(仮)ハツコイ模様

@maro7

第1章 灯


あの頃、出会った君は太陽のようだとみんなに言われていたけど、僕にとっては暗い道をそっと照らし出す灯火のような存在だった。



あの頃はまだ"恋"すら知らない未熟者の僕にとって

君はあまりにも大人で、高嶺の花で。

僕の初恋はきっと君だったんだと今になって思う。





「灯凛さん、明日の18時からカフェでの利用で予約したいって電話なんですけど、ディナー35名入ってるんですけど、4名様予約とっても大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫!18時からカフェ利用の予約ってもしかして商談での利用かな?聞いてみて、もし商談での利用なら団体様の予約が入ってるから店内が少し賑やかになる旨は伝えてあげた方がいいかも!」


「分かりました!ありがとうございます」


「灯凛さん〜コリアンダーってどこにあるか分かりますか〜?」


「え〜コリアンダーは、いつも低音調理器しまってる棚の透明のプラスチックのケースに他の調味料と一緒に入ってたと思う!」


「探してみます!」



ー金曜日のカフェタイム。



東京の主要駅であるこのビルの中にあるこのカフェはいつもなら穏やかな時間帯であるにも関わらず混雑していた。



客のほとんどが女性客で、皆うちわやら、カードやらグッズらしきものをテーブルに出してはキャッキャとはしゃいでいる。



「あーちゃん、これって冷蔵?冷凍?」


「それは今日届いたやつなので冷凍ですね!」


「そっか、了解!」




そんなカフェ内で連呼される名前。



灯凛さん、灯凛ちゃん、あーちゃん


ホールからキッチンからと忙しなく呼ばれている。さまざまな呼称で呼ばれているけど同一人物だ。



大路 灯凛。


この店の店長でさえも頼りきりの大路灯凛はこのカフェで働き始めてまだ1年。



社員、バイトから信頼され、常連の客からも今日も美人だねと褒められ、目が素敵だわと女性客にでさえレジで声をかけられる美貌の持ち主。



こういうのを才色兼備というのだろうか。



今年27歳の彼女だが大学生だらけの大学生の中でもいい意味で浮いていない。

明らかに大学生よりも仕事はできるし、頭の回転、機転がよく効くが、かといって高飛車な態度をとるわけでも偉そうにするでもない。



27歳にしては色気が足りないのかもしれないと自虐で言っていたのを聞いたことがあるが、そういうわけではなく雰囲気が親しみやすいんだと思う。



「ねぇ〜今日忙しすぎ!れんれん早く来てくれてありがとうすぎる!!」


「いえいえ、用事早く終わったんで」


「れんれん、今日新人さん多いから頼りにしてるからね!3回伝票出し忘れたらここにでかい文字で伝票出せ!!って書いてやる笑」


「わかりました。気をつけます笑」



「今日まじで灯凛さんいてくれて助かったわ」


「ですね、灯凛さんいると店内明るくなりますよね」




調理場にもその人柄は評価されているから驚きだ。



「あーちゃん、まじでうちの社員になってくれないかなぁ」


「え、灯凛さんて社員じゃないんですか?」


「え?違う違う!アルバイトだよ」


「え、週6くらいでいません?え、灯凛さんてフリーターだったんですか?」


「うーん、厳密にいうと学生」


「えー、学生?」


「ほら、あーちゃんって前職は化粧品会社の営業の仕事してたんだって。だけど、そこから販売員に異動して、だけど結局5.6年で辞めちゃったみたい。で、今は美容師免許とるために、ここともう一つ仕事しながら学校通ってるって感じみたい。」


「えー、ストイック〜」


「な。だから、本当はうちの社員になってくれないかなって思ってるけど、そんなこと言えないよ。笑」



俺は特製カレーを煮込みながら、そんなことよりも手動かせよと、心の中で店長と他のバイトに悪態をつきながらハハッと笑う店長を横目に



灯凛さんのがよっぽど仕事ができて、しっかりした社員に見えるなとそんなことを考えてしまう。




こういうふうに考えている時、俺もあの人を眩しく思ってしまう1人だな、と思う。




俺は人付き合いが苦手だ。



機械の方が分かりやすいから、パソコンと向き合っている方が心地いいし、人の気持ちを察するとか、気遣いとかも正直面倒だとも思う。



なら為替や株価の変動を見たり、植物の観察をしている方が気持ちが楽だし、余計なことを考えたりしなくても済む。




周りからも言われるから、流石に自分でも分かる。


俺が1番面倒臭い人間なのだと。



だけど、大路灯凛という人間はそんな俺にも土足で、土足といっても綺麗に磨いたような靴で入ってきては、俺の部屋を勝手に綺麗にして、勝手に出て行く。



そんな人間だ。



後ろから大学生相手に膝かっくんをしてくる27歳がどこにいる。



大学生の恋愛相談に本気で乗り、就職面接の為のメイクをしてやるようなお人よし。



見た目がギャルだと大学生にいじられても、そんなギャルに憧れてるんでしょ!と笑顔で返す裏表のない性格。



足の悪い老人に道を聞かれて、わざわざ隣のビルまで案内しに行ったりするんだ、この人は。



店長がアルバイトに強く当たってしまった瞬間に泣きそうになったアルバイトをみて、今のは店長が謝る場面では?というような強気な態度も、この人だから許されている。




きっと皆、この人を眩しく思っているのではと思う。




忙しないカフェタイムが終わり、ディナーに切り替わる午後6時。



「お疲れ様です。お先に失礼します。」


「お疲れ様!ありがとねー」


「灯凛さん帰っちゃうんですかー?」


「うん、帰って犬の散歩に行かなきゃ。笑」


「ミランダの為なら仕方ないか!お疲れ様です!!」


「はい、おつかれ〜」




きっかり18時で退勤。


忙しい時にはこちらから言わずとも延びてくれるが、ほぼきっかり定時で退勤していく。



ミランダという犬を飼っているらしい。



柴犬だったか。


写真を見たことがあるが、小顔のイケメンな柴犬だった。頭はあまり良くないが、ツンデレなところが可愛いらしい。



しつこすぎてうざがられてると笑っていたが、それもまた灯凛さんらしいなと思う。




灯凛さんがあがると、店内はいつも少しだけ静かになるような気がする。



ホールとキッチンは洗い場を挟む形で、わざわざキッチンにまで入ってきて会話をしにくるホールの人間はあまりいない。



灯凛さんはホールの仕事が落ち着くといつも

「暇すぎると死にそうになるから何か仕事ちょうだい!」とキッチンにきてはキッチンの仕込みまでも手伝ってくれる。



キッチンは男ばかりで、女のアルバイトはいつも肩身狭そうにしているから灯凛さんがくるといつもそこで色んな相談事をしているようだった。



いわば、キッチンとホールを繋いでくれているパーソンなわけだ。







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