第39話 嫌な視線



 翌朝いつもの時間、いつもの電車に乗り込んできた莉子を、晃成を始め祐真と涼香の3人は逃さないとばかりに囲い込む。

 晃成に至っては両手を広げ、輪の中へと閉じ込めんとばかりの様子だ。


「え、えっとこれは一体何を……」


 莉子は一体どうしたことかと胸に手を当てながら、戸惑いで目をぱちくりさせて皆の顔を見る。

 その視線を受けて晃成は、ニヤリと笑みを浮かべて言う。


「これは――クジラを捕る囲い込みだ! ほら、日本史の資料集とかで見たことだるだろ?」

「ありますけど! っていうか私を捕らないでください!」


 思わずツッコミを入れる莉子。

 しかし晃成はそれをどこ吹く風と受け流し、まじまじと見つめれば、莉子もたじろいでしまう。


「うぅむ……」

「な、何なんですか」

「やっぱクジラはこんなに小さくないよな。精々オキアミだったわ」

「~~~~っ、晃成先輩! 私って、そんなチビじゃありません!」

「ぁ痛っ!?」


 晃成が真面目腐った顔で親指と人差し指でほんの僅かの隙間を作って莉子の頭頂部を見下ろせば、怒った莉子が頬を膨らませて脛を思いっきり蹴飛ばす。祐真と涼香も思わず顔を顰めてしまうくらいのいい音が鳴だった。

 その場に蹲る晃成に、呆れてため息が掛けられる。

 ぷりぷりと怒る莉子を余所に、涼香はまぁまぁと言いながら晃成を窘めるように言う。


「お兄ちゃん、そこはせめて鮭とか鰤とか鰹にしようよ。鮪でもいいけど」

「微妙に莉子と同じくらいの大きさがありそうだな」


 確かにと思い、ついついと噴き出してしまう祐真。

 そしてついついとツッコミを入れる。


「いやそれ、涼香が好きな寿司ネタなだけじゃないか?」

「バレたか」

「もぅ、すずちゃんまで! 今日は一体何なんですか、もう!」


 いつもと違う様子の面々に思わず大声を上げる莉子。そして他の状況の視線を集めてしまい縮こまり、羞恥で赤くした顔で皆へとジト目を向ける。

 すると立ち上がった晃成は、どう言ったものかと「あー」と母音を口の中で転がしながらぽりぽりと頬を掻き、ゆっくりと言葉を吐き出す。


「あーその、オレたちで莉子を守ろうかっていう話になってな」

「え、私を守る……?」

「ほら、ここのところちょっと変に絡まれたりとか、イヤな感じのアレとか」

「もぅ大げさですね、晃成先輩。まぁ確かにそんな感じのとかありますけど、ここまでしてもらうもんじゃありませんって」

「でもなぁ……」


 大事にしたくないのか、それともただ遠慮しているのか。莉子は晃成の提案に乗り気でないような反応を見せる。

 もしかしたらそれでも、強く出て欲しいのかもしれない。女心、とでもいうのだろうか。

 だがそれは祐真にわかるはずもない。

 チラリと涼香を見てみるも、困った様に小さくかぶりを振るのみ。

 とはいえ、昨日の昼間の光景が目に焼き付いている。

 アレはさすがに少々、度が過ぎているだろう。

 そう思った祐真は、なるべく真剣な声色を意識して口を開く。


「昨日さ、晃成のやつが土下座するような勢いで俺に頼んできたんだ。『オレ、どうしても莉子を救いたんだ。祐真、力を貸してくれ!』って」

「ふぇ!?」「ゆ、祐真!?」

「そうそう、あたしの部屋にもやってきてさ、『涼香、一生のお願いだ! 事情は分かってるけど表に出てきて手を貸してくれ!』って懇願してたね」

「へ、へぇ~」「す、涼香まで!?」


 祐真が事実を多少脚色し、晃成が熱望してのことだと伝えると、意図を察した涼香もすかさず乗ってくる。

 祐真と涼香のいい様に、慌てて顔を真っ赤にする晃成。その様子を見てニヤニヤと満更でもない顔をする莉子。

 睨んだ通りの展開に、してやったりと顔を見合わせほくそ笑み祐真と涼香。

 今度は一転、莉子が晃成を弄りだす。


「ほぉ~、晃成先輩がそれほどまでに心配を、ねぇ……ふぅ~ん?」

「う、うぐっ……そ、そりゃえっと……」

「まぁそこまで言われたら? 晃成先輩の思いを無碍にするのも気が引けますし? どーしてもってことなら守られるのもやぶさかでないといいますか」

「あぁ、そうだよ! 莉子のことが心配で心配でたまらないんだよ! だからどうか俺の目が届くところに居て、守らせてください、お願いします!」

「っ、は、はい……っ!」


 煽られる形になった晃成は、もう堪らないとばかりに肯定の声を上げる。

 そのストレートな物言いにビクリと肩を震わせ、虚を突かれたような表情で許諾する莉子。

 互いに俯きながら向かい合う2人は、どこまでも顔を羞恥で真っ赤に染めていた。

 その様子をみた祐真と涼香は顔を見合わせ、呆れたたため息と共に、肩を竦めるのだった。



 その日から晃成を中心とした3人は、莉子を守るかのように行動した。

 朝は遠回りしたりコンビニに寄ったりして始業ギリギリまで時間を潰し、昼は中庭で待ち合わせ、放課後も示し合わせて昇降口で合流し、なるべく4人でいるように心掛ける。

 端から見れば仲良し4人グループだろう。事実、その通りだ。中学の頃とか、よくこの4人で集まっていた。

 そんな今までと変わらない光景だというのに、皆の姿はあの頃とすっかり変わってしまっている。

 思わずそのことにくすりと笑みを零すと、涼香が声を掛けてきた。


「どうしたの、ゆーくん?」

「いや、中学の頃もこんな感じだったけどさ、あの頃と比べると見た目が全然違うなって思って」

「あはっ、確かに」


 そんなことを言えば、笑い声が上がる。

 そんな風に和気藹々と固まっているグループに話しかけるというのは、中々に心理的ハードルが高い。

 だけど、それでも話しかけてくる人もいる。涼香が言うところの、こちらをに見ている類の人。主に派手な容姿でチャラそうな面々。


「なぁ倉本、楽しそうだな。何の話をしてんだ?」

「あぁ、地元で最近できた総菜屋の話」

「卵料理絶品なんだよね~」

「拘り過ぎて原価に近いらしく、卵関連のものが売れる度に奥さんが渋い顔をするとか!」

「けど目玉商品だから、値上げもできないって聞くね」

「こないだから揚げ串を買ったら、すっごいニコニコで――」

「え、うそ!? じゃあ今度――」

「……あーおれらもう行くわ」


 そんな時は彼らが知らない内輪ネタで盛り上がれば、話に入れない彼らはすごすごと引き下がっていく。

 効果は覿面だった。

 数日もすれば周囲の興味も他へと向かったのか、はたまた諦めたのか、話しかける人は居なくなる。

 そのことに晃成と莉子はすっかりホッとしている様子だった。

 莉子が訪れなくなるなり、また意中の相手にフラれたことが広まった晃成は、もはや渦中の人ではない。

 これまで通りだ。いや、恋バナの一件で多くの人に話しかけられるようになった今、より充実しているだろうから、なおさら。

 だけど祐真には拭い切れない懸念があった。

 確かに話しかける人はいなくなったものの、依然として視線を感じるのだ。むしろ、当初よりつよくなっている気さえする。

 ある日の夜、祐真はそのことを涼香に相談してみると、困ったような声が返ってきた。


『やっぱり、ゆーくんも感じるんだ?』

「やっぱりって……涼香もか?」

『うん、それもかなりいやーな感じのやつ』

「誰、というか原因とかわからないのか?」

『……ゴメン、ここんところりっちゃんに付きっ切りだったから、クラスでの付き合いのそこそこでさ』

「いや、涼香が謝ることじゃないよ。そこは俺らが気を付ければいいし」

『ん、そうだね』


 そう言って、気を引き締める祐真と涼香。

 しかし、そんな希望的観測は、さほど日を置かずぶち壊されるのだった。



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