天児(あまがつ)神社
夕方、連れ立って戻ると両親が待ち構えたように出てくる。
「武公はちゃんと案内してくれたか?」
「怖いことされたりしなかった?」
口々に訊ねる様子から興味半分からかい半分といったところだろうが、椿はにこにこと機嫌よく微笑んでいた。
「案内してくれました。これも取ってくれました」
差し出したのは小さな猫のぬいぐるみの付いたストラップだ。
「ゲーセンに行ったことがないと言うからな。たまたま取りやすいところにあったんだ」
どうやったらゲームに一度も触れることなく育つのか、武公には想像がつかない。
スーパーの中にさえ小さなゲームコーナーはあるというのに、クレーンゲームすらやったことがないというのも少し不自然に感じる。
テレビでは見たことがあるそうだが、椿は初めて入ったという店内の賑やかさに驚き、これはどうやるのかといちいち訊ねてきた。
そこでクレーンゲームで小さな景品を取ってやると、いたくはしゃいでずっとそれを握りしめて帰ってきたわけだ。
「楽しかった?」
「はい、とっても」
武公の母は目を眇めて椿を見ると、小さな子ども相手のように彼女の頭をそうっと撫でた。
「これからは色んなところに連れて行ってもらいなさい」
「はい」
母と椿のやり取りを見て、武公は確信した。
彼女はきっと訳アリだ。
外に出られなかったというのが如何な理由かはわからないが、そのあたりに何か事情がありそうだ。
「親父……」
「まずは荷物を置いて、
父親は相変わらずのマイペースで、何の説明も無いままに2人は連れ出された。
天児神社は家の裏手であり、徒歩数分。
しかし街を見渡す高台にあるため、長い石段を登らなければならない。
武公の祖母が毎日のように通っているのだが、正直なところ所謂どこの街にもあるような神社であり、特にありがたそうなパワースポットであるとか観光客向けの由緒正しいといった荘厳な雰囲気などは無い。
むしろ隣町まで足を延ばして香取神社にでも行った方が栄えていて、立派な御神木やら手入れの行き届いた拝殿やらがあるので、余程見応えはあるだろう。
正月などはおみくじや御守りなんかを売ったりはしているようだが、ご加護のほどは不明である。
そもそもドマイナーな良くわからない神様を拝む気持ちも武公にはさっぱりわからない。
信仰心皆無の武公であっても、香取神社というのが全国展開しているメジャーな神様であることは承知している訳だが、
以前、祖母があまりにも熱心に通うものだから武公は新興宗教ではないかと疑って調べた事がある。
すると
しかしながら新興宗教でも霊感商法でもないらしく、年寄りの年金目的というわけではないなら良いかとそれ以上の詮索をやめてしまった。
結局は年寄りが茶飲み友達の家に入り浸っているだけのようだし……と考えていたらその茶飲み友達が鳥居をくぐった先に現れた。
「おお、
今日びなかなかお目にかかれないわざとらしい年寄り口調で出迎えたのは、
まだ70代だろうに、昔話の爺さんよろしく喋るものだから、胡散臭さがハンパない。
武公はなんとなくこの人物が苦手だ。
「今日は立合を引き受けてくださってありがとうございます」
「なんのなんの。本来なら孫の龍也が来るはずだったんじゃが……見てるだけとはいえ、老いぼれですまんの」
父が言う立合とは何の事か……一瞬結婚式を上げるとでも言われるかと武公は焦ったが、良く考えればまだ2人とも16歳。法的に結婚が認められてはいない。
「後は橘さんが来ることになっているので、それまでに一応正装に着替えた方が良いでしょう」
「形ばかりじゃがのう。
何を言われているのか全くわからない武公は、救いを求めて母親を見る。
「大丈夫、だーいじょうぶ。なるようになるから!」
返ってきた言葉に、武公はがくりと力を落とす。
考えてみれば自分の脳筋は母親譲り、行き当たりばったり出たとこ勝負の父親と、説明能力ゼロの祖母……唯一の良心であった祖父が亡くなってからというもの、剣家では意思の疎通が極端に困難になっていた。
自分同様に戸惑っているに違いないと武公が後ろにいる椿を見ると、石段を上がるだけでひどく息切れをしている。
少し顔色の悪いのは疲れだけではないようで、緊張の色が見える。
「大丈夫か?」
「はい。私……がんばるから……」
どうやら彼女はこれから何が起こるのかを知っているらしい。
問いただそうと口を開いたところで武公は父に、椿は母に連れられて社務所の中へ連れ込まれた。
結局何もわからぬまま連れてこられたのは風呂場だ。
「本来なら
「だから親父! これから何をするのか教えてくれ」
「時間が勿体無い、話は風呂に入りながらだ」
渋々と入ったやけに広い風呂場は宿坊をやっていた当時の名残りだそうでいやに広い。
並んで体を流す事が出来た。
「お前には子どものうちから剣術を教えていたわけだが……何故道場に連れて行かず俺が教えたかわかるか?」
「なんか特殊な流派だとか言われたような気がするが……」
「そうだ、一刀流の流れを汲み神道流に育てた“剣一刀流”。他の太刀筋のつかないように一子相伝で鍛えた。それも全ては剣家のお役目のため」
唐突にお役目と言われても、何のことやら武公にはさっぱりだ。
確かに昔から居合とも剣道とも違う妙な剣術を教わってはいたし、すっかり日課となっているランニングや筋トレも子どもの頃は父親と一緒にやっていた。
「お役目っていうのは何なんだ? それと椿は何か関係あるのか? これから何をやらされるんだ?」
「その答えは……多分、やったほうが早い。言葉にしても信じないだろうからな」
結局直に見たほうが早いという事についてはこれ以上の問答は諦めたが、武公にはどうしても気に掛かる事がまだ残っていた。
「なあ、椿のことなんだが……あの子は何か家庭に問題でも有ったんじゃないのか?」
「……お前にしちゃ随分よく見てきたな。だが、とりあえずはそれもお役目の後に話す。そちらもその方がわかりやすいはずだ」
父親がそのように話す時は、複雑な話をする時だ。
単純な頭の持ち主である武公には、全てを一度に話すよりも見せてしまった方が早いことを知っているから。
何をさせられるのかは全くわからなかったが、とにかく終われば全てがはっきりするらしいと武公は割り切ることにした。
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