第42話 独白
突然の晃成の蛮行に、周囲からは「きゃっ!」「うわっ!」といった悲鳴に近い声が上がる。
「てめ、何しやがる!」
「ふざけんな!」
「ふざけてんのは、てめぇらの方だろうが!」
殴られた男子たちはすぐさま報復に出る。
たちまち始まる取っ組み合い。
それまで呆気に取られていた周囲も、「ちょ、ケンカ!?」「さすがにやばいだろ!」「誰か先生呼んできて!」などと、一気に騒然としていく。
晃成もやり返しているものの、多勢に無勢。
「晃成っ!」
「来るな!」
「――っ!?」
どんどん殴られる一方になっていく晃成に加勢しようとするも、鋭い声で制止される。
それは決して祐真の身を案じているわけでなく、まるでこの役目は譲らないと言わんばかりで、思わず足が止まってしまう。
歯痒く唇を噛みしめ、拳を握りしめる祐真。
涼香はただ、目を大きくして見守るばかり。
莉子の「こ、晃成先輩!?」「や、止めてください!」という声も虚しく、程なく誰かが呼んだであろうやってきた教師の姿に気付いた彼らが逃げ出すまで、晃成はズタボロになるまで殴られ続けた。
もっとも晃成はそれらと同じくらい、相手にやり返したのだが。
◇
放課後になった。
結局、多くの目撃者がいたにもかかわらず、顔面から廊下にこけたという晃成の弁は受け入れられた。
どうやら相手側も特に申し立てることはないようで、喧嘩の件は有耶無耶にされそうだ。
その晃成はといえば、午後の授業の間、ずっと保健室の主になるはめに。
晃成の鞄を持って保健室に訪れた祐真は、ベッドから身を起こし赤く腫れあがった親友の顔を見て、呆れたため息と共に呟く。
「随分男前になったな、晃成」
「ははっ、冷やしまくって、やっと痛みも引いてきたところだわ」
そう言って晃成は気恥ずかしそうに頬を掻こうとし、人差し指を当てたところで「いっ!?」という声を上げて肩を跳ねさせる。
何やってんだ、と目を細めため息を吐く祐真。
「それにしてもおどろいたよ晃成。別に喧嘩とか得意というわけじゃないのに」
「いっやー、あの時はもう、自分でもびっくりするくらい頭に血が上ってさ。ま、それでも後悔は微塵もしていないけど」
「……ったく、油長の為にだとか、ほんと晃成、あいつのこと好き過ぎだろ」
「おぅ、そりゃ好きに決まってんだろ」
「っ!?」
ほんの軽口で言ったことだった。
だけど晃成の口からあっさりと認めるような言葉が飛び出し。思わず面食らう。
そんな祐真の反応を見た晃成は鞄を受け取りつつ苦笑を零し、言い含めるようにして本音を語る。
「なぁ、考えてもみろよ。昔から何でも気兼ねなく話せて、一緒に遊び、ちょこまかと周囲をうろついてコロコロ笑顔を見せる。しかも今はとびっきり可愛くなったときた。そんな子に慕われたら、好きになるに決まってるだろ。そりゃ、そんな子がバカにされたら、オレもキレるさ」
「なら――」
どうして、莉子と――と口を開きかけた祐真を、晃成はそれ以上言わせないとばかりに片手を突き出し、発言を止める。
そしてくしゃりと顔を悲し気に歪め、一瞬の躊躇いの後、声を絞り出すようにして言う。
「でもこ好きは、決して恋なんかじゃない」
「晃、成……」
「好きだよ、莉子のことは大好きだ。だけどそれは涼香と、妹のそれと一緒なんだ。先輩の時のように声を聞いただけで舞い上がったり、今何してるかと考えた時にそわそわしたり、傍にいるだけで幸福感を覚えるとか、そういうのがない。ほら、祐真も知ってるだろ? オレの好みは年上の綺麗なお姉さんだって」
「…………」
まるでガツンと後頭部を殴られたかのような、衝撃を感じる祐真。
しかし、その言葉はひどく理解できた。できてしまった。
ふいに涼香の姿が脳裏を過ぎる。
別に晃成は、莉子の気持ちに気付いていないわけじゃなかったのだ。
ただ、どうしてもそういう対象に見られないと。だけどそれだけ大事な存在だからこそ、こんな中途半端な気持ちで付き合えないと如実に語っていて。
祐真も晃成同様、もどかしさからくしゃりと顔を歪め、制服の胸元のシャツを掴む。
「っと、帰ろうぜ、祐真」
「……あぁ」
思考の袋小路に入りかけたところで晃成が立ち上がり、帰宅を促す。
祐真も少し遅れて、慌てて後を追いかける。
「あ」
「…………ぁ」
そして扉を開けたところで莉子と鉢合わせてしまった。
やけに固い表情をしている莉子。その隣にいる涼香はやけに狼狽えた様子を隠しきれておらず目を泳がせており、先ほどの会話が聞かれていたことを雄弁に語っている。
晃成も、気まずそうに視線を泳がして口を開く。
「っと、オレ今日バイトあったんだわ。すまん、先に帰るな!」
「っ!」
そう言って晃成は逃げるようにこの場を去っていく。
後に残された3人に、気まずい沈黙が落ちる。
「……」
「……」
「……っ」
やがて晃成の背中が見えなくなったころ、莉子は悔しさを滲ませた言葉を、背中越しに呟いた。
「もうずっと前からわかってましたよ。私が晃成の好みじゃないことくらい」
「りっちゃん……」
「油長」
「あーあ、何でもっと早く生まれなかったんだろ。見た目はなんとかできたとして、生まれだけはどれだけ頑張っても覆せないんですよね……」
そう言って振り返った莉子の頬には、心の奥底からあふれ出した銀の雫が一粒頬を伝い、廊下を叩いてはぜる。
懸命に作った彼女の笑顔は、祐真と涼香の目にはとても純粋で綺麗に映り、あまりに眩しくて、そっと目を逸らすのだった。
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