第41話 面白こと教えてやろうか?
祐真と涼香が保健室に着くの、莉子と晃成が出てくるのは同時だった。
莉子の左手には湿布が貼られているだけで、本人の顔色もよく、ピンピンしている様子。それこそ大騒ぎした晃成に、プリプリ頬を膨らませて抗議するほどに。
どうやら見たところ、大事はないようだ。
それでも涼香は心配そうに莉子へと尋ねる。
「りっちゃん、どうだった?」
「ただの打ち身だって」
「そっか、よかった」
「でも莉子、もしかしたら骨に何かあるかもだし、一応病院でも見てもらった方がいいんじゃないか?」
「大丈夫ですって、晃成先輩。動かしても変な感じもしないですし」
「でもなぁ」
「もぅ、お兄ちゃん心配し過ぎじゃない?」
少々過保護な感じの晃成に、呆れた様子の涼香。
祐真も肩を竦め、ため息を吐く。
莉子はそんな晃成に面倒臭いという思い半分、それでも気を遣ってくれていることへの嬉しさ半分といった表情で、唇を尖らせている。
「てかお兄ちゃんさ、あたしがケガした時と反応全然違くない?」
「そんなことないぞ。こないだ学食へ急ぐあまり階段を踏み外して足を挫いたって聞いた時は、めちゃくちゃ心配したぞ。……涼香の将来が」
「しかも先にご飯食べ終わってから保健室に行ったんだっけ」
「ごめんすずちゃん、あれは私も擁護できないかも」
「お兄ちゃん!? ゆーくんにりっちゃんまで!」
4人でそんな話を咲かせながら、教室棟へと戻ってくる。
既にお昼休みへと突入していることもあって、周囲は思い思いに過ごす生徒たちで騒がしい。
それでも先ほどのこともあり、彼らも莉子と晃成の姿に気付けばひそひそと囁き合う。
興味津々な目を向けられた莉子は、気恥ずかしそうに縮こまり、晃成へとジト目を向ける。
晃成もやり過ぎた自覚があるのか、目を泳がせながらポリポリと人差し指で頬を掻く。
幸いにして、悪い類の反応ではなく、むしろ微笑ましいもの。
しばらくは話題になるかもしれない。有名税と思って割り切るしかないだろう。
祐真と涼香は顔を見合わせクスリと笑う。
だが、それが気に入らないという者もいるようだった。
「何アレ、大したことじゃないのに大騒ぎして、バカみたい」
とてもひとり言とはいえない、明らかにこちらに向けて放たれた言葉だった。その声色には嘲りと侮蔑、僅かばかりの苛立ちが含まれている。
そして一度言い出してしまったら、止まらなかったのだろう。
次から次へと堰を切った様に言葉が投げつけられる。
「倒れたのとかあれも、演技だったんじゃない?」
「そういうぶりっ子するやつ、いるよなー」
「同じ中学の子が言ってたけどあの子、昔はちょーダサかったんだって」
「え、何、高校デビュー? ウケるー!」
あまりに周りと違う蔑みの言葉は、皆から言葉を奪う。
何とも言えない静寂が訪れ、皆の視線が行きつく先が、誰が話してくれているのかを教えてくれる。
そこに居たのは5人の男女。いかにも派手で華やかなな格好をした、生粋の一軍ですと言わんばかりのグループ。カーストの最上位、数多の生徒たちの上に君臨する者たち。
事実、彼らに意見するような人はいない。
誰もが口を噤み、遠巻きに見ているのみ。
莉子はただ拳を握りしめ、きゅっと強く唇を結ぶ。
晃成はそんな莉子の背中を、気にするなとばかりにポンと叩き、彼らを無視する形で先を行く。
それが余計に気に入らなかったのだろう。
イライラを募らせた彼らは、なおも暴言を続ける。
「そんなにまでして目立ちたいのかな」
「こう、いかにも男受けを狙ってるのって鼻に付くんだよね」
「高校デビューでちょっとうまくいったからって、調子乗って」
「まぁ、童貞とかチョロいからなー」
理不尽までの悪意に晒されていた。当然、今までこんな目に合ったことなんてない。
莉子は泣きそうになっていた。
晃成はといえば――祐真が見たことがないほどの憤怒を湛えており、決壊寸前、その表情はまるで悪鬼もかくや。
そんな腐れ縁の親友の見たことのない顔に、ゾクリと背筋が震える。
しかし彼らからはそんな晃成の顔は見えず、ゆえに止まらない。
「どうせ童貞だったから、熱上げてんじゃね?」
「あ、いるいる。簡単に骨抜きにされるやつ!」
「てかチョロいよね、ヤラせてあげるだけで尽くしてくれるって」
「あ、今も他にヤラせた男に取られないよう、守ってるのかも」
「チビだけど穴とかガバガバそう」
「ああいう女に限ってマグロなんだよなね」
「なぁ、そこんところどうなの?」
「ちょっと教えてくれよ」
「おい、聞いて――」
中々反応しないこちらに焦れたのか、女子の1人が無理矢理莉子の肩を掴んだかと思うと――パァンッ! という景気の良い乾いた音が響く。
「うっさい、ブス。とっとと消えろ」
そして紡がれるドスの利いた涼香の声。怒り心頭といった涼香は、その女子に強烈な平手打ちを喰らわせていた。
彼女は一体何が起こったのかを理解できず、ただ叩かれた頬に手を当て薄っすらと涙を浮かべている。
誰もが涼香の行動に驚き、言葉を無くしていた。
「なっ、あんた……っ」
そんな中、いち早く我を取り戻したのは、もう1人の女子だった。
涼香の平手打ちが自分たちへの侮辱と感じ取った彼女は手を上げ――それを見た祐真はすかさず2人の間に身体を滑らせ、代わりに自らの頬でそれを受け止めた。
「痛ぅ~っ」
「ゆーくん!?」「おい、邪魔すんじゃ!」
「落ち着けって! 涼香も! 手を出すのはさすがに――」
「あっはっはっはっはっはっは!」
「「「っ!?」」」
事態を収拾しようと祐真が説得しようとしたその時、やけに陽気な笑い声が響く。突然の異質なことに、そちらへと意識が向かう。
そこでは晃成がおかしくてたまらないとばかりにヘラヘラと笑っていた。
「オレが莉子に色々ヤラせてもらって? ははっ、ないない! 笑える、笑えるねぇ!」
そう言って男子たちの方へと近づく晃成。
大笑いしている姿とは裏腹に、その目は一切笑っていない。
妙な凄みがあり、彼らは一歩二歩と後ずさるも、晃成はそれを許さず詰め寄る。
「なぁ、面白こと教えてやろうか?」
「お、面白いこと?」
「オレさ、まだ童貞なんだ。童貞だからさ、もう全然女性慣れしてなくて、そりゃもう痛々しいムーブかまして、好きだったバイト先の先輩にフラれたんだ。ウケるだろ」
「は、ははは……」
「でも莉子はそんなオレを嗤うこともなく親身になって相談してくれて、応援してくれてさ。しかもフラれた時も色々気遣ってくれて、まぁちんまいけど、出来た女だよ。だからさ――」
晃成はそこで言葉を区切ると共に、纏う空気を一変させる。
まさしく烈火という言葉がぴったりな表情になり、腹の底から響く本音を叫ぶ。
「莉子をバカにするのは、オレが許さねーっ!」
「あがっ!?」
そして晃成の拳を顔面に受けた彼は、宙を舞った。
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