第43話 最後
「次は貴君からくるといい」
ビラが言った。
ずいぶん余裕があるようだ。
私に攻撃力があると思っていないのだろう。その通りではあるのだが、それでも負けたくない。傷つけたくないという想いを完全に消すことはできない。けれど、覚悟は決まった。
いつかくるどうしても倒さなければならない相手に会う時……その時が今だっただけだ。それに、本気でいかなければビラに失礼。手加減なんて無用。彼女はそう言いそうだ。私が手加減とかしたら同じ土俵にすら立てないし。
「いくよ!」
私は短剣を持ちビラに向かっていった。
ビラに勝てるような技は私にできない。やる前から決めつけるのは良くないのが分かっていても、力の差は歴然だから。相手はウサギで元は人間の、刀の道を歩んできたものなのだから。
「少しは成長したな。しかし、そのような動きでは我には届かぬぞ」
私が決死の想いで振った剣は華麗にかわされた。それでも何度も、何度も振る。
私に特別な力はない。ただひたすらに振ることしかできない。体力が消耗されるだなんてことは承知済み。立ち向かう以外に私にできることなんてない。今の私はみっともない姿をしているだろうな。
——それがどうした。みっともなくたっていい。最終的に勝てるならそれでいい。
プライドなんて今の私にはどうだっていいものだ。どうにかして……勝つしかないのだから。
「貴君の目は絶望しないな」
私の剣を軽く流しながらビラがボソッと呟いた。心なしか口角が上がっているように見える。
「するわけがないよ。ビラに負けたくないしさ」
私はニッと笑って言った。
自分で思っていたよりも私は負けず嫌いみたいだ。負けたくない。その一心だ。他に考えていることといったら、傷つけなくていい方法とこの戦いが終わったあとのこと。
そんなことを考えている余裕が私にないのは分かっている。しかし、人間すぐには考えを変えられないものなのである。
「長年待った甲斐があった、な……」
私にギリギリ聞こえるような声量でビラが言った。
「えっ?」
「我が貴君に過去を話したくなった理由が少し分かったということだ。そして、この戦いが我の最後だというのも理解している」
彼女は全てを分かった上で私と剣を交えていたのだ。ここで終わるということが分かっていながらも、私と戦う。そのことの意味は……
「この戦いが最後でもいいの?理不尽だとは思わないの?ここにいてって言われて結末が決められているだなんてあんまりだよ!」
私は思っていたことをビラに伝えた。
すると、ビラはフッと笑って
「だから甘いと言っておるのだ。理不尽だなんてどうだっていいさ。それに最後に貴君のような、我に向かってくる者に出会えたのだから我に悔いはない。ただ、今の我の願いは手を抜かず本気できてほしいというだけだ」
と刀を再び構えた。
悔いはない。そう言ったビラの表情はとても晴れやかだ。本当に心からそう思っているのだろう。そして、私に本気でかかってきてほしい。それも本心。なら、それに応えないと。
「分かった。本気でいくよ」
私は深呼吸をした。
決まったと思っていたけれど、決まりきっていなかった覚悟を決めるために。
「うむ。次で終わりにしよう」
刀を構えながら闘志をむき出すビラ。
この戦いを終わらせる。これで、決まる。
その意味を理解できない私ではない。
だが、それを望んでいるのは彼女だ。たとえこれが、彼女の最後だとしても……いや、最後だからこそか。迷わず立ち向かおう。
「うん。そうだね」
私は頷いて答えた。
色々考えはしたけれど、それが私の答えだ。
彼女の最後だとするならば、彼女の望みは叶えたい。そう思った。
「貴君ならそう言ってくれると思っていた。では……ゆくぞ!」
「きて!」
私は勢いよく言った。
その瞬間刀と剣が重なった音が鳴り響いた。それが始まりの合図。
私とビラの終わりの戦いが始まった。
ここで私が勝たなかったらどうなるのだろうか。彼女はまだ生きていられるのだろうか。なんて、始まってから考えることではないな。それに、これは直感だがどちらにせよこれが最後だ。
「考えごとか?余裕なようだな。本気でいくと言ってくれたはずだが?」
「ちゃんと集中するよ」
私は平常心を保てるようにニッと笑った。余計なことは考えなくていい。目の前のビラに、彼女の刀に集中しよう。きっと、それが最善を生むことになるから。
そうして私達は何度も何度も刀を振るいあった。その間ずっとビラは楽しそうに笑っていたような気がする。気がするだけではないと嬉しいな。
時間は過ぎるのが早い。それを感じることは久しくなかったけれど、そう思った。
結論から言うなら、負けた。
届くとは思っていなかったけれど、少しでも届くならと、そう考えていたのに……
結局届かなかったか。それもそうだ。
数日前に初めて剣を触った人間が、長年磨いてきた技に勝てたなら奇跡か、その人が余程の天才だったか、だ。
私は奇跡をつかめなかった。ましてや、天才などではない。
彼女が私に放った技はどれも本気で、手を抜いていなかった。特に私が負けた技が美しいと感じた。
『
その名の通り、ツバメが舞った。私の周りを私に攻撃してくる無数のツバメ。それは、ビラが言っていたようにイメージが共有されたものなのだろう。しかし、ダメージだって同時に感じていた。ツバメが私に攻撃をしてくるたびに私は痛いと感じていたのだ。そして私はその痛みに耐えきれず、止まった。剣を振るう手を止めてしまった。
それが、私の負けた理由である。
「負けちゃった、なあ」
勝負において剣を置いた方が敗者。それは絶対だ。そして、これで終わりだと言っていたからもう一度はない。つまり、私は完全に敗者となった。
「楽しい時間というのはあっという間なのだな」
「そうだねえ。ビラが楽しいと思ってくれていたなら良かったよ」
「貴君は最後までお人好しなのだな……」
呆れたように言われた。
何回言われたのかも覚えていない。
「それが私だもの!」
胸を張って言える。自分自身のことは誰よりも分かっているから。最後ならせめて笑っていてほしい。それが私の願いだもの。甘くても、お人好しでも彼女が笑ってくれるならそれでいい。いや、それがいい。
「そうか。さて、どうやらこの時間も残り少しのようだな。我の心が満たされたからだろう。元々そういう契約だった。あの男とのな」
ビラが刀を鞘に納めながらそう言った。
契約、あの男……私には分からないこと。けれど、それは彼女との戦いが始まる前から分かっていたこと。彼女がいなくなってしまうこと。その時がきてしまった。
「少し、か。私、貴女に会えて良かったよ。自分の考えを曲げたくないという私はまだいる。それでも、少しだけ強くなれたんだ。だから、ありがとう」
「我にそのようなことを言う人間が現れるとはな。我も貴君に会えたからこそ心が満たされたのだ。我はもう消えるが、最後に一つだけ」
私が喜ぶようなことを言ったビラの姿は段々と透けてきた。
「あの男は、貴君に似ておるが違う」
私にそんな言葉を残して、彼女は、ビラの姿はなくなった。
いつの間にか、周りにいたウサギ達もいなくなっていた。
初めて目の当たりにした、自分と先程まで話していた相手の消失。それは私の心へと深く刻まれた。
しかし、この悲しさも受け止めて進むしかない。ビラの言っていたあの男とやらにも会わなければならない。
彼女と戦ったことで得た強さで、私はまだ進んでいくよ。
(本当にありがとうビラ。いつまでも笑っていてね)
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