよねだよね、何か熱い物を感じる! と興奮気味に言われた。


 多分、古木が思ってるものとは絶対に違うと思う。


 俺は見た目が地味で、それだけでクラスでは浮いてしまう。だから、なるべく色んなやつと絡む様にして、クラスで浮かない様にする。まあ、それでも浮いてしまう部分があるのは仕方ない。


 人と喋るのは嫌いじゃないし、関わるのは楽しい。


 それで、俺の隣は、と思ってそっちに視線をやると、創が良い笑顔で居た。


「……」

「おいおい、せっかく隣に来てやったのに、その顔はなんだ?」

「はあ。悪い、遠藤。席代わってくれ」

「断る! 女子の隣は譲らん!」

「くっ、じゃあ、古木!」

「は? 男と男の熱い友情を邪魔する訳ないでしょ? こいつの隣は嫌だけど」


 どんな理由だよ。もういい、諦めよう。創はそんなに嫌かよ、としょぼくれている。


 こいつの隣になるとろくな事がない。テストは平気でカンニングしようとしてくるし、授業は平気で寝るし、寝てる時、気持ち悪いぐらいニヤけてるから、イラッとするわで、本当にろくな事がない。


 待て、俺の後ろにはまだ席があったはず! 後ろの人に代わってもらおう。


 そう思って、後ろを向く。ショートカットだけど、前髪でよく顔が見えない女の子だった。見た事ない子だ。去年は違うクラスの人か。


「えっと、初めまして。俺は宮本。キミは?」

「えっ、あ、えっと、……か……い、です」

「あ、悪い。もう少し声大きくしてもらえる?」


 声が小さ過ぎて、よく聞き取れなかった。おどおどしてて、あ、えっと、あ、と言葉を繰り返してる。


「あ、あの、龍海です……」

「龍海ね、よろしく」

「よ、よろ、しく」


 まだおどおどしてて、目を合わせてくれない。かなり距離を取られている感じがする。どうしたものか。


「龍海」

「ひゃい! あ、どどど、どうしました?」

「えっと、まず落ち着こうか」

「おち、落ち着く……」

「はい、吐いて、吸って、吐いて」


 俺の合図に合わせて、息を吐いて、吸ってをするが、吸うのが長くて噎せてしまう。


「ごほっ!おほっ!」

「大丈夫か?」

「だ、だいじょぉ、ぶです……」


 大丈夫では無さそうだが、落ち着きを取り戻したみたいだ。だけど、視線だけは合わせてくれない。


「お前が怖いんだよ。そのメガネ外せ」

「あ? そんな事ないだろ。なあ、龍海?」

「そんな事あるよな、龍海さん」

「そ、そ、んな事はないです……」

「ほら! てか、お前だって目合わせてもらってないじゃん! 」

「はあ? そのウザったらしい髪とメガネしてたら、誰だって怖いだろ!!」


 創と言い合いになる。このセンスが分からないとは創もまだまだの様だ。まあ、理由は他にもあるけど。


 そのまま言い合いはエスカレートして行く。


「「なあ! 龍海(さん)こいつの方がセンス終わってるよな!!!!」」

「えっ? えっと……」


 目をぐるぐる回して、ぷしゅううと音をたてて頭から湯気が上がる。俺と創は驚いてしまう。


「え、大丈夫?」

「あんたら、ユキを虐めてるんじゃないんでしょうね?」


 そう言われて横を向くと、額に皺を寄せて、腕組みをしている佐伯が居た。


 金髪をミディアムぐらいの長さにしてて、端正な顔立ちで、きめ細かい白い肌、スラッとしてて、出るとこは出て、引っ込む所は引っ込んでいるスタイルの良い身体をしている。美人な女の子だ。


 美人が怒ると怖いって、本当だな。圧がヤバい。冷や汗が止まらない。


「あ、違うの! ヒメちゃん! 虐められてないよ?」


 さっきとは違って、スラスラと喋る龍海。あらそう、と返事をして顔を戻す佐伯。だが、直ぐに眉間に皺を寄せて俺達を見てくる。


「で? ユキに何してたの?」

「どっちのセンスが終わってるって聞いてただけだ。それ以外には何もしてない! だから、その顔止めてくれ」

「ふーん?」


 そう言うと、ぐいっと顔を近づけてきてくる。顔が怖くて目を逸らす。佐伯は少しすると顔を離してくれた。


「はあ。何でもいいけど、ユキを虐めたら許さないわよ?」

「「肝に銘じときます……」」


 そう言うと、佐伯は何処かに行ってしまう。


 嵐が去って、胸をそっと下ろす。


「あの、何か用事があったんじゃ?」


 お、ハキハキと喋ってくれる。何か嬉しいな。


「んー、もういいや。ごめんね、こっちが喋りかけたのに」

「ううん、こっちもごめんね。ヒメちゃんが」

「ん、それは龍海が謝る事じゃないだろ。あーでも、あれは怖かったなー。眉間にこうやって皺を寄せて!」


 さっきの佐伯のモノマネをしてみる。すると、大声上げて似てる!似てる!って爆笑する創。龍海もクスッと笑ってくれた。


「ほお、それで?」

「ええ、だから、………………申し訳ありませんでした」


 気づいたら、後ろに机と椅子を持っていた佐伯が居た。俺は急いで頭を机に付けて謝る。創は知らぬ顔で口笛を吹いていた。


「はあ。罰として、そのウザい髪切りなさい。と言うか、私が切ってあげるわ」


 そう言って、机を置いてカバンからハサミを取り出す。不気味な笑顔で俺を見てくる。


「止めろ! これだけは切るな!!」

「嫌よ。諦めなさい」

「ふざけんな! これ伸ばすのに何年かかったと思ってる!!!」

「女子みたいに伸ばしてて、気持ち悪いのよ。この際、スッキリしてみない?」

「しねえよ!!! お前もこのセンスが分かんねえのか! ロン毛はカッコイイだろ!」

「貴方がしてもカッコ良く無いわよ。さあ、大人しくしてなさい」


 ハサミをジョキンジョキンと動かして、こっちに近寄ってくる佐伯。俺は危機を感じて、直ぐに立ち上がって、走って教室を出て行く。


「おい!宮本!もう授業始まるぞ!! 」

「すみません!! サボります!!」

「堂々とサボる宣言すんな!! 戻れ!!」


 そう言われるが、今戻ったらこの髪を切られてしまう。俺はダッシュでその場を後にした。

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