第53話 意外な願い

 私が待っていると男が話し始めた。


「んーと、ちょっと言うの恥ずかしいというか……」


 顔を赤らめ自身の人差し指をくっつけたり離したりを繰り返している。

 恥ずかしいって、本当に何を言おうとしているのだか。いい歳したように見える男の仕草とは思えないなあ。


「なにちょっと引いた顔をしてるのさ。さっきまで優しかったくせに!」


 男が頬を膨らませそっぽを向けた。

 

「別に引いたわけじゃないよ。それと、早く話してくれないかな?どんな恥ずかしいことでもいいから」

「ボクね、友達と遊んでみたいんだよね。ほら、こっちにきてから動物達しかいなかったから。まあ、元の世界でも遊ぶような子はいなかったんだけどね」


 友達と遊びたい、か。思っていたより簡単なもので助かった。

 最後のところで少しさみしいことを言っていたから、思いっきり楽しんでもらいたい。


「なら、私と一緒に遊ぼうか。今なら私の友達もいるよ」


 私はウィンクをした。

 私の友達とはもちろんヴォルフ達のことである。遊ぶなら数が多い方が楽しいからね。


「いいの?」

「うん。ただ、命令するのはなしだからね。私には効かないけどヴォルフ達には効いちゃうし」

「分かっているよ。それで、何をしてくれるんだい?」


 男がワクワクしながら聞いてきた。

 そんなワクワクされてもできることすくないのだけれど。

 あっ、そうだ。


「つかまえられたら負けのゲーム、しようか。道具もないしそれがいいよね」

「つーか今更なんだが戦うことはしねえんだな。オレやる気あったのに拍子抜けだぜ」


 ヴォルフが言った。

 ここにくる前は恐ろしい存在だと気を張っていたから無理はない。戦わなくて良かったことに私は安堵したのだが、ヴォルフは人一倍好戦的だからガッカリしたのだろう。


「遊ぶことで手を打つと言っているのだからそれに越したことはないはずだ」

「そうですわ。ケガをしないで済むのならそれが一番いいですもの」


 ライオスとニコはヴォルフを宥めた。

 私もどちらかと言えば二人の意見に賛成だ。わざわざ自分からケガをしにいく必要なんてない。


「ボクは無益なことはしない主義だからね〜それより、早くしようよ!」


 男はニコッと笑った。

 どうやら早く遊びたくてウズウズしているみたいだ。提案したことを受け入れてくれて嬉しいな。別のことは浮かんでいなかったからね。


「よしっ、じゃあ私達がつかまえるよ。数の違いがあるけどハンデは……」

「別になくていいよ。ただ命令する以外のことはしてもいいかな?」

「うん。かまわないよ」

「ありがとう。じゃ、スタート!」


 男はそう言って走り出した。

 私の前に大量のもふもふを置いて。


「ちょっ、な、なにこれ⁈」

「あっははっ、それは小さい羊だよ〜君もふもふしたもの好きなんでしょ?足止め用!」


 男が走りながら伝えてきた。

 小さな羊でもふもふしているというだけで攻撃力はないのだが、私の足止めには協力すぎる。


「う、うぅーごめんなさい!」


 私は羊の群れの中をかきわけ進んだ。

 罪悪感でいっぱいだし触りたかったけれど、今は追いかける方を優先させてもらいたい。

 足止めをくらったのは私だけで、どうしようかと数分悩んでいる間にみんなはすぐ羊の群れを突破していた。


「みんな速いねえ。足止め意味なかったかな?」


 みんなが必死に追いかけていて、追いつけないというのにその人は速いとか言ってくる。

 なんだか腹が立ってきた。

 命令するスキル以外も使わないでと言っておくべきだったかもと思ってきたし。

 まあ、これはこれで楽しいからいっか。

 なかなかつかまえることのできない男へのイラつきは収まらないのだけれど。そもそも名前も知らないってどうなのだろうか。


 こうして走り始める前に名乗ってほしかった。それとも私が聞けば良かったのかな。

 つかまえたら聞けばいいか。

 それにしてもずっと走っていると疲れて余計なことを考えてしまうな。そろそろ相手も疲れてくる頃だと思うのにずっと止まらない。


「なんでっ、そんな、走れるの⁈」


 私は息を切らしながら言った。

 足もガタガタ震えていて自分でも分かるほどに限界な状態。

 そんな状態を立て直したくて聞いた。

 男は笑った。


「楽しくて終わってほしくないと思うからだよ。初めてなんだ、思いっきり走って遊べるの。でも、それももう終わりかな。ボクの心はもう満たされかけている。役目も終えたし、いつまでもいるわけにもねえ……」


 いつまでも、か。


「気になってたんだけど、いったいいつからいるの?」

「ん?うーん、分かんないや。気づいたらこの世界にいたわけだし。勝手だよね。自分からこさせておいて役目を終えたらいなくなれって言うんだからさ。すでに怨霊みたいなものだけど」


 男はハハッと付け加えて笑ったのだが、その顔は笑っていなかった。


 この男の役割とは何か知らない。

 だが、本人が終えたと言っている。

 もしかしたら私を強くすることが役目だったのかもしれない。

 それなら……


「いなくならないとって、絶対なの?」

「心配でもしてるの?君、そういうタイプっぽいもんね〜でも、もう覆らないんだよ。それを承知の上でボクはこの場所を作り、君を少しずつ成長させたんだから。思い通り君はとても強くなったね。一人で来るかと思っていたのが仲間を連れてきたのは誤算だったけど、君の人柄を考えたらおかしくはないね」


 承知の上でだったか……

 本人が決めたことだったのなら否定してはいけないし、もう覆せないのなら何を言ってもどうにもならないだろう。


「そうかあ……あと、つかまえた」


 私はタッチして言った。

 長く喋る時に止まっていたから近づいたのだ。卑怯な気もするけれど、つかまえられた。


「ふふっ、つかまっちゃった。さて、本当に終わったねえ」


 男は伸びをしたあと座った。


「ねぇ、いなくなるのを止めようとは思わないんだけどさ」

「なにかな?」

「名前、教えてくれない?最後なんでしょ?」


 私はお願いした。

 最後なのに名前を知らないまま別れたくなかった。


「ウイだよ。セリナだったっけ君は」

「そうだよ。ウイ、お疲れさま。私も頑張るね」

「うん。ありがとうボクのお願いを叶えてくれて。ビジョンのように君が止めるような騒ぎが起きないといいな」


 ウイは優しい笑みを浮かべ消えていった。

 ウイは自分のことを怨霊だと言っていたけれど、私もそうなのかもしれない。

 なんて、自分が何かなんて考えるのはやめようと思っていたのにな。

 ビジョンのようにならないといい、か。

 それは私も思っている。

 このまま笑っていられたらって——

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